第3話.蝉
「幸一、佐藤りえって覚えてるか?」
帰りのバスに揺られながらウトウトしていたら唐突に裕介から質問が飛んできた。えらくタイムリーなタイミングで少しビックリしたが、そういえば昼休みに裕介たちが話してることを聞いていたんだから、別にこのタイミングで佐藤りえの話題が出たことはおかしくないなと1人で納得した。
「うん、まあ、名前だけ」
重たい瞼を瞬かせながらボーッとした頭で答える。チーンと誰かが降車ボタンを押す音がした。
「結構可愛かったよな」
まったくこいつは・・・・女の子のことになったら覚えがいいんだから。なんとなく返事をするのも面倒だが、この状況では無視もできない。
「そうなの?」
「そうなの?って幸一、席隣なのに覚えてないのかよ」
たった1週間しか同じ空間にいなかったクラスメイトのことなんて覚えてるわけないだろ。そんな記憶力があれば今頃裕介と同じバスなんかに乗っていないだろう。数ヶ月前のまだ気力を保っていた僕ならばきっと逆方向のもっと頭の良い進学校に行っていたはずだ。
「で、その佐藤さんがどうしたの?」
「いや、なんとなく聞いてみただけ」
なんだよ、そんな“なんとなく”で人の時間を使わせるなよ。
少し苛立ちを覚えたがわざわざ言葉にして言うまでもないし、「そう」と最小限度の言葉でこの話を切り上げた。
そろそろ最寄りのバス停に着くなあ、裕介、降車ボタン押してくれないかな。
チーン
裕介じゃない誰かが押した。ちょうど下校時刻のバスには僕と裕介以外にもたくさんの私立連禱高校の生徒が乗っていて、きっとそのうちの誰かも僕たちと同じバス停で降りるのだろう。別に珍しいことじゃない。
バスが停まりドアが開く。定期券をかざしてバスを降りると謎の開放感で少し頭がスッキリした。一緒に何人かの生徒が降車した。歩いて帰る人もいれば自転車の人もいる。家の人が迎えに来てる人もいるが、僕と裕介は比較的バス停から家が近いのでいつも一緒に歩いて帰っていた。
「暑いなあ」
「そうだね」
昼間うるさくてたまらなかった蝉の声はまだ止まない。
元気だなあ。
蝉の寿命は子供の頃に1週間だと誰かから聞いた。しかし本当は1ヶ月くらい生きるらしい。思っていたよりは長いが、それでも1ヶ月は人間の感覚からしたら短いと思う。
たった1ヶ月で死んでしまうのになにをそんなに頑張っているのだろう。ちょっとくらいその頑張りを僕に分けてほしいくらいだ。
なあ、1ヶ月で無駄になるくらいなら僕に気力を分けてみないか?
科学が発達して蝉と話せるようになったらとりあえずそんなことを言って蝉の驚いた顔でも見てみたい。
まあそんな時代が来る頃には僕は存在しなくなっているだろうが。
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