第29話 記憶
その後、寮に戻った私はアンジュの監視から戻ったメアリーに事情を説明した。
といっても詳しい話をしてくれたのは寮まで付き添ってくれたジェード先生だったけど。
「……アンジュ嬢に目立った動きはありませんでしたし、昨日ジェード様を襲ったユーイ様の脱け殻は今朝は部屋から出ておらず……それゆえ油断してしまいました……本当に申し訳ありません」
メアリーは悔しそうに唇を噛み締めて頭を下げる。
「しかしなぜジェード様の記憶だけ無くされたのでしょう。姫様、本当に覚えていらっしゃらないのですか?」
「リリにも聞かれたけど何も覚えていないの……」
申し訳なくてジェード先生から目を反らす。
「そうですか……ならば記憶を取り戻しましょう」
その言葉に驚く私にメアリーはにっこりと微笑む。
「ご安心下さい姫様!このメアリー、姫様の記憶を完璧にお戻しいたします!」
「そんな事、出来るの?」
ジェード先生の記憶だけが無いと教えられてからずっと思い出そうとしているが思い出せない。それなのにメアリーは簡単そうに言う。
「出来るか出来ないか、ではなくてやるのです。成せば成るものですわ」
そう言ってメアリーは私にウインクして見せるとジェード先生に向き直った。
「……暫くの間、姫様をお任せします。いろんな意味で姫様に何かありましたら許しませんので、そのつもりで」
「心得ています」
私の事をジェード先生に任せるとメアリーは部屋を出ていってしまう。
…………………気まずいっ!!
ジェード先生は私の婚約者らしいけど私にとってはほぼ初対面である。そんな人と二人きりにされても何を話したらいいか分からず沈黙が流れてしまう。
メアリーから聞いた情報によると、私は小さい頃からジェード先生が好きで婚約したらしいけど……そんなこと全然覚えてないし距離感が掴めないよ……。
途方にくれているとジェード先生がすっと私の足元に膝をついた。
顔を上げると視線がぶつかる。
顔はすっごい好みです!!!
こんなイケメンと婚約してたのにどうして思い出せないの私!!!
「……今の貴女にとって私は見ず知らずの男ですから……怯えさせてしまっていたら申し訳ありません。けれど私は絶対に貴女を傷付けたりはしません、それだけは……信じてください」
頭を下げられて顔は見えないけれどその声は悲しそうに聞こえる。
混乱した私の姿で怯えていると勘違いさせてしまったようだ。
「い、いえ……怯えてなんていません!大丈夫です!思い出せないのが申し訳ないだけですから」
慌てて弁解すればジェード先生は顔を上げて首を横に振る。
「貴女が気にやむ必要は何もありません。私がついていればこんなことには…」
表情こそ変わらないけれどジェード先生は私以上に私の記憶が無くなったことに関して責任を感じているらしい。
こんな時はなんと言葉をかければ正解なのか、この人のことを良く知らない私にはわからない。
けれど何か言わなくてはいけない気がした。
膝をついたままのジェード先生の前に私も同じように膝をついて目線を合わせる。
この人はきっと責任を感じているだけじゃない。
もし私の事を少しでも好きでいてくれたのだとしたら、そんな相手から自分の記憶だけなくなったらきっと凄く悲しい。
私なら絶対に悲しい。
無表情だけどジェード先生は今、悲しんでいる。そんな気がした。
この人に……そんな思いして欲しくない。
ジェード先生に関して覚えてる事なんて何もないのに、強くそう思った。
だから悲しませないように私は笑顔を向ける。
「私の事を大事にしてくれてありがとうございます。私は幸せ者ですね、婚約者にこんなに大事にしてもらえて。きっと記憶はすぐに戻りますから、絶対に大丈夫です!」
絶対なんて保証はないけど安心してもらいたくてそう告げる。
するとジェード先生は目を瞬かせた後、泣きそうな顔で笑ってくれた。
その笑顔は破壊力が強く、無表情からのギャップで心が簡単に射ぬかれてしまった事は私だけの秘密だ。
弱ってるイケメンとか、ズルい!!
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