第四魔王アーリ・アーバンスタイン、登場

01



 空を曇天のごとく染める砂煙を上げていたのは、やはり軍隊であった。


 軍隊だと看破するのは至極簡単なことだった。


 皆、鎧を着こみ、武器を持ち、隊列を組んでいる事からも明かではあり、そんな集団を他になんと表現すべきなのか知るすべを持たなかった。


「……おお。なるほど、これが異世界って奴か」


 しかも、人の軍隊ではなく、人とは異なるモンスターや異形の者と言われるような奴らによって構成されていて、その光景を見てようやく異世界に来たのだと感慨深く思ったりした。


 こんな異形の者達を前にいた世界で俺は見た事がない。


 見た事がないと言えば嘘になる。


 それはフィクションの中で見た事はあったと言えなくもない。


 ゴブリンだとか、オークだとか、トカゲ人間だとかそんな感じの一言で言えば『愚連隊』だ。


 で、その数はざっと見たところ……数百?


 いや、数千?


 う~ん、数えるのが億劫なので無数にいるといっておくべきか。


 みんな、揃いも揃って、額に変な紋章が付いているが、なんだろうな、あれは。


「……ん?」


 俺が目的であるかのように、俺とある程度の距離を置いて行軍を止めた。


 そして、槍だとか両手剣だとか片手剣だとか両手斧だとか様々な武器を構え始め、俺を威嚇するかのように殺気に満ち満ちた視線を送り始めてくる。


「俺とやるっていうのか?」


 この軍隊の目的が俺であるような気がしてならない。


 これだけプレッシャーをかけられているというのに、俺の胃は平然としているし、足がすくんだりといった事が一切ない。


 ようは恐怖というものを露とも感じていないのだ。


『アアアアアアアアアアッ!!!』


『ガルルルっ!』


『ウガアアアアアア!』


 何人か、いや、何匹かというべきなのか、俺の前で雄叫びなのか、俺を威嚇するような声が上がり始める。


「……」


 昔の俺……もとい、元いた世界の俺ならば、こんな状況に直面したら、一目散に逃げ出していたことだろう。


 だが、今の俺は違う。


 肝が据わったというべきか、全く動じない。


 これも俺に与えられたスペックだというのだろうか?


「者ども、はやるな。獲物を前にして気が急いてしまっては、し損じる」


 殺気立っていた声音の渦を切り裂くような、澄み切った可憐な声がするなり、怒号が飛び交っているようなこの空間がしんと静まりかえった。


 そして、軍隊の中央に道が作られていくように、目の前の者達が左右に動き始める。


 その光景はまるでモーゼの奇跡のようであった。


「第一魔王の預言は正しかったようだな」


 海が割れたようにできた道を悠々とした足取りで一人の金髪の少女が俺の方へと向かってきていた。


 素肌がある程度露出した黒い鎧のようなものを着込んでいるも、胸が小さいせいかとても不釣り合いだ。


 セクシーというよりも、子供が背伸びをして大人っぽくなってみました的なアレだ。


 見た目は俺よりも年下か、あるいは同年代か。


 同年代と言っても、前の世界の話ではなく、おそらくは今いる異世界での話だ。


 俺をこの世界に転生させたという創造主の声によれば、俺は十代の少年になったという事だから、つまりは十代のような見た目という事だ。


「第一魔王? つまり、魔王って奴はたくさんいるので?」


 俺はおどけた調子でそう言った。


「私は第四魔王アーリ・アーバンスタイン。私の事を『金色をまといし血に飢えた小悪魔』と人は呼ぶ」


 アーリ・アーバンスタインと名乗った金髪の少女は道を渡りきったところで立ち止まり、胸を張ってそう自己紹介をしてくれた。


 まじまじと見られる距離に立たれても、俺の感想は変わらなかった。


 子供っぽい。


 いや、背伸びをして大人びようとしている子供そのものだ。


「つまり、魔王は何人かいて、あんたは四番目の魔王といったところか?」


「……察しが早いな。さすがは、召喚されし勇者といったところか」


 アーリ・アーバンスタインは片頬を上げて、にやりと笑った。


「……勇者? 俺がか? 俺は勇者になった覚えなんて全くないんだが、何かの勘違いじゃないのか?」


「白々しい」


 アーリ・アーバンスタインは右手をさっと挙げて、目をカッと見開いた。


「第四魔王アーリ・アーバンスタインは宣言する! 世界の均衡を破る異世界の者を処断する! 者ども! こやつを八つ裂きにせよ!」


 アーリが挙げていた手を優美に下ろした瞬間、俺とアーリとのやりとりを見守っていた愚連隊が一斉に動いた。


 全員が一斉に血を踏みしめて、欠けだしたからなのか、微かに地面が地震が起こったかのように揺れた。


「ふ~ん」


 異形の者達が俺へと迫りくり、飛びかかってきた。


 その数は空が人影で埋まるほどであったので、定かではない。


「ここでくたばっても、部屋でニートしていて野垂れ死ぬよりかはマシか!」


 もう開き直るしかない。


 こんな世界に連れてこられたのだからもうやるしかない。


 世界を救えるスペックが付与されているので有れば、この程度の攻勢、切り抜けられないはずがない。


 元いた世界では俺自身を信用できなかったが、こっちの世界の俺は信用してもいいかもしれない。


 こんな絶体絶命みたいな状況、今までなかったし、楽しもうじゃないか、無理矢理につれてこられたようなものだしな。

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