第8話 異国留学一日目

待ち合わせの場所に行くとジェード様はベンチに腰掛けて本を開いていた。

なぜかその隣にはアンジュが座っている。アンジュが何か話しかけていて、ジェード様はそれに答えているようだ。

その光景を見た途端、先程の『うちのお姫様が君の婚約者に興味があるみたいなんだ』という言葉を思い出す。

ざわりと心の奥から黒い感情が顔を出すけれど、私はひとつ深呼吸してそれを抑え込む。醜い嫉妬に流された私の姿などジェード様に見せたくない。

あくまでゆっくりと平常心に見える足運びで二人に近付きジェード様に声を掛けた。


「ジェード様、お待たせしました」


私が来たことに気がつくとジェード様はこちらを向いてふわりと微笑む。

先程アンジュに対して何か話している時はほぼ無表情だったのにこの差だ。

それにはアンジュも驚いたのだろう、目を丸くしてジェード様を見つめている。


「いえそれほど待っては居ませんよ、では行きましょうか。アンジュ嬢、失礼します」


そう言って然り気無く私の手を引いてジェード様は歩き出す。

手のひらから伝わる温もりと、私に向けられた微笑みが嬉しくて先程の黒い感情はすっかり浄化されてしまった。



私たちはしばらく歩いて学校の片隅にあるカフェへとやって来た、軽食や紅茶が楽しめる憩いの場だ。

学校案内で存在は知っていたが来るのは始めてである。

二人で中に入り、向かい合うように椅子に座る。

飲み物を注文して、ジェード様が初めての授業した時の話を聞いてみる。将来有望な騎士見習いが生徒にいることや、生徒からこの国ならではの防衛技術などを聞けて充実した授業になったとジェード様は楽しげに話してくれた。


「ジェード様にとって初めての授業が良いものになって良かったです」


「ありがとうございます。最初はどうなることかと思いましたが意外となんとかなるものですね。アリス様はいかがでしたか?」


「あー……えーと、色々ありました」


ジェード様の問い掛けに一瞬レイジの事を話すべきか迷ったが、わざわざ言うほどの事でもないと自己完結し言葉を濁す。

するとジェード様は私が大変な思いをしていると思ったのだろう、心配そうにこちらを見つめた。


「……何かあったらすぐに知らせてください。絶対に」


昼の時にも言われた言葉を再び聞かされる、それほどに私は心配されているんだろう。


「はい」


私が素直に頷くとジェードは目を細めて微笑んでくれた。







◇◇◇


カフェで少しの間ジェード様との一緒に時間を過ごした後、寮の自分の部屋へと戻ってきた。

学校に通う生徒が暮らす女子寮は広く、学校は規則で貴族や王族は一人まで従者の動向を許可している。

その規則に甘えて私も自分の国から侍女を一人連れてきていた。


「ただいま、メアリー」


「お帰りなさいませ、姫様」


私の事を出迎えてくれたのはブラウンの髪を肩まで伸ばした侍女、メアリーだ。

私には昔から実の姉の様に慕う侍女がいた。今回私の留学に同行してくれたメアリーと、フォトン国で留守番しているマリーの二人だ。

今回メアリーだけを連れてきたのは規則の事もあるが、マリーが子育て中だから連れてくることが出来なかったというのもある。

侍女のマリーは二年前に一人の騎士と結婚して、現在小さな息子さんがいる。母親が恋しい時に母子を引き離せる訳もなく、私の同行はメアリーに決まった。マリー本人は凄く残念がっていたけれど仕方ない。帰ったらたくさんお土産話を聞かせてあげようと思う。


「姫様、留学初日はいかがでしたか?」


着替えを手伝ってくれながらメアリーが尋ねる。


「ジェード様の教師服姿、すっっっごく格好いいの!もう生きてるのが辛い!あの姿が毎日見られるなんてここは楽園ね」


「はいはい、生きてくださいね。そうでなくて、授業にはついていけそうですか?ご友人は出来ましたか?」


ジェード様の事ではなかったらしい、軽くスルーされた。

ちょっと残念。


「リリ……リリアンヌ様とお友達になったわ、共通の話題があって仲良くなれたの」


「リリアンヌ様……たしか、ランベルト公爵様のご令嬢ですね」


「そうなの、すっごく可愛いのよ!」


「姫様がそうおっしゃるのなら素敵な方なのでしょうね」


私の話を聞きながらメアリーは楽しげに笑う。


「メアリーはどうだった?侍女の友達とかできたの?」


「友達…と呼べるかは分かりませんが知り合いは出来ましたよ。いい情報源になってくれそうです」


そう言ってメアリーは目を細める。

彼女はかなり優秀な情報収集能力を持っている。本人はあくまで趣味だと言っているが言葉から察するにこの国でも情報を得るためのパイプ作りをするつもりなのだろう。



メアリーは本当に侍女の域を出てるなぁ…



染々そう思いながら私とメアリーはお互いの一日を語り合った。

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