第6話.サワダサン

『ドリーム』 を出ると辺りは陽が落ちてすっかり暗くなっていた。道沿いの心細い明るさしかない電灯に虫が集まっていた。僕は気持ち分早足で自分が住んでいる市営住宅の方向に足を運んだ。


少し時間を喰ってしまったな、姉ちゃんに小言を言われるかもしれない。しかしまあ時間を喰った理由が人助けなら姉もとやかくは言わないだろう。


ふと後ろで人の気配がしたので振り向くとさっきの女の子が歩いて帰っているようだった。歩いて『ドリーム』 まで来たということは家は比較的近所のはず。しかしあんな子は見覚えがない。


最近ここら辺に引っ越してきて、年齢が近いだけで同い年じゃないのかもしれない。もしそうだったら分からなくても無理はないな。深くは考えないことにした。


家に帰ると姉ちゃんが忙しくなにかを切ってるようだった。トントントントンと軽快な包丁の音がする。自分の姉が意外と料理ができるのに感心した。


「おかえり、遅かったね」


姉ちゃんは思っているよりご機嫌なようだ、怒っている様子もないし、なにより声のトーンがいつもより半音高い気がした。


「ちょっと人助けしてたから」

「人助け? あんたが?」


『ドリーム』であった出来事を姉ちゃんに話すと麻婆豆腐を作りながらも興味深そうに聞いてくれた。


「それって佐和田さんのところの娘さんじゃないの?」


姉ちゃんは最後に片栗粉でとろみの調節をしながら、聞き慣れない名前を口にした。サワダサン? そんな名前近所では聞き覚えがない。


「サワダサンって誰?」


「あんた知らないの?」と呆れたように姉ちゃんが言う。そんな顔をされても、知らないものは仕方ないじゃないか。


「最近3号棟に引っ越してきたの、わざわざ挨拶に来たんだよ。娘さんと2人暮らしって言ってたから多分その子じゃないかな」


知らなかった・・・・。いやそれよりも3号棟からわざわざ挨拶に来るなんて律儀な人だな。


僕たちが住んでいる市営住宅は全部で3つの棟から成り、僕が住んでいるのが1号棟。それぞれの棟は駐車場が隣接しているので、3号棟から1号棟となるとそこそこに距離がある。それをわざわざ挨拶回りするなんて面倒くさがりの僕からすると考えられない労力だ。


「そんなことよりほら、できたから皿持ってきて」


美味しそうな匂いを感じながら、言われるがままに深めの皿を取り出す。盛り付けているところを見ると、絶妙なとろみと色合いで食欲をかきたてられた。

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