第36話.きっかけ
真っ暗闇な部屋、なんとなく、電気を点ける気にはならなかった。
大丈夫。もうお風呂には入ってるから、もし姉ちゃんが帰って来ても咄嗟にベッドと布団の間に体を挟み込めば、もう寝てると思われて小言も言われないはず。
スマホの通知も切った。どうせ大した連絡や今すぐ確認しなきゃいけないようなニュースが入ってくるわけでもない。
部屋が明るいと謎の安心感がある。僕は不安になりたかった。別に電気を点けないことが不安になるというわけでもないが。
例えば今僕の住んでる地域を中心に大地震がきたとして、それはそれで不安になるだろう。いや、大地震がこなくても、水道が止まったり、市営住宅への坂が崩れたり、とてつもない大雨が降ったりすれば暗い部屋でうっすら見える天井を見上げる必要もなかった。
でも大地震なんてくるかもしれないしこないかもしれない。蛇口をひねれば水は出るし、耳をすますと今まさに誰かが市営住宅へ車で入ってきた。窓の外に目をやれば、綺麗な星空が垣間見える。
僕の時間は、いつも通りに過ぎ去っていくばっかりで、変わったことなんてなに一つ起こらない。
昨日まで。いや、今日の昼まではそれで良かった。
変わらない日常をただダラダラ過ごすだけ、時間さえ過ぎればいい。
僕がそう思っていた傍らで、りえは変えたくても変わらない現実に押し潰されて、グチャグチャになって、きっと未来なんて見えなくなっていたんじゃないかな。
多分だけど、僕とりえはよく似ている。生きていることに意味が見出せなくて、時間の使い方というものがよく分からなくて。
この先の人生になにも期待なんてしていなくて。
ただ大きく違うのが、りえにはきっかけがあった。僕にはなかった。
人を愛せなくて、自分を好きになれなくて、生きることに息苦しさを感じるようになるまでのきっかけが僕にはない。
だから、もしかしたらこの先、なんのきっかけもなしに友達をたくさん作るようになるかもしれない。人を好きになれるかもしれない。人生って最高! とか世迷いごとを言い始めるかもしれない。
何か大きなきっかけがない。
そっちの方がずっとマシな気がする。
自分より苦労している人間を見て、自分が恵まれていることに安堵するなんて最低だな。僕はやっぱり、自分を好きになれそうにない。どころか、嫌いだ。
多分僕は明日もりえに誘われたらのこのこと出て行くだろう。だけどそれは決してりえの傷を癒してあげたいとか、僕が支えになりたいとかそういう立派な感情じゃなくて、安心したいんだ。自分の、変わらない日常に。
自分の感情が醜く思える。しょうがない、人ってそういうもんだろ。少なくとも、僕が見てきた人間は大多数がそうだった。
だから僕も、変わらない日常を変えないためにも、その“大多数”に溶け込む。今までだってずっとそうしていたさ。
大丈夫。“僕”は悪くない。
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