第15話 兄襲来

「私の可愛いアリス!長い間会えなくて寂しかっただろう!」


そう言って兄が学校に訪れたのは休日の昼下がり。

休日でも営業している学校の片隅にあるカフェ、そこでジェード様と一緒に過ごしていた私の元に突然兄がやって来たのだ。

思わず紅茶の入ったティーカップを落としそうになり慌ててソーサーに戻す。

幸い、今現在他の生徒は居ない。



誰もいなくてよかった!

フォトン国の次期国王がふらっと現れたら間違いなく驚かれるもの



回りを確認して安堵する私にジェード様がこっそり耳打ちする。


「……アリス様、ダニエル殿下が来る事を聞いていましたか?」


「いえ、全く。分かっていたらジェード様にお知らせしています」


「確かに…」


元々ジェード様は兄であるダニエルの護衛騎士を勤めていた、そして二人は気の知れた友人関係でもある。

ほとんどジェード様が兄に振り回されていることが多いようだが……。

ジェード様が深くため息をつくのと同時に私は襲来した兄によってぎゅっと抱き締められた。


「アリス、本当に久しぶりだ…長い間会えなくて寂しかったろう」


「お兄様…私が留学してまだ一ヶ月もたっておりません」


「私にとっては何年も会っていないように感じるんだよ……あぁ、可愛い妹といるだけで癒される」


よしよしと私の頭を撫でる兄。顔も整っていてかなりのイケメンなのにデレデレしてる時は残念になる。

すると私と兄を引き剥がすようにジェード様が割り込んできた。


「ダニエル殿下、お戯れはそこまでです。いくら兄と言えど私の婚約者にあまりべたべた触らないでいただきたい」


「何を言う、私の妹だ」


「今は私の婚約者です」


「義兄の言うことは聞くものだぞ?」


「ダニエル。こればっかりは譲れない、だいたいお前にはジュリア嬢が居るだろ?そろそろ妹離れしたらどうだ」


「妻と妹への愛情は別だ、妻は私の最愛だが私は生きている限り妹離れなどするつもりはない。仮に命尽きて亡霊になろうともこの妹への溢れんばかりの愛情は無くすことがないだろう」


「よし帰れ、今すぐ帰れ、この妹溺愛主義者。愛情深いのは結構なことだがアリスは私の婚約者だ、身内といえども気安く触れないでもらおう」


「心の狭い男は嫌われるぞ?アリスは生まれた瞬間から私の可愛い唯一の妹、私の天使だ。溺愛して何が悪い」


「お二人ともそこまでになさってください、アリス様が困っておられます」


人がいないのを良いことに口調を改めることを忘れ、二人の言い合いが速度を増そうとした瞬間女性の声でストップが掛けられる。

声のした方に顔を向ければ黒い髪をさらりと揺らす女性が一人立っている。その足元には女性のスカートに隠れるようにして小さな男の子が立っていた。


男の子は私の姿を見るなりぱあっと顔を綻ばせこちらに駆け寄ってくる。


「アリスお姉様!」


「ブレイク!貴方もお兄様と一緒に来たの?」


「はいっ!お姉様に会いたくてっ!」


私の腰に腕を回してぎゅっと抱き付く弟の頭を撫でていると女性が近付いてきてふわりと微笑む。


「アリス様、お元気そうでなによりです」


「ジュリアお姉様も。お兄様がご迷惑をお掛けしてすみません…ブレイクの面倒まで見てもらって…」


彼女の名前はジュリア。

兄の奥さんだ。私は敬愛の意味も込めて彼女を『お姉様』と呼んでいる。

一方、私の腰回りにまとわりついているのは実の弟であるブレイクだ。

兄に似てやたらシスコンである。私が留学する日には「お姉様行っちゃやだー!」と泣きながら引き留められた事は記憶に新しい。


「迷惑だなんて…。寧ろこちらの方こそ先触れもなく申し訳ありません」


「アリスを驚かせたくてね。と言っても同盟を結んでいるセルビア国で行われる結婚式に向かう途中だから長居はできないけれど」


「結婚式…ですか?」


首をかしげる私に兄は頷く。


「あぁ、その途中でフローライト国を通るから折角ならアリスの顔を見ておきたくて」


そう言って満足げに微笑む兄。


「ダニエル様、そろそろ……」


不意に申し訳なさそうにジュリアが声を掛けた。今来たばかりだがすぐに行かねばならないらしく、少し離れた所で従者たちがそわそわしているのが見える。

きっと兄が無理を言って私のところに寄ったのだろう。


「もうそんな時間か…名残惜しいがもう行かなくては」


兄は最後にもう一度ぎゅっと私を抱き締めると、私にくっついたままのブレイクを離そうとする。


「ブレイク、離れなさい」


「嫌です!俺はお姉様ともっと一緒に居たいです!」


ブレイクは私の腰にしがみついたまま離れようとしない。


「そうしたいのは私も一緒だが時間が迫っている。他国の祝い事に遅れるわけにはいかないだろう?」


兄にそう注意されブレイクはむすっと不満げに私から離れた。一応王族としての自覚は芽生えてきているらしい。

私はブレイクに視線を合わせるように屈むとその頭をそっと撫でる。


「ブレイク、お兄様の言うことをちゃんと聞けて偉いわ。さ、行ってらっしゃい」


「……お姉様…次に来た時は一緒に遊んでくれますか?」


離れがたいと言うようにじっとこちらを見つめてくる可愛い弟をぎゅっと抱き締めて私は頷く。


「もちろんよ、約束するわ」


「絶対…絶対ですよ!」


ブレイクは何度も私と約束を交わすと兄達に連れられ、行ってしまった。





「……嵐のようにやって来てすぐに去っていきましたね」


兄達が行ってしまった後、静まり返ったカフェでポツリとジェード様が呟いた。


「……兄がいつもすみません…」


また来ると言い残して去っていった兄の背中を眺めながら私とジェード様は小さくため息をつくのだった。

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