第11話 友との戦い

「信太、俊史……!」


 鉄球を軽々しく扱うノアラグン――俊史と、火球を撃つ拳銃を扱うダイナグ――信太。

 その二人を前に、炫は剣を握る手を震わせる。……これから、友人達と戦うことになるのだと、己に言い聞かせて。

 すでにユリアヌは、オーヴェル目掛けて走り出していた。


「やっぱりこうなっちまったかァ。できりゃあ、お前には大人しく引いてもらいたかったんだがなぁ」

「――ま、これも仕事。やむを得ないんだねっ!」


 得意げに手にした拳銃をクルクルと回すダイナグと、鉄球をぎらつかせて威嚇してくるノアラグン。


 二人の「仲間」だった時からすれば見慣れた光景だが、こうして二人の「敵」に回った視点から見れば、彼らがいかに脅威なのかがハッキリとわかる。


(別の依頼ってのは――こういうことだったわけか)


「――金のためなら、なんでもやる。賞金稼ぎの鑑だな」

「まぁ、気持ちはわかるがそう怒るなよ。あいつの行動に協力すりゃあ、たっぷり報酬が出まくりんぐなんだからさ」

「今回の依頼、ヒカルは関係ないんだねっ。刃向かいさえしなければ、仲間のよしみで見逃してやるし、報酬も分けてやるんだねっ!」


 二人の呼び掛けに、炫は暫し押し黙る。そんな彼に、ネクサリーは不安げな眼差しを向けるが……彼の眼にはまだ、「戦意」が確かに残されていた。


(……あくまで、彼らはダイナグとノアラグン。いくら呼び掛けたところで、信太と俊史は目覚めやしない……だったら)


 無視しているわけではない。口では応えないだけだ。炫は剣の切っ先を彼らに向け、語らずして宣戦を布告する。


 ――賞金稼ぎなら、賞金首を捕らえる以外の仕事だって、何だって引き受ける。金さえ、貰えるなら。


(……やるしか、ないんだ)


 ならば、戦うしかない。ダイナグ達も説得は無理と悟ったのか、戦闘態勢を整える。


「ヒカルとやら……奴らに挑むつもりなら心しておけ。あの鉄球を喰らえばひとたまりもないし、もう一人の男も何やら妙な銃器を使う。火の玉を発するあの拳銃に撃たれれば、ただ撃たれるだけの痛みでは済まんぞ」

「わかってる。オレの方が、付き合い長いからな」


 戦いの直前。片膝をついたまま、忠告するように語り掛けるテイガートに、炫は視線を外さないまま答える。

 ……テイガートのキャラ付けによる台詞でしかないとはいえ。大雅の口から気にかけるような言葉を貰い、炫は微かに口元を緩めた。


 ダイナグ達は、それを「余裕」と解釈したらしい。


「お喋りはもういいか?」

「ああ――いいぞ!」


 炫が剣を一回転させ、それを開戦の合図とした瞬間。拳銃から発せられた多数の小さな火の玉が出迎えてきた。

 剣で防御に回れば、隙が生まれる。炫は真横に転がり、顔を上げて迎撃してきたダイナグの手元を見る。


 その手に握られた拳銃の銃口からは、硝煙ではなく小さな火が、立ち上る煙のように漂っていた。


「いつもは二丁だったはずだが?」

「お前なら一丁で十分……って、言っちまってもいいか?」


 余裕そのものの表情で、ダイナグは銃口の火を吐息で消し、再び俺に向ける。


 ダイナグの持つ、火の玉を弾丸とする拳銃――魔法炎銃マフレイガンは、彼の戦闘力を象徴する……いわば大事な「商売道具」なのだ。


 貧民街のジャンク屋から見つけた、所有者の魔力を火力に変換して、火炎弾を発射する。

 あの武器を用いて、彼は炫やノアラグンと共に、ありとあらゆる修羅場を駆け抜けてきた。


 ダイナグ自身の魔法の素質は微小なものだが、それでも魔法炎銃を手にしてしまえば、恐ろしいほどの戦力を発揮する。


「怪我しない内に退散するんだな、ヒカル!」


 間髪入れず、火炎弾が群を成して襲って来る。


「くっ!」


 炫は椅子やテーブル等の遮蔽物に身を隠し、一旦はそれらをやりすごした……が、


「そこに逃げちゃあ、危ないんだねっ!」


 真上から垂直に炫目掛けて落下して来るノアラグンの鉄球が、息つく暇を与えない。

 彼はさらにそこから飛び出し、落下した鉄球に砕かれて飛び散る床の破片を回避しようと左右に飛び回る。


「そこだっ!」


 もちろん、そんな隙を見逃すダイナグではない。彼から見て炫が遮蔽物から飛び出す格好になった瞬間。

 ――炫の左肩が、炎の弾丸に撃ち抜かれてしまった。


「あぐっ!」


 肉が焼かれる痛みに一瞬視界が歪むものの、動きは止めない。立ち止まれば、その瞬間に鉄球で潰される。


「長い付き合いなだけはあるよな……手の内を知らないよそ者だったら、初撃でおだぶつだってのによ」

「でも、せいぜい逃げ回るのがやっと。その剣一本で俺達を叩き潰すには、荷が重いんだねっ!」


 鉄球でへし折られて、縦に突き刺さったテーブルに身を隠す炫に、二人は言葉で揺さぶりを掛けてきた。


(くっ……魔法炎銃をかわせても、近づく前に鉄球に潰される! シナリオを優位に進めるために二人を助けたはずなのに、こんなことになるなんて!)


 遠距離にいれば魔法炎銃の銃撃が待っている。なんとか弾幕をかい潜って近付けても、ノアラグンの鉄球が迫ってくる。

 経験値を稼ぎ強化した剣であるとはいえ、その一本だけで切り抜けるのは、確かに困難を極めるだろう。


「らしくねぇな。お前ともあろうものが、逃げ回るなんてよォ!」


 ダイナグの叫びが部屋全体に響き渡ったと思うと、炫の背中に痛いほどの熱気が訪れた。


(打つ手を考える時間も与えない……ということか!)


 炫は燃え盛るテーブルの破片から転がり出ると、剣を構え直す。テーブル中央に大穴が開いたのは、その直後だった。


(……なら、オレも……覚悟を決めるしかないッ!)


 やがて彼は意を決するように白刃を振り上げ、二人に向かって正面から突進し始める。


「何を考えてるんだねっ!?」


 ノアラグンが動揺しながらも、鉄球を撃ち放った。


 彼は敵が走って来る場合、その走るスピードから計算して、敵が通過すると予測した位置に鉄球を落とす。


(……狙うなら、その「手順」だ!)


 その戦法を逆手に取り、炫は彼が鉄球を投げる瞬間に僅かに減速した。


 結果、鉄球は炫の僅か手前に落下し、同時に落ちた鉄球と衝撃による土埃が目くらましとなった。


「なぁ……!?」

(……取ったッ!)


 炫はそこから鉄球の上を飛び越え、土埃に身を隠しつつ、さらに前進する。


「見えてるぞ……もらった!」


 それでも、ダイナグの目はごまかせなかったらしい。魔法炎銃の銃弾が次々と襲い掛かって来る。


 ここまで近付いたからには、もう避け切ることはできない。

 となれば、炫が生き延びる術は一つ。

 防御だ。


「ぐっ――らああああああっ!」


 直撃コースの火炎弾をいくつか剣で受け止め、炫はそのまま突き進む。

 当然ながら火を鉄製の剣に受け続ければ、熱が伝導していく。あっという間に、柄を握る炫の手元にまで熱気が染み込んできた。


「……ぉぉおおおッ!」


 彼はそれでも剣を離さず、握っていられるギリギリまで、二人に向かって走り続けた。


「終わりにするぞ……ここでッ!」


 そして剣の熱気が限界に達し、赤熱が発生する瞬間。炫は素早く剣を鞘へ納め、ノアラグンの顔面に思い切り投げ付けた。


 土埃で炫を見失っていた彼は、突然眼前に飛んできた謎の物体に反応出来ず、「ぎゃふうっ!?」と悲鳴を上げて昏倒してしまった。

 頭上をひよこが飛び交っているノアラグン――俊史の額からは、小さな煙が立ち上っている。


「ノアラグンッ!?」


 ダイナグも土埃で反応しきれなかったらしく、派手な音を立てて倒れたノアラグンに驚きを隠せずにいた。

 その僅かな隙を、炫は見逃さない。


「そこだッ!」


 一瞬で間合いを詰め、魔法炎銃の銃身を掴む。


「がぁっ!?」


 そして、その手を下に向かって引っ張り、彼の後ろ足が浮くほどに体勢を崩したところへ。体重を目一杯乗せた顔面ストレートを、お見舞いするのだった。


「ごはぁあっ!?」


 鼻血を噴き出し、一メートルほどぶっ飛んだダイナグは、もんどりうって倒れてしまった。


「はぁっ、はぁっ……!」


 息を切らして肩を上下に揺らしながら、倒れたダイナグとノアラグンを一瞥すると。炫は、違う場所で戦い続けているユリアヌとオーヴェルの方へ視線を向けた。


(伊犂江さん、みんな……!)


 信太と俊史の阻止には成功した。どちらも、しっかり「不殺ノーキル」で決着を付けられたのだが……急がねば、優璃の身にも危険が及ぶかもしれない。


(信太、俊史……!)


 炫はその焦りを胸に、加勢するべくユリアヌの側へ急行する。足元で倒れている友人達の姿に、後ろ髪を引かれながら。


 ◇


「ちぃっ……!」

「ハッ、トァッ!」


 ――炫の手で二人の賞金稼ぎが倒された頃。ユリアヌとオーヴェルの戦いも、佳境に突入しようとしていた。

 鋭い刺突の連撃をかわし、足や腕に蹴りを浴びせるユリアヌの猛攻。貴族令嬢とは思えないその立ち回りに、オーヴェルは防戦一方となっていたのだ。


 突き出された剣の上を舞い、片手で着地したユリアヌの蹴りが、弧を描いてオーヴェルの腕に命中する。その一撃に僅かに怯んだ瞬間――彼の膝下に、痛烈なローキックが飛んだ。

 反撃に転じるべく水平に薙ぎ払われた剣をかわし、後方にバック宙するユリアヌ。そんな彼女を追うように、オーヴェルは斬撃の嵐を見舞うが――その全てを、彼女は軽やかに避け続けていく。


「――イヤッ!」

「がっ!」


 やがて、斬撃の中から生まれた僅かな隙を見抜き。剣を握る手を掴まれたオーヴェルの顔面に裏拳が減り込み――その手で頭を掴むと、縦に回転させるように投げ飛ばしてしまった。


 視界を回転させ、床に墜落したオーヴェルはすぐさま立ち上がり距離をとるが――圧倒的な速さでこちらの攻撃を寄せ付けないユリアヌの立ち回りに、攻めあぐねているようだった。


「……さすが、レベリング次第で最強格にもなりうるNPC。かなりこちらも準備はしてきたつもりだったのだが……読みが少々、甘かったようだな」

「……? 何をごちゃごちゃと……諦めて降参しなさい!」


 オーヴェルの、この世界の住人としてはありえない発言。それを耳にしたユリアヌは、一瞬眉を顰めるが直ちに気を取り直し、構えを取る。


「ユリアヌ!」

「ヒカル君! もう片付いたんだ、さすがね!」

「……ああ、まぁな」


 すると、今度はこの場に炫も合流してきた。彼は気絶しているダイナグとノアラグンを、痛ましい表情で一瞥する。


「……」


 そんな彼の横顔を、オーヴェルは暫し神妙に見つめつつ――剣を鞘に納めた。彼の行動に、炫とユリアヌの表情が変わる。


「さすがに諦めて降参ってわけ? 懸命ね、アンタの連れは全員ヒカル君がやっつけちゃったんだから!」

「……確かに、この状況で今の私が逆転出来る可能性は……ないだろう」


 ――その時。

 オーヴェルは、その懐に手を伸ばし。


「……ッ!?」


 「あるもの」を、出した。

 紫紺に塗装され、二つのグリップを両端に備えた「それ」は、さながらゲームのコントローラのような形状であり――それを目の当たりにした炫の表情を、驚愕の色に染め上げる。


「……この『宝剣』を使わない限りはな」

(「宝剣」……だって!? あれが……!?)


 当然だが、「DSO」はファンタジーRPGである。このような、世界観を壊すようなアイテムなど実装されていない。

 得体の知れないオブジェの出現に、炫は警戒を露わにして剣を構え直した。


 ――本来の「DSO」ならば、宝剣はその言葉通りに「剣」の形状であるはずなのだ。あんな、コントローラのような意味のわからない物体などではない。


「させないッ!」

「……」


 ユリアヌはオーヴェルがやろうとしていることがわかっているらしく、速攻で潰そうと走り出す。だが……彼の行動の方が、早い。


 オーヴェルは「宝剣」を丹田に近い腰の部分に当てる。すると――「宝剣」の両端からベルトが飛び出し、一瞬で彼の体に巻きついてしまった。


(巻きついてベルトになった……!? あのコントローラみたいなアイテムは、ベルトのバックル……!?)

「たぁあぁああッ!」


 その事象に、炫はさらに瞠目する。ユリアヌはなんとかオーヴェルの行動を止めようと、飛び蹴りを放つが――


「……発動」


 ――その宣言と共に。「宝剣」の中心に在る白いボタンを押し込んだオーヴェルの全身を、眩い光が包み。


「きゃあぁああっ!」

「ユリアヌっ!?」


 飛び蹴りを命中させるはずだったユリアヌを、何らかの力で弾き飛ばしてしまった。その威力は尋常ならざるものであり、咄嗟に抱き留めた炫が横転するほどの勢いを生んでいた。


「し、しまった……!」

「ユリアヌ、これは一体……!?」


 そして、体勢を持ち直した二人の前には――白いボディスーツと紫紺の鎧を纏う鎧騎士が立っていた。

 両肩には21世紀初頭のゲーム機のような、正方形の箱が備え付けられている。どうやら紫に塗装されたそれは、肩鎧であるらしい。


「……! あ、れは……!」


 ――そう。ルバンターの町で見た、古の勇者達が着ていたとされる、あの仮面と鎧。その内の一つが今、炫の眼前に顕現したのである。


(あの町で見た鎧と同じだ! じゃあ、あの人は……!)


Set upセタップ!! Sixthシクス generationジェネレーション!!』


 その時、この場にファンタジー世界には相応しくない電子音声が響き渡る。その声の主は――アーメットヘルムを装備する鎧騎士の腰に巻かれた、あのコントローラ状のベルトだった。

 鎧騎士の腰に、あのベルトが巻かれている。それは、目の前の鎧騎士がオーヴェルの「変身」した姿である証だった。


「……!」


 しかも。彼が腰のコントローラ……のようなベルトに付いている赤いボタンを押すと。

 炫が「DSO」で何度も目にした「宝剣」の一つ――「ベリアンセイバー」を納めた鞘が出現した。


「……あれは、『蒼甲勇者そうこうゆうしゃベリアンタイト』。ベルト型の神具『ブレイブドライバー』を介して鎧騎士になることで顕現する、『宝剣』の化身よ」

「ベリアン、タイト……」


 そこで炫はようやく、理解した。あのコントローラ状のベルトで鎧を纏うことにより、初めてこの世界の「宝剣」はその性能を発揮するのだと。


 一体、なぜそのようなプロセスがないと「宝剣」が使えないようになっているのか。あの鎧を纏うことで、どれほどの能力を手にしたのか。

 わからないことばかりだが――確かなことは、一つだけある。


「……ああやって、『宝剣』の鎧を纏った勇者のことを『甲冑勇者アーマードブレイブ』って言うらしいんだけど」

「なるほどな。……要するに、オレ達はそれほどの『切り札』を使わせてしまった……ということか」


 「甲冑勇者」という超常の力の保持者。それを持たない、人間でしかない自分達。その間にある、隔絶された力の差。

 ベリアンタイトの鎧から発せられる迫力から――炫はそれを、敏感に感じ取るのだった。

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