第8話 奇妙な変化


 翌朝、炫達は野宿していた森を抜けて、目的地としていた小さな町「ルバンター」に到達した。


 森や山に囲まれ、のどかで、それでいてレンガ造りの建物が幾つも立ち並んだ、活気に溢れた町。大勢の町民達が、ところ構わず和気藹々と賑わっている。


 町民達の話に耳を傾けてみると――つい最近に、ここでイリアルダ家主催の武術大会があったらしい。

 元々はイリアルダ家の領地だった場所らしく、町民達は現当主に仕えているネクサリーとテイガートを温かく出迎えていた。


 没落してなお、その家にいる者達を厚遇している現状は、今の当主様の人徳の賜物なのだろう。このベムーラ島にいる、ほぼ唯一の貴族家系である彼らの。


 ――ただ、よそ者の炫にはどことなく冷淡な態度であった。格好から、ならず者が集まるスフィメラの町から来た者だと看破されたのだろう。


 騎士二人が町民から持て囃されてる中、炫は少し遠く離れた場所を歩いていた。一緒に歩いていたら、ますます風当たりが強くなるからだ。


 すると、たまたま近くにいた四十代の主婦らしき女性達が険しい面持ちで声をかけてきた。見るからに、穏やかではない。


「あんた、貧民街から来たんだって? お二方の足を引っ張っちゃいないだろうね?」

「金に目が眩んだんだろうねえ。でなきゃ自分達が嫌う騎士団の依頼に応じるもんかね」


 この島の隅にあるスフィメラの町で、賞金稼ぎや用心棒をやっている連中の多くは、入団試験に落ちて騎士団に入れなかったような者達ばかりだ。


 戦う力が有り余っていても、知性や品位に欠けるような者では、騎士団には入れない。

 そこ以外には騎士団以上に教養を厳しく要求される「憲兵隊」くらいしかないのだから、戦闘しか取り柄のない者は、こういう仕事でしか生計が立てられないのだ。


 ゆえに、そういう連中が溜まるスフィメラの町には騎士団を妬む人間が多い。

 しかし騎士団はいわばこの島の「ヒーロー」。……世間的に見れば、スフィメラ側が疎まれるのは必至だろう。


「全く、騎士団が国を守るために命張ってるってのに、あんた達ときたら! ちょっとはテイガート様やネクサリー様を見習ったらどうだい」

「ホントよねぇ。若いうちから、そんな物騒な格好であちこち歩き回って……恥ずかしくないのかねぇ」

「は、はぁ……」


 こういう目で見られるのは慣れたつもりでいたが、いかにも大阪辺りにいそうな外見の彼女達に詰め寄られると、ついたじろいでしまう。「DSO」では、ファンタジーらしくゲルマン系に寄った女性達だったのだが。


(……やっぱりそうだ。この世界でNPCを演じさせられてるのは、五野高の生徒だけじゃない。恐らくは、あの新幹線に乗り合わせていた一般客も……)


 一方。炫が周りから白い目で見られている間に、テイガートとネクサリーは目撃情報を纏めて犯人の賊を特定し始めていた。


「……ん?」


 ――すると。炫の目に、あるものが留まった。


 町の中央にある噴水広場。その中心点に飾られた、2人の若者を祀る銅像。それは古の伝説に伝わる、2本の「宝剣」を持った勇者達のものである。

 ――遥か昔、魔獣に苦しめられていた人々の前に現れた2人の男。彼らは2本ある剣のうちの1本に魔獣を封印し……残る1本を、魔獣復活に備えて残した。それが、イリアルダの勇者達の伝説なのである。


「……!」


 ――しかし。いつしか伝説の像は、炫の知らない変化を見せていた。


「……これは……!?」


 「2人の若者」であるはずだった銅像は、今。気づけば、「2人の鎧騎士」になっていたのである。

 足先から頭まで、全身の至る所を珍妙な鎧で・・・・・完全に塞いだ甲冑姿。その変化の意味を見いだせず、炫は暫し呆然と、顔すら・・・隠してしまった古の勇者達を見上げるのだった。


(……なん、だ……? この変わり様は。一体、「宝剣」の伝説にどういう変化が起きたんだ?)


 ◇


 ――その後。

 炫はネクサリーが取っていた宿屋まで呼び出され、テイガートのいる個室まで招待される。

 そして、そこに着くまでの廊下を渡る中で、彼女が進展のほどを説明してくれた。


「テイガート様が例の賊を特定されたようです。今日中に追撃に向けて行動を開始するとのことで」

「もう出発するのか? 忙しいな」

「ユリアヌ様の命が懸かっていますからね。善は急げ、ですよ!」


 彼女の先導に従って個室に入ると、憮然とした表情のテイガートがベッドの上に腰掛けていた。

 部屋の中にいるというのに、ガッチリと鎧を着込んでいる。ネクサリーですら、今は地味な布の私服を着ているというのに。


「遅い! いつまで町をほっつき歩いているのだ! やる気があるのか、貴様!」

「き、来てそうそうにあんまりじゃないか? こっちは町中からひどい嫌われようで胃に穴が開きそうだったんだけど」

「す、すみませんヒカルさん……代わりにお詫びを!」

「いや、別に君のせいじゃないし……」


 ペコペコと頭を下げるネクサリーをなだめつつ、炫はテイガートの手にある地図に目を向ける。


(……絶対、真殿君の人格が入ってるよなぁコレ……)


 ――そんなことを、ふと思いながら。


 ◇


 見たところ、地図はルバンターの町近辺の縮図らしい。その中心点に赤い印があった。


「随分と限定的なんだな?」

「話題を逸らす気か……まあいい。ユリアヌ様がさらわれてからまだほんの数日しか経っていないからな。この島の外までは行けまい」


 テイガートは遅れた件についてはぐらかされたことに腹を立てながらも、淡々と状況を説明する。


「恐らく実行犯は近隣の山岳地帯を根城にしていると言われている山賊『ガイアン・バイルブランダー』。既に町民の殆どからその男の目撃情報を得ている」

「ガイアン、か。今日からその山の中に行こうって話になるのか」

「そうだ。最後にユリアヌ様が目撃された場所からも近い。そこに行けば間違いないだろう」


 作戦は至って単純。山賊の根城に攻め込み、ユリアヌ嬢を救出。それだけの正攻法で挑む事になる。

 増援を望むこともできず、そもそもそれを待っていられる猶予もない。地の利でも人数でも圧倒的に不利ではあるが――仕掛けるなら、今しかないのだ。


「今から出発すれば、日が落ちる頃には奴のアジトに着く。夜襲を掛けて、一気にカタをつけるぞ」

「は……はい! 了解しました!」


 少なからず不安を帯びた表情を浮かばせつつも、威勢のいい声でネクサリーは出動を決意する。


 奇襲という手段は、本来騎士たるものが頼るべきではない。だが、今は何もかもが不足していている状況だ。

 なんとしても勝たねばならない以上、どんな手でも使うしかない。結果は、手段を正当化するのだから。


 そして。


「うむ。そしてヒカルとやら!」

「あ、あぁ」

「足は引っ張るなよ」

「……あぁ」


 ――町民のみんなといい、真殿君といい、踏んだり蹴ったりだ。炫はそう思い、この世界の、絶妙にアレンジされた理不尽さにため息をつくのだった。


 ◇


 そして、その日の夕暮れ。

 ルバンターの町のはずれにある山岳地帯を登る炫達は、それらしい洞窟の穴を見つけた。

 その両端には、まだ少し明るいためか火は付けられていないものの、燭台の存在が窺える。


 テイガートの指示で炫達は日が暮れるまで、近くに隠れて様子をみることになった。

 燭台に火を付けるには明るく、付けないにしては暗い。

 そんな微妙な暗さの空を見上げ、炫達のリーダーは何か考え始めたように顎に手をあてて唸り出す。


「この時間帯が攻め時だな……しかし、向こうの戦力はいかほどなものか……」

「今攻めるのか? 夜襲と言うからには、真っ暗になってから攻め込むものと思ってたんだが」


 ロールプレイに徹するべく、敢えて先の展開を知らないフリをしている炫の感想に、テイガートは一瞬で呆れた表情になる。


「そんな時間帯にこそ、奴らが最も警戒するのだ。燭台に火が付いて警備万全になってから仕掛けるつもりだったのか?」

「……!」


 確かに、昼間は昼間、夜は夜で警備を交代させているケースは多い。その合間を縫って攻撃を仕掛ければ、少なからず混乱が起きる。


 ――「DSO」では、完全に夜になり、門番が燭台に火を付けようと外に出てきた瞬間に仕掛けていた。やはり、本来のゲームとはイベント開始のタイミングが違う。


 だが……本来なら、テイガートは燭台に火を付けられ警戒態勢に入られることに焦り・・、仕掛けると言う展開だった。


(凄いな……真殿君は、やっぱり)


 性格はキツさを増しているようだが……同時に、頭の回転も本来のテイガートより高まっているように感じられる。恐らくは、大雅の影響なのだろう。

 炫は改めて、彼に敬意を表する言葉を口にしようとする。


「ようやく理解したらしいな。わかったら、今後下らん質問をするな。頭が痛くなる」

「……」


 ……が、口を開くと同時に飛び出た辛辣な物言いに、引っ込んでしまうのだった。


(……やっぱ真殿君、キツいや……)

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