第11話 魔法

結論から言えば、レイジの記憶が抜け落ちたのはリリの投げた本のせいではないらしい。



よかった!!私を助けてくれたリリが罰せられるところだった……!



安堵する私の正面で保健医の先生はレイジの症状を書き込んだ紙を見て首をかしげている。

保健医の先生は中年で少しふくよかな女性だ、人当たりのいい笑顔で私達を出迎えてくれた。その先生は何か気になることでもあるのか、先程から何度も首をかしげては専門的なタイトルが書かれた分厚い本を開いている。

先生の邪魔にならないよう私とリリは記憶の抜けているレイジに何があったのかを説明した。

その途端にレイジは青ざめ、土下座する勢いで私に頭を下げ謝罪した。


「本当に申し訳無い!記憶がないとはいえ、女性に暴力を振るうなんて…俺は最低なことしたようだ…責任はしっかりとらせてもらう」


「いえ…謝ってもらえたならそれで構いませんわ、あの時のレイジ様は様子が変でしたから」


もとから印象は最悪でした、と言いたいところだかその言葉は飲み込んだ。手首を捕まれた時に見たレイジは目が虚ろで少しおかしかった事を思い出す。

原因は分からないが冷静な判断が出来る状態ではなかったのだろう。



「皆さん、少しいいかしら?」


私達の会話が一段落つくのを待って先生が声をかけてくる。


「レイジ殿下が記憶を無くしてしまったのは、魔法が原因だと思われます。誰かがレイジ殿下に対して記憶操作、もしくは心に干渉できる魔法を使ったようです」


「魔法…?」


首をかしげる私に対してレイジとリリが目を見開く。


「そんな馬鹿な…魔法を使える人間がこの学園にいるというのか?」


「えぇ、そうなります。そしてその人物はレイジ殿下が記憶を無くす前に接触したアンジュ様の可能性が高いです」


レイジの言葉に先生は少し険しい顔で頷いた。



アンジュが魔法を使える?

この乙女ゲームのヒロインにはそんな能力があるんだ…

そもそもこの国に魔法の文化があったことすら知らなかった…お隣なのに。

私の勉強不足かな?



不思議に思いリリに尋ねてみる。


「この国には魔法があるの?」


「えぇ。といっても本当にごく一部の人しか使えないけれど」


頷いてリリは詳しく説明してくれる。


フローライト国では一部の人が魔法の力に目覚める事がある。

力を目覚めさせることが出来る人間に身分や血統などの共通点は全くない。ある日突然、不思議な力が与えられるそうだ。力そのものにも統一性はなく総合して『魔法』と称しているらしい。


魔法の力に目覚めた人は国に名乗り出る義務がある、力が暴走したりしないように制御の仕方を学ぶためだ。

学んだ上でフローライト国の発展に役立てるなら、年齢性別問わずその生活は終身保証される。


一生の生活が保証されるとあって魔法の力を得た人は国の為に働く職に就くのがほとんどらしい。

中には今まで通りの生活を望む人がいて、その人達は名簿に名前を登録される。

魔法の力で悪いことが出来ないように、また力が暴走したりしないように魔法の契約を結ばされるそうだ。

けれど、希に魔法の力に目覚めても名乗り出ない人がいる。

名乗り出ない人間が悪事を働いたりしないように一年に一度、国民全員が魔法力検査と言うものを受けるらしい。そこで見つけ出し、名簿に名前を登録するそうだ。


「その魔法力検査でも引っ掛からなかった力の持ち主がこの学園にいて、それがアンジュ嬢かもしれないって事?」


「そうよ」


リリが頷くとレイジが補足する。


「…他国に伝わっていないのはまだ魔法についての研究が確信の持てるところまで進んでいないからだ…。下手に悪用されたら困るからね…けれどアリス様はその被害に合ったわけだから知る権利がある。出来れば…あまり言いふらさないでほしい」


頼む、と頭を下げられて少し戸惑ったが了承することにした。

何も考えていない残念王子だと思っていたが国の事を考える思考回路は残っているらしい。


「分かりました、言いふらしたりはしません」


「助かる、ありがとう」


一瞬ジェード様に伝えるべきか迷ったがそうなるとこの情報を知るに至った経緯も話さなければいけないし、たった今他言しないと言ったばかりだ。

約束は破れない。


「アンジュ嬢の事は、俺が調べさせるよ。何が目的かは分からないけれど…アリス様もリリアンヌ嬢も気を付けてくれ」


そう言うとレイジは先生をつれて出ていってしまった。

これからフローライト国の国王陛下に報告するらしい。

私達も保健室を後にして、寮へと戻ることにした。

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