第24話.曖昧な返事

「あー、重かった。井上くん、ごめんね」

「いや、いいよ」


パンパンに膨らんだレジ袋を床に置いた途端、袋からはみ出していた背の高いネギがバランスを崩して倒れ込んだ。


「じゃあ僕はもう帰るから」

「あ、うん、ごめんね」

「そんなに謝らなくても」

「あ、ごめん・・・・」


謝るのが癖なのか、そんなに「ごめん、ごめん」 と繰り返されては段々と気まずくなってくる。


遠くの空には入道雲が見えて、夏休みに入ったことを改めて実感した。


「井上くん」 玄関で革靴を履いているところを呼び止められた。本当にタイミングの良いところで呼び止めるのが好きな子だなあ。


「また来てくれる?」

「ああ、うん、そうだね」


「来るよ」 とも「いやだ」 とも違う。曖昧な返事しかできなかった。もうこれ以上佐和田さんのことに踏み込みたくなかったし、かと言って、ここで終わりにする関係にも惜しいようにも思えた。


「じゃあ、またね! 井上くん」

「うん、じゃあ」


そう言ってドアを閉めた。


そういえば、佐和田さんはこの後どうするんだろう。お母さんはパートだと言っていたが夜遅くまで帰ってこないんだろうか? だとしたら、ちょっと前までの僕と同じような生活をしているんだろうか?


いや、もうこれ以上考えるのはやめよう。今日だけ、そう、今日だけが佐和田さんとクラスメイトとして接する日だ。


たまたま香山先生に連れられて接点を持たされただけで、明日になればいつも通り、変わらない日常をただダラダラと過ごすだけの日々に戻るんだ。


「ただいま」


自分の家のドアを開くと目の前には姉が立っていた。


「お、今日はちゃんとただいまって言ったじゃん」


「うん」 短い返事をして部屋に上がる。学校帰りのいつもと変わらないルーティンをこなし、ベッドと、薄い布団の間に体を挟み込む。


疲れた。


今日だけでこの1学期の学校生活より疲れた気がする。


人と話すということはこんなに疲れる行為だったのか、あんなに長く他人と話すのは久しぶりで、すっかり忘れていた。


『こ、こ、こ、こんばんはー!』


画面の中の実況者は今日も1人喋り続けている。今はこの人を少しだけ尊敬できた。

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