第41話.いいこと
家に帰るといつも通り姉ちゃんが居間でアイスを食べていた。「ただいま」 自転車のハンドルを思いっきり握りしめていたせいか、手のひらの感覚がいつもと微妙に違う。「おかえり」
鼻歌を歌いながらスマホをいじっていた姉ちゃんに「なにかいいことでもあったの?」 と問いかける。「別になにもないけど」 と素っ気ない返事が返ってきた。
「そういうあんたは、良いことあったんじゃない?」
「良いこと?」
いつもと違うこと、なら最近立て続けに起こってる。だけど良いことかと聞かれるとどちらでもないような気がする。僕がイマイチ心を開けていないと思う。「なにもないよ」 多分なにもない。
「そう?じゃあそうかもね」
姉ちゃんはなにが言いたいんだろうか。
「あ、姉ちゃん」
「なに?」
「もし父さんが姉ちゃんのこと襲ってきたらどうする?」
「蹴る、痛いところを」
「ですよね」
忘れてた。姉ちゃんは昔から気が強いんだった・・・・。「お父さん私のことそういう目で見てるの!?」 と不信感を抱くねえちゃんを「胸がないから無理無理」 と適当にあしらって自分の部屋に戻った。
「女の価値は胸じゃねえから!!」
まだ部屋の外でなにか言ってるよ。暑いのに元気でなによりだ。早く彼氏でも見つけてくれ。そしてその元気を僕じゃなく彼氏にぶつけてくれ。
ポケットの中のスマホが震えた。ベッドに横になって画面を確認する。
>今日はありがとう!また遊ぼうね!
りえからだった。まあ僕にLINEなんて送る物好きは今はりえしかいない。
>こちらこそ、うん、また遊ぼう
味気ない返事だ。しかしこれ以上書くことも思いつかない。既読がついたのを確認してからスマホを閉じた。
疲れた。
いつもの3倍は疲れた気がする。でもなんだろう、妙に充実している。
またスマホが震えたが中を確認する気にはならなかった。十中八九、りえからの返信だろう。少し待っててくれ、気力が回復したらちゃんと返信するから。
そういえば課題にも少し取り掛からないと・・・・。夏休みだってのになんで勉強しなきゃいけないんだ。「休み」 にならないじゃないか。
課題を少しめくってみる。
うん、明日からでいいや。明日から頑張ろう。
なんでもかんでも今日から始めないと気が済まない人種はなにをあんなに焦っているんだろうか。どうせ時間はたっぷりあるんだしゆっくり心の準備をしてからでもなにも遅くはないだろう。とにかく僕は、焦燥感をアテにしないとなにもできない人間が嫌いだ。
りえを見た今でもそれは変わらない。いつ沈むか分からないくらいに不安定な心を持っているけれど、りえも本気で死ぬつもりはないだろう。
そうタカをくくって瞳を閉じた。
閉じた瞼の裏側でりえと会った・・・・・・気がした。
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