第17話 帝王の裁き
炫とアレクサンダーの腰に、同時にブレイブドライバーが装着される。二人は互いに顔を見合わせ、頷き合うと――同時に、「変身」のスイッチとなるボタンを入力した。
「発動……!」
「……発動ッ!」
刹那、彼らの全身を光が覆い隠し――その輝きの中から、鎧騎士達が飛び出してくる。
『Set up!! Third generation!!』
『Set up!! Sixth generation!!』
電子音声と共に登場した二人は、同時に武装を出現させるボタンを押し――その手に宝剣を掴んだ。ファンタジー世界の剣であるグランヘンダーとベリアンセイバーの刀身が、インターフェース・エリアの中で輝きを放つ。
「……死にたがりが、二人。ふふふ……」
やがてマントを靡かせ悠然と佇むディアボロトの前に、グランタロトとベリアンタイトが立ちはだかる……のだが。
嗤う貌を仮面に隠すギルフォードは、二人の「甲冑勇者」を前にしても動じることなく、平静を保っていた。
「アレクサンダーさん、あれは……」
「性能が高過ぎるあまり、ゲームバランスを崩壊させてしまう――として、私達がいた『DSO』の世界には実装されていなかったドライバーだ。いわゆる『没データ』であり、私も全てを調べているわけではないのだが……どうやらあの鎧には、リアリティ・ペインシステムに干渉するプログラムが組まれているらしい」
「ゲームシステムに干渉……!?」
「奴はゲームマスターの資格を失い、大幅に弱体化しているとはいえ……この世界における最強の装備を身に付けている状態だ。おかしな真似をさせる前に、速攻でカタをつけるぞ」
「……ああ!」
――何かをさせる前に、潰さなくてはならない。そう判断した二人は、己の得物を手にして一気に仕掛けた。
超人的な踏み込みから繰り出される、瞬足の一閃。弧を描き、垂直に振り下ろされた彼らの剣は――
「……ッ!?」
「なっ!」
「ようこそ……私の『間合い』へ」
――振り上げられたディアボロトの両肘に激突し。その勢いを、完全に殺されていた。
渾身の力で振り下ろした剣を、エルボーだけで受け止める「甲冑勇者」の王。その圧倒的な防御力に、炫とアレクサンダーは仮面の奥で瞠目する。
(一人の『甲冑勇者』の攻撃を片肘で……!)
(オレ達のものより、さらに上位の『スーパーアーマー』が!?)
ベリアンセイバーを右肘で。グランヘンダーを左肘で。宝剣の一閃であるはずの初撃を、それだけで受け止めてしまう、ディアボロトの耐久力。
それに驚愕する二人の腕は、いつの間にか白い籠手に掴まれていた。初撃を凌いだギルフォードは、そのまま肘を伸ばして彼らの腕を捕まえたのである。
「……フンッ!」
その勢いのまま、ギルフォードは二人の体を同時に引き寄せる。予期せぬ攻撃に出られた彼らは反応が間に合わず、前方に体重を傾けてしまった。
「がッ……!?」
「うぁッ!」
そんな大きな隙を、この至近距離で突かれないはずもなく。
ディアボロトは両腕を引き寄せた体勢から、自分の方へ傾く二人の腹に拳を突き込むのだった。
「あがあぁあッ!」
「うぁああッ!」
激しい衝撃音を響かせて、二人は数メートルほど吹き飛ばされてしまう。地に落ち、床を転がる彼らは……暫し、全身に迸る激痛に呻き続けていた。
「な、んだ……! この、痛み……!」
「『甲冑勇者』に変身しているはずの我々に、これほどダメージによる痛みを……!」
単に攻撃力が高いというだけで、これほどの痛みになるというのか。そんな疑問が浮き上がるほど、彼らの全身を貫いた痛覚の濁流は、凄まじい勢いだったのだ。
(……まさか!?)
やがて二人が、その答えに辿り着いた時。ギルフォードは仮面の奥で嗤いを噛み殺し、その答えを肯定する。
「……あなた方が思った通り、ですよ。この『原始勇者ディアボロト』の鎧には、最上位のスーパーアーマーだけでなく――攻撃対象に与える痛覚を、5倍に引き上げる特殊スキルがあるのです」
「5倍……!?」
「私の鎧に得物など、不要。この拳、この体そのものが、あなた方で云う『宝剣』そのものなのですから……」
くっくっ……と、噛み締めた口元から、笑みを零し。ギルフォードはマントを揺らしながら、じりじりと二人に迫る。
「しかも。このディアボロトは、装着者への痛覚を遮断するスキルも備えているのです。いくらあなた方が攻撃してきても、私には何の痛みもないのですよ」
「ぐ……!」
炫とアレクサンダーは、剣を杖に立ち上がりながら構え直すが――身心に受けたダメージは尋常ではなく、先ほどのように強くは踏み込めなくなっていた。
「ふふふ、そうですかそうですか。あなた方でも『痛み』は怖いですか。そうでしょうそうでしょう、怖いでしょう。なにせ最悪の場合、HPを全損してアバターが死亡する前に
「貴様ッ……!」
「さぁ……まずは、FBIの忠犬君。あなたから、泣き叫んで頂きましょうか。……そうやって、助けを求めながら死んでいった妹のように」
「……ッ!」
「――ふざけるなァッ!」
そんな二人を煽るように、両手を大仰に広げるギルフォード。敢えて無防備な体勢を見せ、ソフィアの死にまで言及した彼の言葉に、アレクサンダーは激しく昂ぶった。
あの短時間でアレクサンダーのことを調べたのか――と、怒りと共に驚愕する炫の脇をすり抜けるように。ベリアンタイトの蒼い体が、弾かれたようにディアボロトに迫る。
――ドライバーに指先を伸ばし、緑のボタンを押し込みながら。
『Sixth generation!! Ignition slash!!』
「はぁああッ!」
「アレクサンダーさんッ!」
炫が声を上げるよりも早く、ベリアンセイバーが唸りを上げた。その蒼い電光を帯びた刀身は、青白い鎌鼬を放つ。
「フンッ……!」
「くッ!? ――おぉおッ!」
だが、ディアボロトは真っ向からそれを浴びても、斃れることはなく……僅かに後退るだけであった。
「大技」すら決定打にならないディアボロトのアーマー強度に焦燥を募らせ……それでもアレクサンダーは、先ほどの初撃とは比にならない速さで踏み込み、ディアボロトの胸に斬撃を叩き込む。
しかし……それでも。白き帝王は揺るぎない姿勢のまま、微動だにしない。ただ仮面の底から、暗澹とした嗤いが響くばかりだった。
「またもや私情を挟んで暴走……ですか。あなたらしい愚直さですね、アレクサンダー・パーネル」
「くッ……! 如何に高性能なスーパーアーマーであろうと、それは所詮『
「……えぇ、その通りですとも。尤も……それまであなたが持てば、の話ですがね!」
「アレクサンダーさんッ!」
烈火の如き憤怒さえ踏み潰す、圧倒的能力差。目に見える形でそれを示すかのように、ディアボロトの拳が振り上げられる。
だが――その拳はアレクサンダーの顔面ではなく。彼らの間に割り込んできたグランタロトの剣に突き刺さるのだった。
「がッ!?」
「慌てずとも……君にもすぐに、素晴らしい最期を演出して差し上げますとも。華々しく戦い散る、英雄の最期をね」
衝撃のあまり、グランヘンダーが凄まじい回転と共に舞い上がる。パワータイプであるはずのグランタロトが力負けしている事態に、炫は仮面の奥で目を剥いた。
「ぐわぁああッ!」
「炫く――ごはァッ!」
「……んん、いい悲鳴です。やはり英雄の最期には、それ相応の悲劇がなくてはなりません。ロビンフットやヨシツネ、ジャンヌダルクのように……」
ギルフォードはさらに、剣を失ったグランタロトの腹に蹴りを叩き込み、その蹴り足でベリアンタイトの頬を薙ぎ払った。
一本の脚で蹂躙される鎧騎士達は、5倍の激痛に悲鳴を上げ、吹き飛ばされて行く。
「あ、ぁぐッ……!」
「くッ、う……!」
「宝剣」の化身でありながら、自らの半身とも言うべき剣を手放してしまう二人。そんな彼らを見やるギルフォードは、愉悦に満ちた笑みを浮かべてマントを翻す。
「実に愉快だ……実に、美しい。これ、これですよ。私が最期に見たかった、素晴らしき英雄譚の終末は……」
感慨に耽るように、拳を握り締めるギルフォード。純白の鎧と仮面に、滾る狂気を覆い隠した彼は――やがて、ドライバーの赤いボタンに指先を伸ばす。
その箇所には、「発射ボタン」と書かれていた。
「……ですが、いつまでも遊んでいては強制ログアウトで逃げられてしまいますからね。人生最期の愉しみを、早々に切り上げてしまうのは忍びないですが……本末転倒な事態は避けたい」
「……!?」
「よって。全てをここで、終わらせるとしましょうか」
――破滅願望の権化は、その欲望のままに。赤いボタンを、押し込んだ。
『
刹那。ディアボロトの右拳が、真紅の灼熱を纏い――この一帯の景色を、蜃気楼の如く揺らめかせる。
かなりの距離があるというのに、焼け付くような熱気の勢いは、炫達にまで及んでいた。
「……!? なんてッ……熱さだ!」
「火傷、痛いですよねぇ。痛覚5倍の状態から、焼きごてを押し付けられる気分を味わえますよ。さぞや、素敵な最期を飾れることでしょう」
ギルフォードの言葉通りの現象が起きるなら――例え現実世界の肉体に影響がなくとも、確実に当人の精神に異常を来す。
並の人間が味わえば、廃人化は免れない。そしてそれは、人間としての「死」と同義である。
仮想と現実の壁さえ超え、命を奪うギルフォードの「芸術」。その真髄を目の当たりにして、炫とアレクサンダーは己を狂わせる「怒り」と「戦慄」を同時に味わっていた。
「残念でしたね。あなた方は、逃げ切れなかった。頼もしい仲間達と共に戦い、邪悪な魂を宿した剣を打ち破った英雄は――最期に」
そんな彼らに向けて……ディアボロトは、突き上がるような嗤いと共に。
「世界の創造者に! 神に! 見放され! 果敢に戦うも……儚く! 散りゆくのでしたァッ!」
右手の鉄拳を、勢いよく突き出し。そこに集中していた灼熱は、真紅の火球へと変貌すると――持ち主の拳を離れ、火炎の砲弾となっていった。
その弾頭が向かう先で、炫は……ただ死を待つことを良しとせず。ふらつきながらも片膝をついて立ち上がり、震える指先で「大技」の発動ボタンに触れた。
(……オレの、「大技」で迎え撃つしか……ない。オレは間違いなく直撃するけど……でも、少しでもアレクサンダーさんから遠いところで命中させれば……ッ!?)
高速の飛び蹴りで、真っ向から火炎砲弾に激突し、より早く爆発させれば。自分は間違いなく地獄の業火を味わうことになるが――アレクサンダーに及ぶ熱気の余波を、最小限に抑えられる。
そう考えた彼の、咄嗟の行動だったのだが。
――それが、実行されることはなかった。
「あっ……!?」
「……ッ!」
触れたボタンを押し込む、直前。身を引きずるように飛び出したアレクサンダーが、炫を突き飛ばしたのだ。
一瞬何が起きたかわからず……しかし痛みもなく吹き飛ばされたことから、すぐに彼の仕業であると気づいた炫は。
(アレクサンダー……さんッ!)
地を転がりながら、蒼い鎧騎士に手を伸ばし。
(……これが、私が果たすべき任務なんだ。これで……いい)
その仮面の奥で。アレクサンダーは、儚げな微笑を浮かべていた。
仮面という壁に隔てられた炫には、見えないように。
――そして。
(せめて君だけは、いつまでも……幸せに生きて欲しい。全てを喪った私だが……ソフィアを愛してくれた、君だけは、せめて……)
親愛とも、憎しみとも、哀しみともつかない瞳は、少年を見つめたまま。
己の罪に値する、罰を受けるかの如く。
王の業火に、包まれたのだった。
「――アレクサンダーさぁあぁんッ!」
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