第3話 仮面の装甲歩兵

 フルプレートメイルに固められた全身は、陽の光に浴びて眩い輝きを放っている。

 自分の居場所を教えているようなものだが――銃弾や爆発を幾ら浴びても微動だにしていないところを見ると、隠れる必要さえないほどの防御力であるらしい。


 鎧の形状や、その隙間にある黒いボディースーツは共通しているが――兜の種類は異なっていた。

 片方は口先が鋭利に突き出たバシネット。もう片方は、バケツ状のグレートヘルム。さらに、腰に巻かれたベルトの形状にも個体差が見受けられる。


(……? なん、だ……あのベルトは……)

(前時代のゲーム機にも見えるが……)


 窓からその様子を伺う、キッドとトラメデス。彼らの視線は、鎧騎士達のベルトに集中していた。


 三叉槍を彷彿とさせる形状の、三本のグリップ。その特徴を持つグレーのコントローラが、バシネットの騎士に装着されている。丹田の中心部にあるそれは、バックルのようだった。

 一方グレートヘルムの騎士には、同じくグレーに塗装された長方形のコントローラが装備されている。丸みを帯びた両端や、四色のボタンが特徴だ。


 ――いずれも、VR技術が発達する以前に存在していた旧時代のゲーム機。そのコントローラの形状を模していた。

 端から見れば、トラメデスのテンガロンハットと同じ「ネタ装備」のようにも見えるが……あまりにも「RAO」の世界観から浮いたその外見は、えもいわれぬ不気味さを放っている。


「なんだあいつ!?」

「知らねぇよ! ――だが、俺らのチームじゃねぇことには違いねぇ。やっちまえ!」


 その鎧騎士達は、キッド達の位置よりかは敵方に近い場所にいる。向こう側のチームは、砂塵の中から現れた2人の曲者を発見したらしく、包囲殲滅すべく散開していた。


「いかん……! 何を持ってるかわからないんだぞ、退がれ!」


 交信する術がない以上、叫んでも無駄であることは、頭で理解はしていた。それでもキッドは声を上げ、退避を呼びかける。

 無論、それが身を結ぶことはなく――敵方のチームは、鎧騎士達に一斉射撃を敢行した。


 銃声と爆音の濁流が戦場に雪崩れ込み、鎧騎士達の周囲が土埃に包まれる。視界が砂塵に埋まり、遠巻きに戦況を見ていたキッド達ですら、全く全貌が見えない状況になってしまった。


「……あ、あぁ……!」


 ――だが、何が起きているかはわかる。砂煙に塗り潰された景色の向こうでは、人々の悲鳴が轟いていた。

 得体の知れない敵による、目眩しに紛れた強襲。そして断末魔の如き絶叫が、絶えず響き渡るこの状況。リアルでの戦闘行為に心得があるキッドとトラメデスですら、固唾を飲んでいた。

 ベテランプレイヤーとはいえ、リアルにおいては単なる一般人に過ぎないエリザベスは、顔面蒼白でへたり込んでしまっている。もはや、先ほどまでの威勢の良さは見る影もない。


(……とにかく、今のうちに負傷者を保護します。先任!)

(あぁ、急げ!)


 そんな彼女を一瞥し、キッドはトラメデスに耳打ちすると――弾かれるように、廃屋の外へと転げ出る。


「しっかりしろ、絶対に助けるから!」

「……ぅ、ぁあ……いた……い、なん、で……」


 そして素早く負傷者の傍に滑り込むと、脇下に手を入れ引きずり始めた。HPこそ大して消耗していないが、かなりの痛みなのか意識が朦朧としているようだ。


 ――すると。


「……ッ!?」


 身を貫くような悪寒が、廃屋を目前にしてキッドを襲う。気づけば彼は、土埃の方角に目を向けていた。

 ――そして、言葉を失う。


 砂塵の中から現れた、鎧騎士達。彼らは無傷のまま、HPが半減しているプレイヤー達の体を引きずっていた。


 しかも。プレイヤー達は誰一人として五体満足ではなく、誰もが手足をもがれ達磨のようにされている。……痛覚がリアルであるなら、どれほどの苦痛が彼らを襲ったのか。考えるまでも、ない。


(奴ら……何も武器を持っていない! 丸腰であんなことを……!?)


 生きているだけの肉塊と化したプレイヤー達を引きずりながら、鎧騎士達は悠然と歩み続けている。その膂力は、計り知れない。


 そして彼らの行き先は――こちらの、廃屋。


「……狙いは俺達だ! アー坊、急げッ!」

「ぃ、やぁあ!」

「くッ……!」


 トラメデスの怒号とエリザベスの悲鳴が重なり、キッドの焦燥を掻き立てる。懸命にプレイヤーを引きずり、遮蔽物となる廃屋を懸命に目指すが……このままでは、逃げ切ることは難しい。


「……!?」


 ――すると次の瞬間。どこからか銃声が響き渡り、鎧騎士達の頭部に弾丸が命中した。

 それは……スナイパーライフルによるもの。


「……まだ生き残りが!」


 鎧騎士達の注意が、弾道を辿り先程の射線上に向かう。その挙動と状況から、トラメデスは相手チームの生き残りによる反撃であると悟った。


(……もしかすると奴ら、飛び道具は持っていないのかも知れん。「RAO」のキャラとしては考えられないことだが……元が近接主体の「DSO」の没データなら、あり得る話だ。ならば牽制射撃と併せて撤退すれば、あるいは――)


 そしてキッドが、鎧騎士達が未だに丸腰である今の状況から、この場を脱する算段をつけようとした――時だった。


Fifthフィフス generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション shootシュート!!』


「……な」


 バシネットの騎士が、ベルトのコントローラに手を掛け――緑色の丸ボタンに触れた。すると、彼の手に一丁の拳銃が現れる。

 自身のコントローラに似た形状のグリップがある、その拳銃を握り――彼は銃口を射線上に向けた。電子音声に合わせ、その中心点からは妖しい光が溢れ出ている。


「駄目だッ!」


 ――直感に訴える、殺気。それを察知したキッドが、声を上げる。よりも、速く。


 バシネットの騎士は引き金を引き――白い閃光を纏う光弾を、その銃口から解き放つのだった。大地から舞い上がる流星が、一条の光となり砂塵の戦場を駆け抜ける。

 一瞬にも満たない、発射の瞬間。それを目撃したキッド達の聴覚に、スナイパーの断末魔が轟いた。


「……ひっ!」

「スナイパーが射程に入るハンドガンかよ……チートもいいとこじゃねぇか。アー坊、急いでずらかるぞ! ここの廃屋に隠れても無駄だ!」


 唇を震わせ、さらに萎縮するエリザベス。そんな彼女を庇うように立ちながら、トラメデスは手を振り撤退を促す。

 キッドもそれに頷き、渾身の力でプレイヤーを担ぎ上げた。――すると。


「……ッ!」


 バシネットの騎士に撃たれたスナイパーが、肩を抑えながら転げ落ちてきた。崩れた廃墟の崖に潜んでいたらしく、鉄柱や瓦礫に墜落しながら、地面近くまで転落していく。

 やはりリアリティ・ペインシステムはまだ作動中であるらしく、スナイパーは仲間達と同様に、耳をつんざくような絶叫を上げてのたうち回っていた。


 ――HPが全損していない、ということは仮想空間の命が続いているということであり。リアルの肉体と違い、精神に対する防御としての「気絶」が意味をなさない……ということを意味している。

 HPが残っている限り、仮に気絶したとしても、その攻撃が通る・・・・・体は仮想空間に残され続ける。ゆえに激痛により気を失っても、次の瞬間にはさらなる痛みにより強制的に覚醒させられるのだ。


 それはHPが全損しない限り、永遠に続く。気を失おうとも、「ゲームだから」と構わず攻撃し続けるプレイヤー達により。


 つまり。現実の肉体とは異なるプログラムの体で生きている、この仮想空間で「現実の痛みリアリティ・ペイン」がある……ということは。

 現実世界なら「気絶」という肉体の機能により回避できる痛みからも、逃げ切れない――ということなのだ。


 そして、精神のキャパシティを超える痛みを味わい続けた者は、やがて精神に異常を来す。そこから発展して生まれたPTSDが、「DSO」事件の惨劇へと繋がったのだ。


「……や、めろ」


 加害者側として、それをよく知っているキッドは。口元を震わせ、制止の言葉を吐く。だが、あの鎧騎士達がそれを聞き入れることはない。


「……ひ、ぎぃ、あぁあぁあ!」


 絶望的な痛みと、そこから逃れられない閉塞感からか。すでに正常な判断力を失っているらしく、スナイパーは腰に忍ばせていたハンドガンを乱射し始めた。

 無軌道に飛ぶ弾丸が、鎧騎士達の全身に命中するが――金属音が反響するのみであり、ダメージを受けている気配はない。


 このままでは、他のプレイヤー達のように嬲り殺しにされてしまう。そう判断したキッドが、無謀を承知でアサルトライフルを手に、援護射撃に入ろうとした――その時だった。


 方々に乱れ飛ぶ銃弾。そのうちの数発が、鎧騎士達のベルトに命中し。その箇所だけが、白く点滅した。


「……あれは!」


 そのエフェクトは、「DSO」における「ダメージが入った」ことを示す反応の一つ。それを知るキッドは、今の現象を目の当たりにして……彼らのウィークポイントを悟るのだった。


 ――しかし。それは、鎧騎士達の逆鱗に触れることを意味していたのか。


Fourthフォース generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション fireファイア!!』


 今度はグレートヘルムの騎士が、腰のコントローラに手を伸ばした。四色あるうちの、黄色のボタンに触れた彼の両肩に――2門の黒い砲身が現れる。


「……!」


 二つの大砲の狙いは、すでに虫の息のスナイパーへ向けられていた。その砲口には、四色の光が螺旋を描いて集まっている。

 もはや、止める術も暇もない。


「アー坊、伏せろッ!」


 トラメデスが叫ぶと同時に、キッドは手にしていたライフルを捨て、地に伏せていた。


 そして――蓄積されていた四色の光は、大気に絶大な振動を与え。

 その余波で舞い上がった砂嵐もろとも、四本に伸びる閃光の放射で、全てを吹き飛ばしていた。


「きゃあぁああッ!」

「ちっ……演出は現実離れしてるくせに、こういう現象だけリアルに拘りやがる……!」


 システム上ありえないほどの衝撃波を浴び、エリザベスはたまらず転倒してしまう。そんな彼女の前に立ち、トラメデスは砂の濁流から彼女を庇い続けていた。


「く……ぁっ……!」


 キッドも、地に伏せながら負傷しているプレイヤーの頭を抱き抱え、懸命に守り続けていた。


 ◇


 ――その砂嵐が過ぎ去り、あの放射の余波が鎮静するまで。一体、どれほどの時が流れたのか。

 それは、時計を見ればわかることだが……居合わせた人間は誰も、そんなものを確認する余裕はなかった。


「……あ、いつらは……!?」


 砂塵が舞い飛ぶ音。あのスナイパー共々、廃墟が撃ち砕かれた轟音。遠く離れた自分達にまで、間近のように迫っていた爆発音。

 その全てが過ぎ去り、静寂が戻った頃。キッドはようやく、砂まみれになった顔を上げたのだが――その頃にはすでに、この戦場の景色は一変していた。


 あらゆる廃墟は、さらに無惨な姿へと瓦解し……一部には、レーザーのようなもので焼き切られたような痕跡も残っていた。

 近くにいたプレイヤー達は、1人残らずHP全損。……もしこれでもまだHPが残っていたら、まだ地獄の苦しみが続いていたのだろう。


「……あいつらの、姿が見えない……!?」


 だが問題は、この惨劇の張本人である、当の鎧騎士達が見えないことだろう。彼らの行方を求め、キッドは視線をあらゆる方向に向ける。


「どうやら、逃げられた――いや、見逃してもらえた、ってとこか。さっき確認したが、ログアウト機能も復活してるようだぜ」

「先任、ご無事で!」

「……無事、ねぇ。まぁ、この嬢ちゃんよりはな」


 すると、前にも増して砂まみれになった廃屋から、トラメデスが顔を出してきた。彼に肩を預けているエリザベスは、すでに死人のように生気が抜けている。

 キッドの下で震えているプレイヤーも、顔から血の気が失せていた。


「……しかし、まさかこんなエキシビションマッチにまで出現してくるとはな。ランキングに影響する戦闘にしか出なかった今までとは、違うケースじゃねぇか」

「もしかしたら、完全なランダムではなく……何か法則性があるのかも知れません。解析班に、あらゆる視点から徹底的に洗ってもらいましょうか」

「お前も中々、人使いが荒いな」

「一刻も早く真相に辿り着かなくては、人々の不安を煽るばかりですよ。それに……」


 キッドの視線が、ぐったりしているエリザベスに向けられる。ベテランプレイヤーの仮面が剥がれた、弱々しいその貌は――彼の想い人を彷彿させていた。


(……こんな顔は、もう見ていたくない)


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