第9話 破天荒な姫君


 絶妙な時間帯を狙って攻撃を仕掛ける、今回の夜襲。その切り込み隊長を務めるのは……どういうわけか炫だった。


「って、なんで……?」

「貴様が使い物になるかどうかをテストするためだ。それに、奴らの戦力を測る強行偵察にもなる」


 要するに、当て馬。予想だにしない展開に、炫は目をしばたたかせる。


「そ、そんなっ! テイガート様、あんまりです!」


 炫の処遇に、ネクサリーが異論を唱えた。しかし、テイガートの考えが揺らぐ様子はない。


「ネクサリー。お前とこの男の間にどういう関係があるのかは知らんが、お前はこいつを甘やかし過ぎだ。元々戦力の補充するためだけに雇ったに過ぎない。それを活かすための作戦に、何か不満でもあるのか?」

「それはっ……」


 言葉に詰まる彼女を一瞥し、炫は思い直す。彼の言い分は(いつにも増して)キツい内容であることには違いない。

 しかしそれと同時に、正論でもあった。


 炫自身、彼らに協力することを目的として同行して来ている。これくらい出来ないで、この世界をクリアすることなど不可能なのだろう。

 ――そう思い立ち、炫は腰の鞘を握りながら進み出る。もとより、後戻りなどできないのだから。


「ネクサリー、もういい」

「ヒカルさん、でもっ……!」

「絶対に成功させて見せる。……オレは大丈夫だから、君もちゃんと続いてくれよ?」


 炫は彼女に身を寄せ、宥めるように囁く。途端に、ネクサリーは頬を朱に染めて、つぶらな瞳を見開いた。


「え! あ、う……」


 薄く、それでいてみずみずしさのある唇に指先を当て、視線を泳がせている。そんな彼女の反応を微笑ましげに見送り――炫は一人、剣を手に死地へ向かう。

 テイガートの睨みを、背に受けて。


(……そうさ。必ずクリアすると決めて、ここまで足を運んで来たんだ。ちょっと予想と違ったくらいで、いつまでもたじろいでいてどうする!)


 ◇


 鞘を手に、単身で洞窟の前に立った炫は、深呼吸すると共に抜刀の構えに入る。

 今までもこうして盗賊や山賊と一戦交えることは何度もあった。なにより、炫にはこの「DSO」そのもののクリア経験もある。


 それでも深呼吸しなくては落ち着かないほどに緊張しているのは、以前までとは勝手が全く違うことにあるのだろう。

 スフィメラの町で依頼をこなしていた頃は、防御力の高いノアラグンが先頭に立ち、炫がサポートしつつダイナグが敵を掃討していく、という流れで戦闘を進めていた。


 それは、炫達三人がそれなりの信頼関係を築いているから「作戦」として機能しているものであり、今回ではその点に不安が残っているのである。


 テイガートもネクサリーも、イリアルダ家に仕える騎士である上、今更戦力を疑うつもりはない。

 ただ、こちらが向こうを助けても向こうがこちらを助けてくれる、とは信じきれない。


 ネクサリーはともかく、テイガートに仲間意識はあるのだろうか。「DSO」なら文句を言いながらも加勢に来てくれるのだが、もはや彼は自分が知るテイガートではない。

 利用するだけ利用して、窮地に陥った瞬間に見捨てる可能性もある。NPCに背中を預けると言う行為が、この世界において吉と出るか、凶と出るか。

 ――それは、未知の境地であった。


(でも、今はッ……!)


 しかし、凶と出たとしても。炫の背に、引き返せる道はない。たとえこの先が罠だとしても、生き延びるためには罠すらも踏み越えるしかないのだ。

 自分が生きねば、誰一人救えないのだから。


「――おぉおッ!」


 炫は開戦の合図とばかりに燭台を叩き壊し、洞窟の中に駆け込んでいく。迷いはない。全て、叩き伏せるのみ。


「な、なんだこのガキ!」

「イリアルダの回し者かァ! 野郎共、ぶち殺せェッ!」


 見知った顔の山賊達が、槍や斧を持ち出して迎撃してくる。皆、炫や信太達を睨んでいたクラスの男子達だ。


(山賊役までやらされているのか! ――みんな、ごめん!)


 その攻撃の数々を受け流し、次から次へと腹に重い一発をお見舞いしていく。本来なら無惨に斬り裂かれているはずの彼らは、腹を抑えて続々と気絶していった。


 ――山賊達の人相を目の当たりにした瞬間。炫は咄嗟に剣を鞘にしまい、「不殺ノーキル」で戦う方向に切り替えたのだ。

 例えNPCの敵という役割であろうと、リアリティ・ペインシステムでクラスメートを苦しめるわけにはいかない。


「はあっ!」


 鞘の先端が、勢いよく振るわれたことで発生する遠心力が、強力な衝撃を生み――山賊のどてっ腹に突き刺さる。


「ぅぐはあッ!」


 炫の一撃に昏倒し、山賊――に扮するクラスメート達は次々と気絶していく。

 単純な力押しだけでは数の暴力に押されるが、身をかわして攻撃をいなせば、隙は必ず生まれるもの。そこさえ突けば、攻略は容易い。


 しかし、テイガートがそうだったように、山賊側も思考能力を高めていたらしい。

 炫の目的が「ユリアヌの救出」と察したのか、これ以上先には進ませまいと体格を活かして、陣地防衛に徹し始めた。


 決して広くはない洞窟の道を、あっという間に山賊達は塞いでしまう。この状況で斧やら槍やら突き付けられたら、迂闊に先に進めなくなる。


(……まずい! クラスメートの皆だろうと、今のテイガート達にとって彼らは全員「山賊」! テイガート達がここに来る前に、なんとか始末をつけないと……!)

「実力は確かなようだな! ご苦労だった!」

「……しまっ……!?」


 ――そこで山賊達の人間防壁に行き詰まっていた時、炫の頭上を飛び越えて、二人の騎士が現れた。


「あとは、お任せください!」

「ま、待てテイガート! ネクサリーッ!」


 腰から引き抜かれた細身の優雅な剣――を包む鞘が、風に流されるように山賊達を打ち抜いていく。


(……!? まさか!)


 ――テイガートもネクサリーも、基本的に不殺はしない。敵とあらば抜き身で斬り伏せるのが、彼らのやり方だ。

 しかし、彼らは剣を抜かず炫と同じ鞘のまま、山賊達を打撃で気絶させていた。本来の「DSO」なら、まずあり得ない光景だ。


(真殿君……! 蟻田さん……!)


 ……やはり、大雅や利佐子の精神はここにも影響を及ぼしている。クラスメート達を救おうと言う気持ちは、彼らの中にも無意識下に息づいているのだ。


「き、騎士団の連中かッ! こんなところにまで……!」

「我らはイリアルダ家に仕える騎士。貴様らに然るべき制裁を下すべく参上した!」

「ほ、ほざけ!」


 山賊の一人が、いきなり攻め入ってきた騎士をひねりつぶそうと、人間二人分の面積はあろうかというほどの巨大な鎚を振り下ろしてくる。


 あれを避けようとしたら、攻撃の面積が広いから足捌きではかわしきれない。

 だから左右もしくは後ろへ跳ぶしかないのだが、それでは他の山賊達に狙い撃ちにされる。

 それに、騎士団の剣であれほどの巨大なハンマーを、受け止められるはずがない。


「テイガート様ッ!」


 ネクサリーも動揺し、声を上げる。


 しかし、当のテイガートは全く動じていなかった。それどころか、してやったりの顔で笑ってすらいる。


「この私を――テイガート・デュネイオンを見くびったことが、貴様の唯一にして最大の敗因だ」


 ニヤリと口角を上げたかと思うと、次の瞬間にはハンマーを振り下ろした山賊の懐に飛び込んでいた。


「な、なにい!?」

「左右の回避は不可、後退も不可、防御も不可。……ならば前に進むだけだ」


 山賊は驚愕のあまり声を上げる。

 しかし、それ以上彼が何かを喋ることはなかった。


 間髪入れずに放たれたテイガートの一閃が、山賊の胸を打ち抜いていたからだ。


 崩れ落ちるように倒れる山賊。

 それに対し、テイガートの方は無傷であるばかりか呼吸一つ乱れていない。


 ――炫が思っていた以上に。この世界のテイガートは、オリジナルを上回っているようだ。本来なら、あの巨漢は主人公が倒さねばならない相手なのだから。


 たった今テイガートに討たれた山賊は連中にとってもかなりの強者だったらしい。

 彼が倒れた途端、向こうの雰囲気から気後れに近いものを感じた。


「これ以上続けるつもりなら、死者を出すことも厭わんぞ! 我々と同行してきたこの男に倒された者達も、私が倒したこの山賊も、命に別状はない。しかし、この先もそうとは限らないと覚えておけ!」


 テイガートもこの空気を察していたらしい。この機に乗じて先に進むつもりなのか、高圧的な態度で残りの連中を一喝した。


 結局、他の山賊達は気圧されるあまり敵わないと感じたのか、悲鳴を上げながら洞窟の外へと飛び出して行った。


 これで予想される次の展開は、主犯格のガイアン・バイルブランダーとの対決。いよいよ、「ボス戦」が始まる。


(……さぁ、次はどう変わる・・・……?)


 ◇


 さらに洞窟の奥に進み続けると、怪しく辺りを照らす二つの燭台にたどり着いた。

 入り口にあったものと同じだ。


「この奥に、奴がいる――というわけだな」

「ユ、ユ、ユリアヌ様のためにも、私、頑張ります!」

「……ユリアヌ嬢を捕まえるほどの手練れ。そうだとしても、奴は極力生け捕りにしたい。オレはそのつもりで戦わせてもらう」

「……フン。不愉快ながら、貴様と同意見だ。奴には、生きて罪を償わせる必要があるからな」


 炫の主張に、珍しくテイガートが同調する。やはり大雅の人格の影響もあり、一人も死なせまいとする心理が働いているようだ。

 今回の事件の主犯格であるガイアン・バイルブランダーの捕縛。そして、ユリアヌ・リデル・イリアルダの救出。いずれも容易い任務ではないが、なんとしてもやり遂げねばならない。

 まだ見ぬクラスメート達を、この世界から救うためにも。


(――よし、行くぞ!)


 炫は鞘を握って薄暗い洞窟の中を突き進み、その後ろをテイガートとネクサリーが続いていく。


 ……やがて眼前にうっすらと、二つの人影が見えてきた。彼らは激しくぶつかり合い、この洞窟の中で火花を散らしている。


「このユリアヌ様を娶ろうなんて、百万年速いわよ!」

「ええぃ、すばしっこい! グダグダ抜かしてねぇで、俺様のオンナになりやがれっ!」


 間違いなく、ユリアヌ・リデル・イリアルダと、ガイアン・バイルブランダーの二人だ。

 囚われたと見せかけ、持ち前の怪力で拘束を破り反撃に出ている最中――という、「DSO」の筋書き通りの展開だった。ユリアヌは拳を、ガイアンは斧を武器に熾烈な戦いを繰り広げている。

 彼女はミニスカートから覗く白い足を露わに、白い下着が見えることも厭わず大胆な蹴り技を連発していた。


 その渦中へ、炫達三人はようやく到着した。ようやく主人との再会を果たし、テイガートとネクサリーは破顔する。


「ユリアヌ様! ご無事で!」

「ユリアヌ様ぁあ……! よかったですぅ……!」

「テイガート、ネクサリー! 来てくれたのね! ――って、あれ? あなたは……?」

「あ、こちらは救援に駆け付けてくださったヒカルさんという人で……!」

「……そう、助かるわ! もう知ってると思うけど、アタシはユリアヌ。救援に感謝するわ、ヒカル君っ!」

「……あ、あぁ」


 そんな彼らに溌溂とした笑顔を向けながら。ユリアヌという少女は黒髪のボブカット・・・・・・・・を揺らして、炫にウィンクする。

 ――だが、炫はそんな彼女に対して、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


 運動が苦手だったはずの、品行方正な伊犂江優璃は。

 格闘術に秀でた、男勝りのユリアヌ・リデル・イリアルダに扮していたのだ。


 ――テイガートやネクサリーは、大雅や利佐子と大差ない人柄であったため、大して気にならなかったのだが。

 ユリアヌこと優璃に関しては、強烈なミスマッチが炸裂している。


(う、うわぁ……よりによって、伊犂江さんがユリアヌなのか……)


 動きやすさを重視したノースリーブの黄色い服と同色のミニスカートは、白くみずみずしい肌や脚の麗しさを引き出している。

 そこからは、ネクサリーの少し日に焼けた健康的な美肌とは似て非なる魅力が放たれていた。


 加えて、一流の彫刻家を動員しても再現が不可能と言えるほどに均整のとれた肢体に違わず、その麗顔はまばゆいほどの美しさを持ち合わせている。

 整い尽くされた目鼻立ちと端麗な口元は、彼女が高貴な身分の人間であることの、何よりの証明となるだろう。


(……確かに、伊犂江さんも可愛いしお嬢様だけどさ。無理があるでしょ、ユリアヌのコスチュームは……)


 ――だが。ユリアヌは本来、かなりスレンダーな体型のキャラクターだった。その服を、そのまま豊満な肢体の優璃が着ているのである。

 当然、服はかなり張り詰めており、巨峰に衣服を押し上げられているせいで、腹回りが露出している。元々露出度が高めであるユリアヌの衣裳が、優璃の身体に影響されて、より際どくなってしまっていた。

 ――チアガールより、露出が激しいんじゃないか。それが、炫の素直な感想であった。


(……しかも……)

「あぁん、仲間かぁ? へっ、何人来ようが、このガイアン・バイルブランダー様に敵いやしねぇよ! ユリアヌをモノにするため、十年鍛えた俺様のチカラを味わいやがれ!」


 炫は困り果てた様子で、視線を横に滑らせる。金髪を振り乱し、恫喝の叫びを上げるガイアン・バイルブランダーは――あの鷹山宗生が演じていた。


 ガイアンの台詞。宗生の表情。完全に一致。

 申し訳ないという感情が先に来るほど、ガイアンというキャラクターと宗生の人格は、完璧にマッチしてしまっていた。ユリアヌ=優璃を手に入れたいという願望のリンクが、それに拍車をかけているのだろうか。


(鷹山君……痛かったら、ごめん。早くクリアして、元の世界に返すから、さ……)


 炫は申し訳なさそうに目を伏せながら、ユリアヌ達と共に鞘を構える。今にも零れ落ちそうな優璃の胸から、懸命に目を逸らして。


 ――そう、全てはこの世界から脱出するため。


(……だから……ごめんッ!)


 炫は、クリア後のことに頭を悩ませながら。宗生をブン殴るべく、己の鞘を振るい。


 この洞窟に、悪党の悲鳴を轟かせるのだった。

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