第13話 闇の魂

 ――ついに幕を開けた、「甲冑勇者」同士の戦い。

 先にその火蓋を切ったのは、グランタロトの鎧を纏う炫だった。


「おぉおぉおッ!」

「……ッ!」


 グランヘンダーを振るい、上段構えから一気に振り下ろす。

 ベリアンタイトもベリアンセイバーの刀身でそれを受け止めるが――もはや、「スーパーアーマー」の恩恵は通じなかった。


「があっ……!」

「とあぁあッ!」


 力任せにガードを崩し、よろめいた紫紺の鎧騎士に、渾身の鉄拳を見舞う。この一撃を浴びたベリアンタイトは、初めて「仰け反り」、劣勢の兆しを見せた。

 無論、ここで手心は加えない。そのまま炫は、持てる「DSO」時代のプレイヤースキルを総動員し、一気に攻め立てる。

 嵐の如く舞い飛ぶ斬撃に、今度はベリアンタイトが防戦一方となった。


 かつて、ただ一度開かれた「DSO」の大会で覇権を取った彼にとって――今のベリアンタイトは手強くはあれど、決して勝てない相手ではない。

 それに、同じ土俵に立った今ならば。これまでの太刀合わせで掴んだベリアンタイトの攻撃を読み、反撃に転じることが出来る。


(今までの借り……返させてもらうッ!)


 圧倒的に不利な条件で戦ってきた経験を活かせば――もう、遅れをとることはない。

 それを証明するかのごとく、炫はベリアンセイバーの一閃を鮮やかにいなし、剣の柄で顔面に打撃を加える。


「ぐッ!」

「とぉあッ!」


 鉄仮面の上では、大したダメージは与えられないだろう。だが、それは所詮牽制でしかない。

 炫は最速の打撃でベリアンタイトの虚を突いた瞬間、手首を返して首筋を撫でるように斬りつけた。


 刹那、ベリアンタイトの白いボディスーツが火花を散らす。鮮血のごとく噴き出る閃光が、炫の視界に映り込んだ。

 どうやらさしものグランヘンダーでも、一撃でベリアンタイトの鎧を破るには至らないようだ。それに――僅かな差だが、グランタロトの方が動き出しが遅い。


 鎧の性能においては、ベリアンタイトの方が上なのだろう。


(スペックの差なんて……相性の差なんて、いつだって……!)


 しかし、VRMMOのプレイヤースキルにおいては、炫の方が上回っているようだ。

 ベリアンタイトの立ち回りは、現実世界における格闘術をベースにしているようだが――それを完全には、この世界にフィードバック出来ていないようなのである。


 VRMMOにおける身体の動きは現実のそれよりも軽やかなものであり、個人差はあるが勝手も違ってくる。

 現実世界では運動音痴でもVRMMOに慣れていれば、俊敏に動けるプレイヤーもいる。その一方、現実世界では運動神経に秀でていてもVRMMOに慣れておらず、上手く動けないというプレイヤーもいる。


 ――もし、ベリアンタイトを纏っているこのオーヴェルという男が、炫が睨んだ通りなら。

 「後者」の「プレイヤー」である可能性が高い。


(やはり、この人は……!)


 一見すればNPCと見紛うような、無駄のない巧みな剣術だが――その中から窺える細やかな仕草は、NPCらしからぬ「人間味」が感じられる。

 「DSO」をやり込んだ炫だからこそ敏感に感じ取る、違和感。その違和感が生む隙を突くように、炫はベリアンタイトの腹に蹴りを入れた。


「がッ!」


 床の上を転がるベリアンタイトは、腹部を抑えながら立ち上がり、体勢を立て直す。そんな彼の出方を窺うように、炫も剣を上段に構え直した。


「す、すごい……!」

「これが、『甲冑勇者』同士の戦い……!」

「頑張って……ヒカル君!」


 緊迫した面持ちで、彼らの戦いを見守るユリアヌ達。生身である彼女達にはもう、この一騎打ちの行く末を見届けることしかできないのだろう。


(……VRMMOにこそ慣れていないようだが……元がかなりの手練れなんだな。一体何者なんだ……?)


 そんな仲間達を一瞥しつつ。

 炫はベリアンタイト――に変身しているオーヴェルに、訝しむような視線を送っていた。


 VRMMOでの戦いには慣れていない。それは間違いないだろう。だが、その点を差し引いても、並のプレイヤーでは勝負にもならないほどの腕前だ。

 よほど元々の――つまり現実の世界での戦いに精通していなければ、ここまでの戦闘力は発揮できない。


 ベリアンタイトを纏うオーヴェル。そのキャラを演じる、あのオールバックの青年は、それほどの実力者だということになる。


(……!?)


 すると。炫が、その実態を思案している最中――ベリアンタイトが、動きを見せた。

 咄嗟に剣を握り締める炫を前に、彼は片手でベリアンセイバーを振りかざしながら、腰に巻かれたブレイブドライバーに手を掛けた。


 幾つかあるボタンの中でも、一際大きい緑色のボタンを押し込むと――


Sixthシクス generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション slashスラッシュ!!』


 ――ベルトから電子音声が響き渡り。ベリアンセイバーが、妖しい電光を放ち始めた。


「……!」


 ベリアンタイトはベリアンセイバーを水平に構え、腰を落として次の攻撃への姿勢を整える。――あからさまに、大技を放つ体勢だ。

 この間合いから放つ大技。それを予期した炫は、彼を真似るように自身もブレイブドライバーに手を伸ばす。


 この時勢に珍しく、VRではないテレビゲームをプレイしている炫なら、わかるのだ。ベリアンタイトと同じ大技で迎え撃つには、どのボタンを押せばいいのか。

 ――どのボタンが、オーヴェルが押したボタンと対応しているのか。


Thirdサード generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション driveドライブ!!』


 そのボタンを炫が押し込んだ瞬間。ブレイブドライバーから電子音声が響くと――グランタロトの額から伸びる角が、真紅の電光を纏い始めた。

 その輝きはバチバチと音を立て、やがて炫の右脚へと伝導していく。大技の発動には成功しているようだが……電光が剣に集まっているベリアンタイトとは、技の内容が異なるようだ。


(……そういうことかッ!)


 だが、グランタロトの仮面に隠された炫の貌に、戸惑いはない。

 彼はグランヘンダーを床に突き立てると、右脚に電光を集めたまま正面に走り出した。今まさに大技を放とうとしている、ベリアンタイトに向かって。


「ヒカル君っ!?」


 その行動の真意が読めず、ユリアヌが声を上げた時。


「はあぁあぁッ!」


 ベリアンセイバーに蓄積された電光が、弾け飛ぶように――光の鎌鼬が、青白く閃いた。

 炫の首を刎ねんと、水平に舞い飛ぶ刃。それが出現した瞬間と……同時に。


「とぉぁッ!」


 炫も左脚で床を蹴り、高く跳び上がっていた。そう、光の刃をかわすように。


「……!」


 まさしく、紙一重。ベリアンタイトの一閃を、間一髪で上に跳んで回避した炫は――飛び蹴りの体勢で、紅い電光を纏う右脚を、ベリアンタイトに向けて伸ばす。


「はぁあぁああぁあッ!」


 大技の反動ゆえか。ベリアンタイトはかわそうとも防ごうともせず――紅い電光を、その身に受けようとしていた。


(……ッ!?)


 わざと大技を喰らおうとしているようにも見える、彼の様子に何処と無く違和感を覚えつつも。

 炫は、そのまま紅く発光する右脚を、ベリアンタイトの胸に叩き込んだ。


「ぐうあぁあッ……!」


 強烈な轟音と共に、ベリアンタイトは苦悶の声を漏らして横転すると――青白い電光に包まれながら、オーヴェルの姿に戻ってしまった。

 どうやら、ダメージが蓄積すると変身が解かれてしまうらしい。仮面を剥がれ、苦悶の表情を露わにするオーヴェルは、どこか憂いを帯びた眼差しで炫を見つめていた。


「やったぁああ!」

「ヒカルさんっ……凄いです!」

「……どうやら、今回ばかりは助けられたようだな」


 一方。ユリアヌ達は、この幕引きに歓声を上げ、炫の奮戦に賞賛を送っていた。そんな彼女達を尻目に、炫は自分を見つめるオーヴェルと視線を交わす。


(……この、人は……)


 オーヴェル……もとい、オーヴェルに当たるキャラクターを演じさせられている、かも知れない外国人の男性。

 この世界における彼には、ユリアヌ――もとい、優璃達とは違う何かを感じ続けてきた。NPCとしてはありえない発言や、NPCらしからぬ挙動など。

 まるで……自分と同じ、「プレイヤー」のような。


(……)


 そんな彼の眼を見つめ続ける炫は……それとは別の何かを感じ始めていた。

 あの日、初めて会ったはずなのに――どこか見覚えのある、あの碧い眼。


(……ソフィア……?)


 気がつけば彼は、記憶の中にある一人の少女を、その眼の色に重ねていた。


「……とどめは、刺さないのか」


 その時。炫を見つめるオーヴェルは倒れ伏したまま、声を絞り出す。

 彼の貌には、もう敵意の色は見られない。どこか、憑き物が落ちたようにも窺える表情だ。


「これまでずっと、不殺ノーキルでやってきたんだ。今更、殺せるわけない」

「……そうか。やはり、君は……」


 そんな彼の胸中は読めなかったが。炫はあくまで、毅然と言い放つ。この世界において、自分は誰一人殺さないということを。


 それを聞いたオーヴェルは、炫の言葉を胸の奥に染み込ませるように、瞼を閉じる。その口からこぼれ出た言葉は、何を意味するのか。


 炫がそれを問おうとした――その時だった。


「……!」

「ベリアンセイバーが……!?」


 炫の蹴りを浴びた時に、オーヴェルの手から離れたベリアンセイバー。床に突き刺さっていたその宝剣が――突如。

 禍々しい漆黒の霧に包まれ始めた。やがて、その霧は剣から離れると宙に舞い上がり、一同の注目を集める。


「まさか……戦いの余波で、魔獣が目覚めたのか!?」

「ヒカル君、気をつけてッ!」


 この靄から、何が現れるのか。これから、何が起きるのか。炫には、ある程度予想がついている。


 「DSO」のシナリオに沿うならば……この後、ベリアンセイバーに封じられていた古の魔獣が復活し、このイリアルダ邸で大暴れすることになる。

 その暴走を止めるため、炫が持つグランヘンダーの力で魔獣に立ち向かう――という筋書きだ。


 炫が知る「DSO」においては、その戦いがラスボス戦になる。だが……もはやこの世界は、炫が知っている物語からは大きく逸脱している。

 魔獣ではない何かが現れても――不思議ではない。あるいは、「DSO」に登場するそれを遥かに凌ぐ個体か。


 いずれにせよ、油断はできない。炫はグランヘンダーを構えたまま、黒い霧の出方を伺う。古の魔獣の化身である、闇の魂ダークネス・スピリッツの動向を。


「……ッ!」


 すると。黒い霧は、唸りを上げて炫に向かって襲い掛かってきた。急降下し、低空を滑るように飛ぶ霧を前に、炫は息を呑み咄嗟に横へ転がる。


 炫のそばを通り過ぎた霧は、やがて地に堕ち――みるみるうちに、人の姿へとその形状を変えていく。


(……魔獣、じゃない!)


 やはり、「DSO」とは違う。

 炫は自分の知らない「何者か」の出現に、息を呑む。ユリアヌ達も同様だ。


 ……だが。オーヴェルだけは、違っていた。

 彼は、「何者か」の正体がすでに分かっているのか――焦りを貌に滲ませることなく、目を細めて霧を凝視している。


 そんな彼の面持ちに、炫が気付いた時だった。


「……ゲームクリア、おめでとうございます。不殺を掲げた、若き勇者の英雄譚。いやはや、期待以上ですよ。素晴らしい……」


 霧が、いや。霧から現れた「何者か」が、喋った。


「……っ!?」


 その声に。

 炫は、聞き覚えがある。


 こちらに背を向ける、漆黒の礼服。床を着くステッキ。眼深く被られた帽子。

 そして――肩越しにこちらを見遣る、皺の寄った貌。


「……私の最期に観るに相応しい、物語でしたよ」


 この世界に来た、あの日に出会った老紳士。今ここに現れた彼は、しゃがれた声でそう、呟いた。

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