第7話 軽薄王子

「ご、ごめんなさい。取り乱して……王女殿下に無礼な真似を」


リリアンヌはひとしきり泣いた後、赤くなった目をハンカチで拭いながら頭を下げる。


「気にしないで、私達同じ転生者だもの。言うなれば仲間でしょう?」


そう言って微笑むとリリアンヌは嬉しそうに頷いてくれた。


「ありがとうございます、王女殿下」


「せっかく出会えたんだからそういうの無しにしない?私、前世は庶民だし……出来れば貴女と仲良くなりたいし、口調とか崩してもらって構わないわ。あとアリスって呼んで」


「………えっとじゃあ、アリス……友達に、なってくれる?」


リリアンヌは躊躇いながら口調を変えてそう告げる。

ちらちらとこちらを伺う様子は小動物のようで可愛い。


「もちろん!転生者同士仲良くしてね!リリアンヌさん!」


「私が名前で呼ぶのにアリスがさん付けするのはおかしいでしょう?親しい人はリリと呼ぶからアリスも是非そう呼んで」


そう言って彼女は笑ってくれた。

守りたい、その笑顔。


「わかった、よろしくねリリ」






こうして私は同じ転生者であるリリアンヌ――リリと友人になることができた。

出来ればもっともっと話したかったけれどそろそろ午後の授業が始まってしまう為、今日のところはお開きになった。


目が腫れてしまったリリを医務室に送り教室へと戻る。

なんとか始業五分前には席につくことができた。



それにしてもまさかここも乙女ゲームの舞台だったとは……。

リリの破滅フラグ、なんとか壊してあげたいなぁ……。



そんな事を思いながらちらりと同じくラスのヒロイン、アンジュに視線を向ける。

彼女はこちらに気がつくこと無く近くの席に座っている友人達(ただし男子生徒のみ)と談笑していた。

少し視線を巡らせてみればその光景をよく思っていないのだろう、アンジュを睨み付ける女子生徒もちらほら見受けられる。



……先が思いやられる……。



心の中で小さくため息をつきながら、私はそっと彼女から視線を外した。







◇◇◇


放課後、全ての授業を終えてジェード様との待ち合わせ場所へと向かう。

転生の事は話せないけれどリリの事は早く話したい、足取りは自然と軽くなる。

けれど私の前に立ちはだかった一人の男子生徒によって歩みは止められた。


「やぁやぁ、アリス様。ご機嫌いかがかな?少し俺に付き合ってもらおうか」


そう言って胡散臭い笑顔でウインクを飛ばしてきたのはチャラ王子――レイジだった。


「急いでるのでお断りします」


即答すればレイジは目を丸くする。



意外そうな顔してるけどこれでホイホイついていく方が有り得ないからね!?



「えー……俺この国の王子なんだけど?」


「私はフォトン国の王女です」


「昼は一緒にご飯食べてくれたじゃない」


「あれは周りの目がありましたから。他に生徒がいなければ断っていました」


もし昼休みの時に私が大勢の前で彼を引き連れたアンジュの誘いを断っていれば、フォトン国とフローライト国の不仲説が噂されたかもしれない。

私が言うのもどうかと思うが人間の大半は噂話が好きな生き物だ。

不本意な噂が広がるのは父もフローライト国の王様も望まないだろう、だから誘いを受けた。

けれど人の目がない今、レイジの誘いを受ける理由はない。

寧ろ極力関わりたくない。

どこか行って欲しい、切実に。


「ふぅん……君と一緒に来た新任教師の事で用があると言っても?」


その言葉に私がぴくりと反応したのを彼は見逃さなかった。


「ジェード先生だっけ。君の婚約者だろ?俺はこれでも第二王子だからね、他国の婚姻話は結構知ってるんだよ」


ジェード様との婚約は別に隠している訳ではない、かといって自ら吹聴するようなことはしていないが。


「で、うちのお姫様が君の婚約者に興味があるみたいなんだ。どうせ婚約も親が勝手に決めたものだろうしアンジュ嬢に譲ってあげてくれないかな?その代わりに俺が君をもらってあげる、悪くない話だろう?」


勝手に決めつけて話すレイジに言い様のない不快感を感じた私は、拳を握ると無言で彼の鳩尾に思い切り叩き込んだ。


「……っう、ぐ」


まさかそんなことをされるとは欠片も思っていなかったのだろう、無防備なまま私の拳を受け止めたレイジは呻き声を漏らし鳩尾を押さえて踞ると涙目でこちらを見上げる。


「……な、にを」


「言いたいことはたくさんありますけれど時間がないので簡単に。ジェード様は物ではありません、私の大事な人を侮辱した事は今の一発で許して差し上げます。それに私達は自ら望んで婚約しているのです、そこのところ誤解しないで下さい。以上」


未だに鳩尾を押さえているレイジに軽蔑の視線を向けて私はその横を通りすぎる。

一国の王子に一発拳を入れてしまったが悪いのは向こうだ。



私のことはともかくジェード様の事を物みたいに!

しかも自分がもらってあげるとか自分にそんな価値があるとでも!?

いや確かに権力的な意味ならあるんだろうけど、権力なら間に合ってます!




ふんすと鼻息を荒くしながらジェード様の元に急ぐ。

レイジは追って来なかった。

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