第20話.玄関先

「ごめんくださーい、電話をしていた香山です」


香山先生が家に向かって大きい声で叫ぶ。そんなに声を張るとすぐに隣や、違う棟の住民にも聞こえてしまう。注目されたらどうするんだ。僕は軽く殺意が湧いた。


「はい」


ドアの向こうから何度か聞いたことのある声が聞こえた。やはり、あの子が佐和田さんで間違いないようだ。


「どうぞ」


声と同時に、今度はドアが開く。相変わらず季節に似合わない薄手の長袖に、デニムの姿で佐和田さんは出てきた。


「あ・・・・」


僕の顔を見て一瞬、佐和田さんが固まった。まあ、近所の人間が見たことある制服を着て突然家に尋ねて来たらビックリするよな。


「井上です」


それだけ言って頭を下げると、佐和田さんも一礼してきた。何度か会っているのに、僕らはまるで初対面のように振る舞った。


「佐和田さん、久しぶりね、元気? 体調は大丈夫?」


この先生も相変わらずだ。誰が見てるかも分からない玄関先でわざわざ大きい声で喋らなくてもいいいだろう。


「あ、はい、あの、中に・・・・」


たどたどしく佐和田さんが中へと案内しようとする。


「お邪魔しても大丈夫?」


大丈夫だろ。むしろ、こんなところで話そうと思ってたのか。香山先生への信頼が一気になくなってきた。


「あ、はい、大丈夫、です」

「じゃあ、お邪魔しまーす」

「お邪魔します」


他人の家、とは言っても間取りは自分の家とまったく同じなので家具のメーカーや配置が違うだけであまり目新しさはなかった。


僕の家ではリビングの扱いになっている部屋に通された。


「佐和田さん、この子はあなたとクラスメイトの井上くん、覚えてるかしら?」

「え、ええ・・・・覚えてます」

「今日は佐和田さんに1学期の分のプリントを持ってきたの」


この人は、自分がやったことも分からずにニコニコと喋っている。これだけ1人で喋るんなら、僕はいらなかったんじゃないか。


さっき「友達になれたら」 なんて言っていたが、大きなお世話じゃないのか。小さな親切大きなお世話という言葉があるのをこの人は知らないんじゃないか。


1人喋り続ける香山先生を尻目にイライラしながら時間が過ぎるのを待った。


「あ、もうこんな時間ね」


1時間くらい経っただろうか。結局、ほとんど自分1人で喋っていただけで僕は自分が来た意味が分からなかった。


しかし、この時間が終わるのならもうなんでもよかった。とりあえず帰って寝たい。


「じゃあまたね、佐和田さん、新学期に会いましょう。井上くん、今日はありがとう! 気を付けて帰ってね」


玄関先でそう言い残し、香山先生はさっさと帰って行った。なぜか、僕を残して。


「あー、佐和田さん、また」


僕ももう帰ろう。思わぬ道草をくってしまったし、手短に挨拶して帰ることにした。


「あ、井上くん」

「ん?」


ゴミ捨て場の時と同じ。帰ろうとしたら呼び止められた。なんでこうタイミングが合わないのか。

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