第9話.香山先生
学校に着くといつも通り階段を登り自分の教室へと向かう。教室に入り、自分の席へと腰を下ろす。僕の席は教室右端の後ろから2番目で、左隣の席がいつも空いているためクラスメイトとは常に一定の距離がある。
この距離が、僕にはちょうどいい。30cmよりも1m、1mよりも1m30cm、でも3mよりは2m30cmのこの絶妙な距離感が、僕のなにも楽しみがない学校生活を上手いこと演出してくれる。
予鈴が鳴りSHRが始まる。担任の香山先生が急ぎ足で教室へ入ってくる。香山先生はまだ若い女の先生で、担当科目は音楽なのになぜか普段着がジャージというちょっと変わった先生だ。元気でノリもいいため生徒たちからはよく慕われている。それに、
なんだか今日は化粧のノリがいい、若い肌がよりツヤツヤして見える。
「おはよう! 今日はみんなにお願いがあります!」
いかにも重大発表、といった感じでそこまで言って間を置き、全員の顔にゆっくりと視線を向ける。もったいぶらずに早く言えばいいのに。
「みなさん、1学期も終わりに近付いて高校生活にも少しずつ慣れてきたかと思いますが、おそらくまだ馴染めてない人がいますよね?」
一気に全員の視線が僕の左隣の席へと集まる。一瞬、僕の方に向かれたかと思いドキッとしてしまった。僕の隣の席は「佐藤りえ」 入学して1週間で顔を見せなくなった謎の多い人物だ。
「そう、佐藤さんです」
自分から佐藤さんの席へとズレた視線を戻すためか、静かに、しかし感情を込めて香山先生は呟いた。
「佐藤さんは学校が始まってすぐに体調を崩してしまって学校に来れなくなりました。体調はまだ戻ってないようですが学校には毎日休む旨の連絡があります」
なるほど、体調が悪いんなら来れないのも仕方ない。いや、むしろ感染するような病気なら来ないでほしい。
で、その佐藤さんにどうしろって言うんだ? まさかクラスみんなで寄せ書きでも書こうってわけじゃないよな? そんなの後々ゴミになるだけで受け取った側も迷惑するだけだろう。
「せんせー、お願いってことは佐藤さんになにかするんですか?」
クラスの女子が面白半分で話を遮る。しかしまあみんなが抱いた疑問だろうからこれも仕方ない。それよりもその質問を受けた香山先生がニヤリと笑ったことでバスの中と同じ、嫌な予感がした。
「あと少しで1学期も終わり、夏休みに入ります。先生は佐藤さんの机の中にある溜まりに溜まったプリントを終業式の日に佐藤さんの家まで届けようかと思います」
「そこで!」 と強い口調で香山先生は続けた。
「先生1人よりも、クラスメイトが誰か来てくれた方が佐藤さんもきっと嬉しいと思うので、先生と一緒に佐藤さんの家まで行ってくれる人を1人、このクラスから募集します!」
「えー!」という声がそこら中から上がった。そりゃそうだ。碌な思い出も何一つないクラスメイトの家なんて、誰も行きたがらないに決まってる。
「じゃあこれでホームルームは終わります!行こうかなって人がいたら終業式が終わるまでに先生のところに来てください!」
ザワザワと異様な雰囲気のままホームルームが終わった。この空気を作った香山先生は「次の数学頑張ってね」と言い残しサッサと退散していった。無責任なことこの上ない。そんなものは優しさの押し付けだ。
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