第10話.お互い様
あのホームルーム以降、クラスの話題はもっぱら佐藤りえの家に誰が行くかで持ちきりになった。最初こそみんな真剣に話し合っていたが、日が変われば「お前が行けよ」 「いやお前が」 なんて押し付け合いが始まった。
こりゃ誰も立候補なんてしないだろうな。というより、「立候補できない」 と言った方がいいか。
少なくとも今クラスを盛り上げているのはこの話題なので誰かが行くと言い出せばこの空気に終止符を打つことになる。誰もそれをしたがらないということはつまり、みんながこの雰囲気を楽しんでいるということで間違いないだろう。
たまに「井上くん席隣だし行けば?」 なんて僕の方に矛先が向くのが面倒くさいので、僕としては早くこの話題が過ぎ去ってほしいものだが。その度に「嫌だよ、裕介にでも行かせればいいんじゃない?」 と裕介にパスするのも面倒だし、かと言って僕が行きたいかと言われればそれは嫌だし。
香山先生も面倒くさい空気を作っていってくれたものだ。
「幸一お前毎回俺の名前出してるだろ」
流石に痺れを切らしたのか、夕闇が迫る帰り道で裕介がそんなことを言ってきた。
「うん、出してる」
嘘をつく必要もないので正直に答える。別に悪いとも思ってないし、裕介ならそれなりにうまくやり過ごしてるだろ。
「いっつも井上くんが井上くんがーって言って来られるの面倒なんだよー」
そう言いながらも顔はまんざらでもなさそうだ。女子と話す話題が増えて嬉しいんだろうなあ。感謝してほしいくらいだ。
「僕だって席が隣だからってだけで毎回候補に上げられるの面倒なんだよ」
うんざりした顔で返すと「お互い様だな」 と裕介が笑ってみせた。一体なにがお互い様なのかはまったく分からなかったが裕介は1人で納得したようだしそれ以上は聞かないようにした。
間もなく裕介と別れ、うだるような暑さの中市営住宅へと続く坂をダラダラと登り切った。
坂を登った左手にはゴミ捨て場がある。何気なく目をやるとちょうど誰かがゴミを捨てようとしていた。そういえば今日は燃えるゴミの日だったなぁ。
家に帰りいつものルーティンを済ませ、またゴロゴロしながらスマホを眺めた。
『はいどうもみなさんこんばんはー』
いつもの天井、いつもの室温、いつもの実況者。ちょっとずつ暗くなっていく窓の外。暗くなるにつれ蝉の声も段々と聞こえなくなっていく。画面の中の実況者だけが僕の世界で唯一動いていた。
『なにっ!?このモンスターIQ2億、IQ2億だったわ、流石に』
「ふふ」
実況者の突拍子もない言葉に笑い声が漏れた時、急に部屋のドアが空いた。
「あー、涼しい」
姉ちゃんだった。お風呂でも浴びてきたのだろうか、いつもは結んでいる長い髪を下ろしてダラシない格好で部屋に入ってくる。
「あんた、ゴミ出してきてよ。ご飯温めとくから」
面倒なことを一つ頼まれたため少し憂鬱な気持ちになった。それに、今日は母さんの作り置きのご飯というのがまたその気持ちを加速させた。
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