第35話 正体

「なんなのよもうっ!邪魔者ばっかり!あんた、こいつら皆やっつけて!」


「結局俺がやるのかよ」


アンジュがそう叫んだ瞬間、ガイルが校舎の木の影から姿を現した。

彼の体はゆらりとゆらめいたかと思うと黒い影を纏う一人の男性の姿へと変貌した。

黒髪で三十代くらいの男性の姿はどこか見覚えがある。



私はこの人を知ってる……?



見覚えのある相手の姿に自分の記憶を必死に辿る。

そこで一人の人物に行き当たった。


「黒峰……くん……?」


前世で私と同じ会社の同僚だった人。

私の最後を看取った人。

私が片思いしていた人。


「久しぶりだな」


口の端を持ち上げてにっこりと微笑む彼は間違いなく私を前世の同僚と認識している。


「なんで……黒峰くんが……」


どうしてこんなところに。

なんでアンジュと一緒に。

纏っている黒い影は一体。

聞きたいことがありすぎて言葉が出てこない。


「なんでって俺はずっとお前の」


「しゃらっぷ!」


何か言いかけた黒峰くんをメアリーがモップをぶん回し遮る。


「そのお話は無事姫様を元の世界にお戻ししてから貴方達を縛り上げて聞き出せば済むこと。今はそこの顔だけ女と貴方を仕留めるのが最優先です!」


モップ片手にアンジュに飛び掛かるメアリーを黒峰くんが黒い影を操りながら受け止める。


「おっと、そうはさせない。こいつをやられちまうとこの世界が維持できないんでな」

「ならば尚更、叩きのめすまでです!」


ぶつかり合ったのはモップと影。

片や実体がない物のはずなのにガキンと金属同士がぶつかる音が響く。

なぜそんな音がするのか気になるがメアリーが戦ってる間にジェード様の記憶を元に戻さなくては。

ジェード様に視線をやれば唖然とメアリー達の戦いを眺めていた。


「ジェード様!」


名を呼び駆け出せばそれに気が付いたアンジュが少し遅れてジェード様に向けて走り出す。

彼の元に辿り着いたのはほぼ同時。だが口を開いたのはアンジュが先だった。


「ジェード先生、私の事が好きといってくれましたよね!?婚約者が居ても私を選んでくださると!」


「え、えぇ……」


「惑わされないでください!それはアンジュに植え付けられた記憶です!」


「勝手なこと言わないで!ジェード先生、私を選んで下さい。それでこの世界も固定される、誰の邪魔も入らない世界で幸せになれるの!」


「そんな嘘だらけの記憶に騙されて選んだって幸せになんかなれるわけないでしょう!」


「うるさい!あんたに何がわかるのよ!」


ジェード様との間にアンジュが割り込んだかと思うと彼女は私の胸ぐらを掴み、眉をつり上げ怒鳴り散らした。


「憎い憎い憎い!どうしてあんたみたいな苦労知らずの人間ばかりが幸せで私は不幸なの!どうして私は愛されないの!?どうして私ばっかりいじめられるの!ねぇどうして!?」


「逆恨みにもほどがあるでしょ!?はなして……っ」


胸ぐらを掴むアンジュの力は同い年の少女だと思えないほど強い。

引き剥がそうとアンジュの腕を掴むがびくともしない。それどころか力は増し、引っ張られる衣類によって首が絞まり苦しい。


「きっとあんたのせいで私は不幸なんだわ、あんたなんか死ねばいいのに!」


「やめろ!」


アンジュが叫びながら私の首を直接絞めようと手を伸ばした瞬間、ジェード様が思い切りアンジュを突き飛ばした。

横からの衝撃にアンジュが地面に倒れ込む。


「大丈夫ですか!?」


アンジュから解放されよろめいた私をジェード様が抱き止めてくれる。


「偽物の記憶に騙されて貴女以外の女性に想いを寄せるとは……。自分で自分を殴り殺したい気分です。申し訳ありませんでした」


ジェード様は偽物の記憶から解放されたようだ、安堵して視界が滲む。

けれどそれも一瞬だった。

倒れ込んでいたアンジュがゆっくり立ち上がったかと思うとその体は何かどす黒い闇に包まれていた。


「……なによ……結局幸せになるのはあんたで不幸になるのは私ってこと?おかしいじゃない!あんたが来てから全部がおかしくなった!ここで、この世界で、全部壊して殺してやる!」


アンジュが叫んだと同時に回りの風景が一気に彼女のまとう闇に染められる。

木も草も空も校舎も全てが墨でも溢したように黒く塗りつぶされた。

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