第2話 仮想世界の戦火

 クリスマスのムードは、夜が明け朝陽が差し込んでからも続いている。

 通学路を走る子供達は、サンタからのプレゼントを夢見て浮き足立っているようだった。往来を歩く若いカップルも、互いに渡し合うプレゼントのことで盛り上がっている。


「……」


 そんな人々を、一瞥しつつ。愛車「スクランブラー・sixty2」を駆るキッドは、アスファルトを駆け抜けある場所を目指していた。


 オレンジに塗装されたバイクが、滑るようにワシントンの街を走る。風を切り突き進むそのマシンは――やがて、錆びついた車庫の前に辿り着いた。


「……フゥッ」


 キッドは短く息を吐き、ヘルメットを脱ぐ。その視線は、車庫より上の方へと向けられていた。


 ――「Workshop Hopkins」。シャッターの上には、そう殴り書きされた看板が掲げられている。それを見上げていると、シャッターの隣にある錆びたドアから、1人の少女が顔を出してきた。


「いらっしゃいませ……って、キキ、キッドさん!? どうされたんですか、こんな朝早くから!」

「おはようベサニー。店長はいるか?」


 そしてキッドと顔を合わせた途端、彼女は頬を赤らめながら仰け反ってしまう。どうやら、予想だにしなかった来客であるらしい。


 年齢は概ね18歳前後。シャギーショートの赤髪と、くりっとしたブラウンの瞳からは、快活な印象を受ける。一方、目鼻立ちは整っているのだが、両頬のそばかすや化粧とは無縁な佇まいからは、垢抜けないイメージが漂っていた。

 ……が、素材としては優良であり、汚れた作業服の下にはグラマラスな肢体が隠されている。それを知る男は、未だにいないのだが。


 彼女の名は、ベサニー・ホプキンス。

 この修理屋を父と2人で営む女子高生であり、ここをよく利用するキッドとは顔馴染みの間柄なのだ。


「は、はははいっ! と、父さーん! キッドさんがぁー!」

「……なんだぁい、朝っぱらから騒々しい」


 キッドを前に上がってしまっているのか、ベサニーは上擦った声のまま車庫にいる父を呼び出す。すると、工具やガラクタが散らかった車庫の中から、小柄な老人がひょこっと顔を出してきた。

 娘と同様に、油汚れに塗れた作業服に袖を通した彼は、白髭をなぞりながら2人の前に歩み寄ってくる。ベサニーの腰程度の身長しかないその姿は、さながらホビットのようだった。


「……なんだ坊主か。どうしたんだい、こんな朝早くから。定期修理ならこないだしてやっただろう」

「いい音の出るマフラーが欲しくてな。その道のプロから意見を聞きに来た次第だ」

「マフラーだぁ? お前みたいな堅物がそんなオシャレに拘るなんて、どういう風の……」


 キッドの口から出て来た注文に、店長は訝しげな表情を浮かべる。だが、言い終える前に何かに気づいたらしい。


「……あぁ、そうかい。ウチにあるもんから、気に入ったヤツを選びな」

「……恩に着る」

「え……えっ?」


 それ以上は何も言わず、踵を返してしまった。そんな彼の後ろに続き、キッドも言葉少なに歩き出す。

 一方、ベサニーだけは2人の意図が読めず、首を左右に振っていた。


「ベサニー、お前そろそろ学校だろうが。さっさとシャワー浴びてこい」

「えっ――あっやだ! もうこんな時間っ!? 急が……ぎゃん!」


 そんな娘に、店長は背を向けたままぶっきらぼうに言い放つ。すでに時刻は7時過ぎ。身支度の時間を考えると、かなり急がねば遅刻は免れない。

 ベサニーはようやくそれを悟ると、慌てて駆け出し――工具箱に躓いて転んでしまった。キッドに向けて臀部を突き出し、地べたに顔面から墜落した娘を一瞥すると、父は深くため息をつく。


「……全く、忙しない娘だわい。欲しがる男の気が知れんのう」

「……それは、どうも」


 一方。キッドはベサニーに聞こえぬよう、想い人の父に呟いていた。


 ◇


「ねぇ、見てあれ」

「やだぁ……ホプキンスの奴よ」


 午後の休み時間。ハイスクールの授業も終わりに近づき、生徒達が放課後の予定に意識を向ける頃。

 ベサニーは独り、グラウンドにばら撒かれた鞄や教材を拾い続けていた。上の階からその光景を眺めていた女子生徒達が、嘲るように笑っている。


「……参ったなぁ。授業始まっちゃう……」


 彼女達の嗤い声を聞き流し。ため息をつきながら、散らばった私物をかき集めていく。その表情は疲れだけでなく、諦めにも似た色を滲ませていた。

 ――そう。彼女は以前から、虐めを受けているのだ。


「なぁにそんなとこで油売ってんのよ、赤毛。次の授業、遅れても知らないよ!」

「行こ行こ、油臭いのが移っちゃう」

「それもそうね! ――アハハッ!」


 ベサニーが席を外した隙に、彼女の私物を窓から放り捨てた女子生徒達。彼女達のリーダー格である金髪の生徒は、ベサニーの髪色をなじりながら、踵を返す。

 さらに取り巻きの生徒達も、ベサニーを笑い者にしながら立ち去っていった。すでに、次の授業の予鈴が鳴っている。……どうやら、間に合いそうにはない。


「……母さん……」


 自分の髪を撫でながら、ベサニーは消え入りそうな声で呟く。

 ――虐めを辛いと思わない日はなかった。自分の髪が恨めしいと感じたのは、一度や二度ではない。だが、幼い頃に死に別れた母から貰った、この髪を他の色に塗り潰すことは出来なかった。


 髪の色は変えられない。なら、諦めるしかない。

 昔は、いつか王子様のような人が助けてくれると夢見ていたが、高校3年生になった今となっては儚い思い出に過ぎないのだ。


(……キッド、さん……)


 自分にとっての王子様がいないわけではない。だが今では、その王子様に迷惑を掛けたくない、という気持ちの方が強かった。

 ――知れば、彼はきっと助けてくれる。だが、自分一人のために多くの生徒に牙を剥くようなことになれば、人々はさらに畏怖の視線を彼に向けるだろう。その視線を払拭するために、彼は戦っているというのに。


 だから自分には、どうにもできない。ただ、じっと耐えるより他ないのだ。


 ◇


「……はぁ」


 その日の夜。

 学校から帰った後、店の手伝いで1日を終え――シャワーを浴びたベサニーは、狭い自室のベッドに身を投げていた。古びたベッドは主人の体重に軋み、ギシギシと悲鳴を上げている。


(……ベ、ベッドがボロいだけだから! あたしが太ったわけじゃないからっ!)


 誰に対する言い訳なのか、ベサニーは胸中でそう叫びつつ、枕元に置いていたヘッドギアに手を伸ばした。


 赤と白で塗装された、そのヘッドギアの名は――「ヘブンダイバー」。アーヴィングコーポレーションが誇る、世界最高峰のVRゲーム機である。

 3年に渡り、こつこつと貯めて来た貯金をはたいてようやく買えた宝物。ベサニーは愛おしげにそれを抱え込むと、「わくわく」という楽しさに満ちた表情を浮かべ、頭に被せた。


「……」


 ――すると。彼女は、自室の壁に貼られた1枚のポスターに目を移した。

 そこには、煌びやかなドレスを着こなす金髪の美女が映されている。……今をときめくハリウッド女優の、「エリザベス・エッシェンバッハ」だ。


 艶やかな金髪に、そばかすなどとは無縁の美肌。ベサニーには一生届かないものを全て備えた、理想の女性像そのものである。


(……リアルほんとうのあたしは、赤毛でそばかす顔の地味女。キッドさんになんか、一生掛かっても釣り合いっこない。だけど、あの世界なら……)


 そんな彼女を写したポスターを、羨望の眼差しで眺めつつ。ベサニーは、仮想空間へのフルダイブに臨む。

 ――ずっと前から一目惚れだった、青年とのひと時を思い描きながら。


「……ログインっ!」


 そして、ゲームへの接続スイッチとなる台詞を口にして。彼女の意識は、仮想空間へと転送されていく。本当の身体を、この現実世界に残して。


 ◇


「……ログインしてから、かれこれ6時間になるが……まだ例の現象が起きている気配はない、か」

「ずっと仮想空間に張り付いてるってのも、これはこれでしんどいねぇ。世のゲーマー諸君には頭がさがるぜ」


 ――その頃。

 「RAO」のマルチプレイにおける拠点ロビーである、砂漠のキャンプ地。その中でキッドとトラメデスは、プレイヤーに扮して調査を行っていた。

 米兵の兵装に身を包む2人は、キャンプの近くを歩みながら辺りを伺っている。様々な装備品で身を固めるプレイヤー達は、次のバトルに向けて作戦を練り合っていた。


「解析班から報告はありましたか?」

「あぁ、ついさっきな。……やっぱり、ハッカーの線が強いらしいぜ」


 キッドの問い掛けに答えるトラメデスは、仮想空間の空を仰ぐ。蒼く澄み渡る世界は、現実と見紛う精巧さを持っていた。

 ――この世界の基盤である「DSO」を開発したギルフォードの実力が、垣間見える。


「『RAO』のサーバーが、一時的にコントロール不能になるケースがここ数週間頻発してるそうだ。まだ運営は正式な公表をしていないがな」

「ハッキングで運営からコントロールを奪い、『RAO』内に在る例のシステムを引き出している……ということですか。『仮面の装甲歩兵』については何か分かりましたか?」

「甲冑姿の没データは幾つもあるから、ここで目撃された個体がどれかまではわからねぇらしいが……『RAO』のソフト内にデータがあることは間違いねぇ。……ギルフォードの説。マジに捉えてもいいかもな」


 これほどまでに現実に近しい仮想空間を創り出せる人間が、その力をテロに行使すればどうなるか。そうと知らず、ゲームとして楽しんでいる人々は、どうなってしまうのか。

 ――そんな考えが過ぎる度、彼らはこの事件の深刻さを再認識していた。行方不明であるギルフォードが実行犯だとすれば、それに抗う術があるかどうか……。


「……しかしよ、アー坊。いい加減アバターくらい弄ったらどうよ? 変装は捜査官の嗜みだぜ?」

「堂々としていれば、却って怪しまれないものです。……それに、先任のようになるのも遠慮したいので」

「あん? なんだよカッコいいだろうが、このウェスタンルック」

「……はぁ」


 ――その不安を拭うかのように。トラメデスは努めて明るく振る舞い、キッドの容姿に言及し始めた。


 「RAO」は「DSO」と同じく、リアルなディテールを追求したグラフィックであり、ポップな世界観で構成されている「Happy Hope Online」こと「ハピホプ」とは対極のゲームである。

 ゆえにプレイヤーのアバターも、ある程度は現実に即したデザインとなっている。ゲーム内通貨を利用することで様々なイメチェンは可能だが、デフォルトのアバターは、プレイヤーのリアルに合わせた外見になるのだ。


 トラメデスはゲームで稼いだ通貨を使い、いわゆる「ネタ装備」であるテンガロンハットを被っている。米兵の迷彩服を纏いながら、そんなものを被っている彼はひどく浮いていた。

 キッドはそんな先任を、冷ややかな眼差しで一瞥する。こうはなりたくないな、と表情が語っていた。


「第一、我々はここに遊びに来ているわけではないのですよ。資金があるなら自分の身を守り、調査を続行するための武器や装備品に投資すべきです」

「まぁ、一理あるな。だがなアー坊、デフォルトだとリアルと変わらねぇ見た目なんだぜ? ちょっとはアレンジしとかねぇと身バレしちまうぞ」

「ご安心を。身バレして困るほど、友人はいないので」

「……悪かったよ」


 トラメデスは珍しく自分の発言を省みて、帽子のつばを摘んで目を伏せる。そんな彼を一瞥し、キッドは手のかかる兄を見ているような表情を浮かべていた。


 ――普段から気難しい顔をしてばかりいるキッドは、「DSO」事件より以前から、近寄り難い雰囲気を絶えず漂わせていた。それゆえ、「大企業の御曹司」や「誰もが振り向く美男子」でありながら、友人はおろか恋人すらろくに出来た試しがない。

 それに加え、「DSO」事件の影響でさらに周囲が自分を畏怖するようになり……もはや、修理屋の店長とベサニーくらいしか、プライベートの話相手すらいない状態なのだ。


 だが、当の本人はそこまで気にしていないらしく、澄ました表情のままトラメデスから視線を外す。

 ……その時だった。


「別に構いませんよ。それは俺が撒いている種ですか――」


「――キッドぉ〜っ!」


 彼の言葉に被さるように、女性の声が響き渡ってくる。その声の主が、このキャンプに現れた途端――周囲のプレイヤー達が、「彼女」に注目を集めた。

 男所帯のど真ん中に現れた、金髪のショートヘアを靡かせる絶世の美女。OD色のTシャツにチェストハーネスという軽装備である彼女は、その豊満な胸をありのままに揺らしている。


「ヒュー……なんだい、あの可愛こちゃん。いつの間に引っ掛けたんだよ、アー坊」

「……エリザベスか」


 その姿に、男性プレイヤーが大半を占めるこの場のギャラリーが、釘付けになっていた。トラメデスも、彼女のナイスバディを前に口笛を吹いている。

 キッドが「エリザベス」と呼ぶ彼女は、華やかな笑みを浮かべて彼の元へと駆け寄って来た。当然ながらキッドには妬みの視線が集中するのだが、悪感情を抱かれることに慣れている彼は、まるで意に介していない。


「キッドぉ、会いたかったぁ! もう、昨日は全然ログインして来ないんだから、寂しくて死んじゃいそうだったよ!」

「リアルが忙しくてな。……で、今日も色々と教えて貰えるのか?」

「もっちろん! 教官役ならあたしにお任せっ!」


 明朗な声を上げ、キッドの腕に抱きつくエリザベス。その豊満な胸が、鍛え抜かれた彼の右腕に押し当てられていた。


「ヘェ、先輩プレイヤーさんかい」

「彼女には、ゲームを始めたばかりの頃から何かと世話になっていましたからね。この世界でのことは大抵、彼女から教わっています」

「へへーん! どう、凄いでしょ!」

「はぁ〜、大したもんだよなぁ。女の子なのによ」


 ――VRゲームは原則、プレイヤーの精神への影響を鑑みて、異性のアバターは使えないようになっている。さらに「RAO」においては、スタイルも基本的にリアルの体型を模したものになる。


 つまり……彼女はリアルでもグラマラスなスタイルの持ち主である、ということだ。それを知るプレイヤー達は皆、リアルのエリザベスを夢想し喉を鳴らしていた。


「い〜いオンナだなぁ。さぞや、リアルでもいいカラダしてんだろうぜ」

「かぁっ、たまんねぇな! ――あの坊主、いい思いしやがってよ……クソが!」


 思い思いに劣情を催し、粘つく視線をエリザベスに向ける男達。そんな彼らの視線に、当の本人は気づいていないようだった。


「……さて。今日の君の講座は、別の場所で聞こうか。こちらは、俺の知り合いのトラメデスだ」

「よろしくな、ナイスなバディのねーちゃんよ」

「へぇ、キッドの知り合いなんだ〜。あたしはエリザベス。よろしくねっ!」


 そんな彼女を庇うように、キッドはエリザベスの手を引きながら、自然な足取りでこの場を後にしていく。彼に導かれるように、トラメデスやエリザベスも歩き出していた。


「……」


 ――そして。

 先頭を歩きつつも、後方を振り返ったキッドの目には。


「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 今朝に見た・・・・・ものと、寸分違わぬ大きさの臀部が留まっていた。彼は、そこにえもいわれぬ違和感を覚えていたのだが……彼女の「正体」を悟るには、至らなかった。


(オイ、いいのかアー坊。確かに美人だが、お前にゃあ大事なオンナがだな……)

(……わかってますよ。彼女は、ゲームのことをよく教えてくれる、親切な先輩。それだけですから)


 トラメデスの追及に、キッドは再び顔を赤らめる。

 ――だが、彼らは知らなかった。否、真には理解していなかったのだ。


 ここは仮想空間。現実に限りなく近しい明晰夢の世界であり、現実に出来ないことを体験できる場であることを。

 それゆえに、人が本来とは違う自分に、どこまでも「変身」出来るのだということを。


 ◇


 ――現実世界の銃火器にはついては、キッドもトラメデスも職業柄、ある程度心得ている。だが、ここはVRFPSの仮想空間。

 現実とは勝手が違う所があるのは当然であり、それゆえにゲームの基礎をレクチャーしてくれる先輩プレイヤーの存在は貴重なのだ。


「なるほど……10秒間しか使えない仮死薬なんてもの、戦場のど真ん中でどう使うのか理解に苦しんでいたのだが……」

「そ。仮死薬を使って仮死状態になってる間、そのプレイヤーには流れ弾も含めて、一切の攻撃が通らなくなるの。無敵時間を利用して相手の隙を探ったり、包囲網を抜ける算段をつけたり……色々出来るんだよ」

「しかし、仮死薬が使えるのは一度の戦闘で一度きり……か。使い所の見極めが重要ということだな」

「そうそう! さすがあたしのキッド〜!」


 プレイスコアに影響しない、練習場所となるエリアでの戦闘。その渦中で今、キッドはベテランプレイヤーであるエリザベスから講義を受けていた。

 廃屋に身を隠しながら、偶然手に入った新装備について説明を受けている彼。その側では、トラメデスが窓の縁に身を隠しながら応戦している。


「お二人さん。イチャつくのもいいけどさ、そろそろ手伝ってくれよ。なんでさっきから俺一人なんだァ?」

「あぁ、失礼しました。今行きますので」

「ごめんね〜トラメデスさん。キッドが素敵過ぎるせいで、いつまでも話したくなっちゃうの」

「……エリザベス、そろそろ腕を離してくれ。銃が構えられない」

「不公平だぜ……俺もエリザベスちゃんの胸、堪能したいんだがな」

「ふふ、ざんねーん。……エリザベスの全部はね、キッド専用なの」

「おぉおぉ、お熱いこって」


 人前、まして戦闘中であるにも拘らず、大胆に身をすり寄せキッドにアピールするエリザベス。

 その、男の情欲を掻き立てる仕草と吐息を前にして、トラメデスは溜息と共にロケットランチャーを撃ち放った。彼のからかいを前に、キッドはなんとも言えない表情を浮かべている。


 ――すると。


「……ぁあぁあッ!」


「――!?」


 他方から、突然悲鳴が上がった。

 隣の廃屋から、反撃に出ようと飛び出したプレイヤーが――肩を抑えてのたうち回っている。


「……まさか!?」


 それを目の当たりにして、エリザベスは今まで保っていた余裕の表情を一変させ、剣呑な面持ちで身を隠す。その俊敏な反応からは、ベテランプレイヤーとしての彼女の実力が窺えた。

 キッドとトラメデスも互いに見合わせると、頷き合い同時に窓の下へ潜り込む。


「……あんな反応……普通のプレイじゃ、ありえない。『DSO』と同じ、リアルな痛覚が発生するバグがあるっていう噂は聞いてたけど、まさか、ほんとに……!?」


 手にしたアサルトライフルを手に、エリザベスは険しい表情で敵方を見やる。――向こうは、まだ今の事態に気づいていないようだ。

 このままでは痛覚が発生している状態のまま、戦闘が続いてしまう。最悪、痛みに晒され続けたプレイヤーが発狂し、「DSO」の二の舞になりかねない。


「……っ!?」


 エリザベスはその可能性にたどり着き、戦闘を中断すべく指先を滑らせる。

 ――だが。立体メニューバーは、現れなかった。これではプレイヤーと交信するためのチャットも、ログアウトもできない。


 その様子を見ていたキッドとトラメデスは、神妙な面持ちで顔を見合わせる。


(被害者の供述通りだな……! リアリティ・ペインシステムが作動している時間帯は、ログアウトもチャットも出来ない。他者と交信することができないから、戦闘中断を呼びかけることもできない!)

(やがて痛みとショックで錯乱したプレイヤー達が、本物の殺し合いを引き起こしていく……そういうことか。先任、俺は撃たれたプレイヤーの救出に行きます。彼女を頼めますか)

(わかった。……しかし二股とは、お前もやるもんだな)

(……だから違うってさっきから言ってるでしょう!)


 そして暫しの間、小声で囁き合った後。キッドは、今も廃屋の外で苦しんでいるプレイヤーを救出すべく、窓の外を覗き戦況に目を向けた。


「……ッ!?」


 次の瞬間。彼は、言葉を失う。


 砂塵の彼方に見えた人影。

 2人の兵士の姿が、その眼に映されたのだが――それは、明らかに普通とは違っていたのだ。


 鉄兜と騎士の甲冑に身を固めた、2人の兵士達が……悠然と大地を踏みならし、戦場を闊歩しているのである。


 その光景を目の当たりしたキッドは、口元を震わせ声を絞り出した。彼の横顔を見上げたトラメデスは、その口から出た言葉に、目を見張る。


「……あれが。仮面の、装甲歩兵か……!」


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