砲皇勇者ヴァラクレイザー
第1話 クリスマスの怪事件
2036年12月。
ワシントンの大都会はクリスマスの季節を迎え、毎年恒例の賑わいを見せていた。何人ものサンタクロースが、プレゼント袋を手に往来を行き交い、至る所にクリスマスツリーが飾られている。
降り積もる雪。夜景を彩るイルミネーション。その景色の中を、1人の青年が歩んでいた。
「……」
煌びやかに光を放つ街は、夜の帳が降りても昼間のように賑やかだ。その只中を進む彼は、ショーケースの中で飾られたペンダントを見つめ、白い息を吐く。
「……はぁ」
漆黒のトレンチコートに身を包む、ブラウンの髪を持つ青年。その端正な顔立ちに、道行く女性達はすれ違い様に熱い視線を送るのだが――彼はそのいずれにも、目を合わせることなく歩み続けている。
ため息をつき、ジトッとした眼差しで青年が見つめる先には――ナンパに励む、ある男の姿があった。
「よぉ、姉ちゃん。イカしてるブーツだね、ボーナスで買ったのかい? イイねー、オンナに磨きが掛かってるってカンジだ」
「……」
艶やかなブロンドを靡かせる、逞しい肉体の青年。年齢はおおよそ、20代中盤。容姿の
――だが。くたびれたテンガロンハットやサングラス、ジーパンというセンスが、それら全てを台無しにしている。
青年の外見的アドバンテージを損なう、その服装は……彼が今声を掛けている女性だけでなく、周囲の通行人からも冷たい眼で見られていた。
しかし、青年はその視線に気付きながらも「男は見た目ではなく中身」と言わんばかりに、構うことなく付きまとっている。レディーススーツに身を包む若い女性は、そんな彼を鋭く睨みつけた。
「どうよ、いっちょ男の1人でも引っ掛けてみない? 俺が練習相手になってやるぜ?」
「……失せろクソダサ野郎、ケツの穴増やすぞ」
「オゥ、手厳しい」
それさえも受け流し、サングラスの青年は黒い革ジャケットを翻して女性に擦り寄っていく。
そんな彼に苛立ちを募らせた彼女は、害虫を追い払うかのようにバッグを振り上げた――のだが。
「だがな姉ちゃん、汚い言葉で男を遠ざけようったって、そうはいかねぇ。ほんとはわかってンだろぅ? 君を満たしてやれるのは俺だけってこ――あだだ!」
それよりも速く、青年の耳が勢いよく抓られ、彼のトークは強制終了させられた。悲鳴を上げながら振り返った彼の目線が、背後にいた人物の眼差しと重なる。
「……いつまで油を売っているのですか、先任。被害者への聴取はとっくに終わっているのですよ」
「わ、わかっ! わかってるよアー坊! 思ったよりも早く終わったんだ、ちょっとくらい休憩挟んだっていいだろうがよ!?」
サングラスの青年の耳を抓る、トレンチコート姿の人物。彼は呆れ返った表情で、さらに深くため息をついた。
「よくありません。我々はここに遊びに来ているのではないのですよ。……それと、その子供っぽい呼び方もやめてください。俺の名は、キッド・アーヴィングです」
「……アーヴィング……!?」
すると。その名を耳にして、近くにいた女性が反応を示した。
彼女は信じられないような表情を浮かべ、キッドと名乗る青年の顔を見遣る。――そして、その表情は徐々に。悍ましいものを見るような色に変わっていった。
「……私の連れが失礼しました。お怪我はありませんか?」
「え、えぇ、大丈夫。……私、これで失礼するわね、じゃあ」
自分に向けられる視線。その意味を知りつつも、キッドはあくまで紳士的に対応する。一方、女性の方は関わり合いになりたくないとばかりに、そそくさとこの場を立ち去ってしまった。
「……だぁから、黙ってた方がいいっつってんのによ」
「それでアー坊、ですか? ……そんな気遣いなら無用ですよ、先任」
そんな彼女の後ろ姿を見送り。「先任」と呼ばれるサングラスの男は、隣に立つキッドを一瞥する。無表情のまま、踵を返す部下を見つめるその眼差しは、手のかかる弟を見ているかの様だった。
――彼らは、FBIサイバー対策部に属する捜査官。近頃、あるVRゲームで発生している奇妙な事件を追い、この場に訪れていた……。
◇
――アーヴィングコーポレーション。
アメリカで初めて、フルダイブ技術をゲームに本格投入した一大メーカーであり、あらゆるVRゲームに携わる企業として知られている。
だが、1年前。「圧倒的なリアリティ」を謳い、を満を持して発売した「Darkness spirits Online」――こと「DSO」で発生した事件の数々は、その名声に多大な傷を付けた。
公式に謝罪会見を行った上、被害者への支援を表明したことで一応の決着はついたのだが……その名に拒否反応を示す人間は、今も決して少なくはない。
「……いつだって人はわからねぇもんさ、他人の苦しみなんてな」
「別に……分かってもらうつもりなど、ありませんよ。……分からせる、それだけのことです。悪夢ならとうに皆、醒めているのだと」
その御曹司であるキッド・アーヴィングは現在、FBIに籍を置く捜査官の一人として活動していた。
――VRに纏わる犯罪を自らの手で取り締まり、アーヴィング家が呼び込んだ「罪」の禊とするために。
FBI本部のオフィスにて、キーボードを叩き書類を作成しているキッド。そこからやや離れた位置にあるソファに踏ん反り返り、「先任」は新聞を読み耽っていた。
「……『RAO』の総プレイヤー数、2割減少。『DSO』の爪痕、未だ消えず――か」
――「先任」、こと日系三世のトラメデス・N・
それは一見、あるVRゲームのプレイヤー数が激減した……という程度の、小さなニュースでしかなかったが。
トラメデスも、コンピュータと向き合いながら話を聞いていたキッドも、神妙な面持ちを浮かべている。
――「Raging Army Online」、通称「RAO」。
中東の紛争地帯をモチーフとした戦場を舞台とする、アーヴィングコーポレーションが開発したVRFPSである。
実在する銃の質感や銃声のみならず、硝煙の匂いや砂塵の感触に至るまで、
その「RAO」でも当然、オンライン対戦が導入されており――リアリティに溢れた仮想空間の戦場に、多くのプレイヤーが沸き立っていたのだが。
数週間前から――奇妙な事件が起きるようになったのである。
それは、「DSO」で問題となり発禁の原因にもなった「リアリティ・ペインシステム」が、オンライン対戦中に一定時間だけ作動している――というものだった。
確かに「RAO」は「DSO」のゲームエンジンを基盤にしており、「DSO」の没データが入っていることもある。リアリティ・ペインシステムが隠されていても、不思議ではない。
だが当然ながら、そうした没データは通常のプレイではまず見つからない。それに本来、「RAO」にリアリティ・ペインシステムは実装されていないはずだった。
リアリティを追求しつつも、痛みだけはない。それが、プレイヤー達が安心して「RAO」というゲームに没頭できる理由だった。
その前提が崩れるような事件が起これば、「DSO」の二の舞を恐れたプレイヤーが離れていくのは自明の理である。他にも、VRゲームならあるのだから。未だに事件を信じていないプレイヤーも多いようであるが、時間の問題だろう。
先程トラメデスとキッドは、事件に遭遇し
あるはずのない痛みと死の恐怖に震えていた彼からは、断片的な情報しか得られずにいたが……それでも、2人にとっては大きな前進だった。
「システムが作動している時間帯に法則性はなく、完全にランダム。中には、PTSDを発症したプレイヤーもいるらしい。そして……」
「……仮面の装甲歩兵、ですか」
手に入った情報の中で2人が最も注目していたのは、システムが作動している時間帯にのみ目撃された謎の兵士の存在だった。
――鉄仮面に顔を隠した装甲歩兵。
それに該当する装備品や武装は現状、「RAO」には実装されていない。体が隠れるほどの重武装ならあり得るが、それでも全く肌が見えない装備ではないのだ。事情聴取した元プレイヤーも、「あんな中世の鎧騎士みたいな兵装は見たことがない」と証言している。
彼が見たことがないだけ、とも取れる話だが――「RAO」の運営スタッフも、そのような「世界観にそぐわない装備」は実装していないと発言していた。
あるはずのないシステム。あるはずのない装備。その二つが同時に発生している以上、無関係であるとは考えにくい。トラメデスとキッドは、この「仮面の装甲歩兵」にヒントがあると見ていた。
「……考えられるのは、何者かが没データを引き出して『RAO』にあのシステムを実装させている……ってとこだな。『仮面の装甲歩兵』ってのも多分、元々ソフトに入ってた没データの一部だろう。今のアーヴィングコーポレーションは方々から目を付けられてるから、検査もなしに変なアップデートはできねぇ」
「少なくとも……『RAO』のゲームエンジンが『DSO』の流用であることと、リアリティ・ペインシステムが没データとしてソフト内に残っていることを知らなければ、できない芸当ですね」
「と、すると……アーヴィングコーポレーションの関係者の仕業……ってのが、妥当な線だな」
トラメデスは新聞を放り投げると、両手を頭の後ろに組み、天井を仰いだ。そんな彼の横顔を一瞥し、キッドは目を細める。
「……あのシステムを開発したという元社員が、1年前から行方を眩ましているそうですが」
「アレックスが追いかけてる奴だな。確か名前は――アドルフ・ギルフォード」
その名前を耳にして、キッドはディスプレイに視線を移す。画面には、年老いた一人の男の顔写真が映されていた。
――トラメデスが「アレックス」という愛称で呼ぶ、FBI捜査官の1人「アレクサンダー・パーネル」。その人物が1年以上に渡り追い続けているのが、写真の男「アドルフ・ギルフォード」だ。
「パーネル捜査官は
「なにせ、可愛い妹の仇だからな。お前が気に病むのも分かるが……あいつは、お前を恨んじゃいねぇさ。アレックスは確かに脳髄までガチガチな堅物だが、裁きを受けた相手を執拗に責めやしない」
トラメデスはディスプレイを一瞥した後、視線を外して煙草に火を付ける。天井に昇る煙を見上げる蒼い瞳は、何処と無く優しげであった。
「そういえば、パーネル捜査官はあなたの同期でしたね」
「捜査官としてはな。デルタフォースに居た頃は、あいつが上官だった」
「なぜFBIに?」
「あいつが嫌うタイプの上官がいてな。2人揃って楯突いて、この始末さ」
「……」
トラメデスは苦笑を浮かべ、窓の外に広がったワシントンの夜景を見遣る。過去を思い返すように、彼の眼は遠くを見つめていた。
不正や不義を嫌い、道理に背く者は上司であろうと許さない苛烈な正義漢。それがキッドがよく知る、アレクサンダー・パーネルという男だった。
ゆえに、そんな彼が上官に反発したとなれば、何があったかはある程度想像がつく。
「ま、あいつも俺も中身はガキだったってこったな。汚ねぇ相手にも媚びへつらって生きるのが、お利口なオトナなんだからよ」
「俺は……そうはなれません。そんなに、器用じゃ……ない」
「かもな。でも、俺達と違ってお前は、自分を殺してでも何かを為そうって気概がある。そういう辛抱強い奴なら、やっていけるさ」
「……」
トラメデスは明るく笑い飛ばしてみせるが、一方のキッドは苦虫を噛み潰したような表情のままだった。
――「仮想空間」というものが誰にとっても身近なものになったこの時代に、それをゲームとして売り出し利益を得る以上、プレイヤー達の安全と安心は何としても守らねばならない。
その信念の下、キッドはサイバー犯罪に対処する術を学ぶべくFBIの門を叩いた。いずれ会社を継ぐ上での、心構えを身につけるために。
――しかし、その先には「DSO事件」という、想像を絶する試練が待ち受けていた。
自分達の会社が開発したゲームのために、安全はおろか人命すら失われ、取り返しのつかない傷を生んでしまったのだ。
謝罪会見や然るべき支援を通じて、法的には決着が付いている事件であり、終わったこととして見做す者も多いが――今でもその重責は、御曹司であるキッドに深くのしかかっている。
償わねばならない。これ以上、何人たりとも傷付けさせるわけにはいかない。その焦りがいつしか、トラメデスが云うように「自分を殺す」方向に向かっていたのだろう。
それは、本当の強さとは違う。ただひたすらに自分を罰することで、潜在的に赦しを乞い続けているに過ぎない。トラメデスも、それはわかっていた。
だからこそ、もがき苦しむかのような生き方しか出来ない彼の胸中を慮り。その重荷を和らげるため、敢えて彼の在り方を肯定したのである。
だが、その優しさに気づかないキッドではなく。こうして心配を掛けることしか出来ないもどかしさは、彼の良心をさらに苛んでいた。
「……よぉし。明日は解析班に『RAO』の内部データを根こそぎ調べてもらおうぜ。例の装甲歩兵やリアリティ・ペインシステムのこともわかるだろう」
「えぇ……そうですね」
「俺らは引き続き、一般プレイヤーとして潜入捜査だ。……ハマり過ぎて、仕事忘れんなよ〜?」
「その辺りは先任の方がよほど怪しいのですが」
「オッフゥ信用ゼロ? おいおい困るねぇ、こう見えても仕事とプライベートはきっちり分けるタイプなんだぜ?」
それを汲んだ上で、トラメデスは話題を変えるように明日の行動内容を告げる。
――事件の捜査を始めて数日。すでに彼らは、一プレイヤーとして「RAO」に参加するようになっていた。事件を追うための、潜入捜査として。
今回の件は、プレイヤーに現実に近しい「痛み」が発生する……というものであるため、「苦痛に耐え得る精神力」に信頼の置けるトラメデス達が潜入班に選ばれたのだ。
「……だといいんですけどね」
「なんだよひっでぇなー。ま、お前もプライベートが大変なんだから、当たりたくなる気持ちはわかるぜ。もうあの嬢ちゃんにプレゼントは渡したのかい?」
「やめてくださいよ、もう。……だいたい、彼女とはまだそういう関係ではないんです」
「へぇー……まだ、ね……ほぉーん?」
「……何が言いたいんですか」
トラメデスの容赦なき追及に、キッドは顔を赤らめながら反発する。そこを皮切りに、この一室を包んでいた剣呑な空気は、徐々に和らぎ始めていた……。
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