第6話 希望-リリアンヌ視点-

私は乙女ゲームの世界に生まれ変わった。

前世を思い出したのは十歳、自分の婚約者と引き合わされた日。


私の婚約者はこの国の四大公爵家の一人、ノイディ公爵子息であるユーイ・ノイディだ。

フローライト国には代々続く公爵家が四つある。

彼も私もその公爵家の人間だから婚約の話がくるのは不思議なことではない。

けれどこの婚約は私にとって最悪な死亡ルートが待つエンディングの始まりなのだ。


最初の頃は婚約に抗ってみた、けれど無駄だった。

だから考え方を変えてヒロインがユーイルートを選んでも笑って送り出せるように、そして私の破滅フラグを折るようになるべく彼と仲良くなりすぎないよう適度な距離を保てるように勤めた。

そんな私をユーイは大事に扱ってくれた。

時には優しく、時には厳しく。

傍にいて親身になってくれて、自分の事を大事にしてくれる……そんな人間の近くにずっといて好意を持てないはずがない。

気が付くと私はユーイに恋をしていた。


ユーイも少なからず私の事を想ってくれている、そう思っていた。


アンジュが現れるまでは。


どこかで私は期待していたのだ。

ヒロインが現れてもきっとユーイは私を選んでくれると。

次第にアンジュに心惹かれていくユーイを見て私は焦った、このままではユーイを取られてしまう。

けれど嫉妬でアンジュに接触してしまえば破滅する未来は免れない。

せめてユーイの心が私から離れて行かないように精一杯の抵抗を試みた。


しかしそれらは全て裏目に出てしまった様だ。

新しい学年に上がったその日の昼休み、私はユーイからめったに人が来ない空き教室に呼び出された。


ここで彼が何を話すのか、私は知っている。

婚約破棄だ。

そしてアンジュに対する嫌がらせを問い詰められる。

けれど私は嫌がらせの類いを一切行っていない。

だがアンジュに好意を向けるユーイの様子からして婚約破棄を言い出されるのは間違いないだろう。


足取りは重く空き教室に向かう。

呼び出しを無視できなかったのは「嫌がらせはしなかったし対策も取った。もしかしたら婚約破棄はされないかもしれない」という希望があったから。


その希望も打ち砕かれる。

彼が私にしたのはゲームと同じ婚約破棄の話だった。

ゲームではこの後、リリアンヌがアンジュを怨んで行った様々な嫌がらせや犯罪ギリギリの行いについて問い詰められる。そ

して一年後、アンジュを愛するユーイによって殺される。



そんな結末が待ってるなんて……認めたくない!



ユーイが婚約破棄の言葉を出した瞬間、私は教室を飛び出した。

引き留める声が一瞬聞こえた気がするけどこれ以上悲しくなる言葉なんて聞きたくなかったからひたすら人のいない方に走った。

校舎裏の植木の影に身を隠しポロポロと溢れる涙を必死に拭う。

制服の袖は涙でじっとり濡れてしまった、それでも涙は止まってくれない。



早く泣き止まなきゃ……。

授業に遅れちゃう……でも、もうどうしたら良いのか分からない……。

このままだと私はユーイだけじゃなく自分の命も……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!

死にたくない!

誰か助けてよ!!



心の中で悲鳴を上げた、そんな時。


「………どうかしたんですか?」


綺麗な声がして顔を上げるとそこに立っていたのは美しい金色の髪を靡かせた妖精のような少女。

彼女の姿は前世で大好きだった漫画のお姫様によく似ている。

隣国からの留学生、アリス王女だ。



この人はゲームに出てこない、仮に関係してたとしてもどうでもいい。



半ば自棄になった私は泣いてる理由を問われ全て彼女に話した。

頭のおかしな奴だと思われたとしてもうどうでもいい、そう思って。


けれど驚いた事に彼女も私と同じ転生だった。同じ世界から私と同じように転生してきた人。

その人からかけてもらえた言葉に心が温まっていくような気がして、気が付いたら私は子供のように泣きじゃくっていた。



これは私の心に希望を取り戻してくれる出会いになった。

この時のことを私は絶対に忘れないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る