第28話.よろしく

「じゃあ、また」


1号棟は坂を上って1番手前にある。ほどなくして佐和田さんと別れた。


「はい、買ってきたよ」

「ありがとー、ちょっと待っててね」


姉ちゃんは鏡の前で化粧しているみたいだ。誰かと会うんだろうか、ようやく彼氏でもできたのか。


「今日高校の同級生と遊ぶんだ」


聞いてもいないことを話し始めるが、女っていうのはそういう生き物なんだろうか。佐和田さんも、香山先生も、クラスの連中もそんな感じだから案外この説は信憑性が高いかもしれない。


「ああそう、部屋にいるからご飯できたら呼んで」


部屋の擦り切れた畳の上にゴロンと転がる。しばらくすると、油通しというんだろうか、バリバリバリとなにかを揚げているような音が台所から聞こえてきた。


『ゴリラが俺を拒否してる』

『も~!動画撮れねえじゃんこれじゃあ!』


ちゃっかり動画にしてるじゃないか。実況者ってのはなんでもネタにできるからすごいよな。なんにもネタにできない僕とは大違いだ。


>井上くんはじめまして!

佐和田です。よろしくお願いしますm(__)m


何も考えずにただボーッと動画を見てると佐和田さんからLINEがきた。動画を見終わってから返信しよう。上に出てきたバナーを無言で引っ込める。


「ご飯できたよー」


姉ちゃんが台所で呼んでる。スマホを充電器に挿して部屋を出ると、美味しそうな良い匂いが立ち込めていた。


「「いただきます」」


美味しい。姉ちゃん、料理人にでもなれば良かったのに。


高校を卒業してすぐ大手のパン工場に就職して、4年で辞めて帰ってくるくらいなら自分の得意なことしてた方が良かったんじゃないか。


あれ? でも姉ちゃんが就職する前、家で料理してるのを見たことないぞ。「どうだ、美味しいだろ」 したり顔で言ってくる姉ちゃんには答えず自分の疑問を口に出した。


「姉ちゃんずっと自炊してたの?」

「そうだよ」

「だから料理得意なの?」

「んー、まあ、色々あったからね」

「ふーん」


なにやら含みのある言い方だったが特に深いところまでは聞かずに、適当に話を終わらせる。「あ、もうこんな時間」 急いでご飯をかきこんで口紅を塗り始めた。


「じゃあ幸一、後片付けはよろしくね」

「はーい」


少し慌てて、楽しそうに家を出て行く姉ちゃんを見送ると少し羨ましく思えた。


友達がいるって楽しいんだろうな。


でも楽しい分きっと面倒ごとも多いんだろうな。


やっぱり僕は1人でいいや。自己完結させて咀嚼を楽しむ。


「ごちそうさまでした」


あ、そういえば佐和田さんにLINEを返すのを忘れていた。洗いものの前に返しておこう。部屋に戻りLINEアプリを開く。通知は、佐和田さんからの1件だけだった。


>こちらこそよろしくお願いします


少し味気ないか? でも親しくない人とのLINEなんてこんなものだろう。スマホを置いて部屋を出かかると通知音が聞こえた。もう返事が返ってきたのか、あんまりマメじゃないって言ってたくせに。


面倒なご近所さんが増えたと、内心憂鬱になりながら油でギトギトになった皿を洗った。

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