第31話.袖の下

お互いを名前で呼び合うようになる頃、麦茶はすっかり汗をかいてしまった。時計の針はまだ4時、すっかり、話し込んでしまった。


「りえさん、唐突で申し訳ないんだけどさ」

「どうしたの?」

「嫌ならいいんだけど」

「なになに? もったいぶらなくていいよ」

「袖、まくって見せてほしいな」


「え・・・・」 一気に空気が凍りついた。でも僕には自信があった。もちろん見せたがらないだろうけど、どうしてもこれを確信に変えたい。それに・・・・。


「りえさんとは仲良くできるかもしれない」


あえて声に出してりえさんをけん制する。まだ会って数日なのに、信頼を試そうとしてるみたいでつくづく僕は性格が悪い。まだ、じっくり仲良くなって心を開いてその後でもよかったかもしれないが、あいにく僕は空気が読めない。


友達がいない原因はそういうところかもしれない。


「いいけど、引かないでね」

「自分から言ってて、引かないよ」


この瞬間自信は9割確信に変わった。あと1割は、見てからでも遅くないだろう。


「あとさ、見たあとはりえって呼んで」

「? 今と変わらなくない?」

「ううん、りえさんじゃなくて、りえ」

「あぁ」


「いいよ、引かないし、りえって呼ぶ」


大きく息を吸い込むと、まだ少し戸惑っているのか、袖をゆっくりとゆっくりとまくり始めた。袖の先に見える綺麗な手、長い髪から垣間見える白くて美しい肌。


だが袖の下から現れたのはそんなものとはほど遠い、黒く変色してところどころ青くなっている、見るからに痛々しい肌の色。病気などのそれとは明らかに違う。どう考えても、長年に渡り暴力的な虐待を受けてきたような、いや、きっと受けてきたんだろう、りえの過去が少し見えた気がする。


「あはは・・・・見られ・・・・ちゃったね」

「うん、やっぱり、そうだと思った」

「やっぱりって、気付いてたの?」

「まあ、この季節に長袖ばっかり着てたらなんとなく想像はね」

「そっか・・・・まあそうだよね」

「ん?」


黒く変色してしまった肌に、まだ新しい傷があるのが目に付いた。こう、左手の手首に、横一線に切りつけたような傷が何本も何本も走っている。


「これは?」


左手を触ろうとするとビクッ! と過剰な反応が返ってきた。いやまあそりゃそうか。


「こ、これは・・・・その・・・・」

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