09
「作戦を簡単に説明しておこう」
俺はアーリとワーキュレイを交互に見ながらそう切り出した。
「最初は、ワーキュレイの出番だ。俺とアーリを同時に天高く打ち上げてくれ。本気を出しても構わない。俺の防御力ならばノーダメージのはずだ」
まずはロケットに見立てた俺とアーリを発射させなければならない。
ワーキュレイは点火役だ。
俺とアーリは、ワーキュレイのフルパワーで空へと打ち上げられる。
「分かったのである。しかし、二人同時に打ち上げるのであるか? それとも、別々なのであるか?」
「同時だ。ま、アーリは俺に抱きつくか、しがみついていればいい」
「わ、私がお前にだと!? だ、抱きつく……だと?」
俺の事を拒絶したいのか、それとも、受け入れがたいとでも感じているのか、アーリは難色を示すかのように腰が引けたように見えた。
「不服か?」
「……そ、そうではない」
「ならいい」
「で、失速し始めたら、アーリの出番だ」
「私は何をすればいい?」
乗り気なのか、自分の方から役割を訊ねてくるとは殊勝な心がけだ。
「俺はそこからさらに高みを目指さないといけないんだ。そこで、アーリには本気の俺を受け止めて欲しいんだ」
「ほ、本気の……お前を……受け止める?」
アーリがカァッと顔を紅潮させて、声を上ずらせて驚いたような表情をして、俺の事をまじまじと見つめてくる。
「勘違いするな。さっきも言った通り、踏み込むための踏み台になってもらうって事だ」
「わ、分かっている!」
実年齢は訊く気はない。
けれども、反応がまだまだ初々しくて見ていてほんわかしてくるな。
魔王だったという事実を知らなければ、普通の少女くらいにしか思えなかったかもしれない、アーリの事を。
「やり方はアーリに一任する。さっきあれだけ豪語したんだ。何かとっておきの方法があるんだろう」
「見くびるな、私は第四魔王なのだよ」
さっきまでの慌てっぷりが嘘のように冷静さを取り戻し、胸を張ってそう口にした。
「……さて。そろそろ始めようか。相手に猶予を与えてしまっては、第二波を空から墜とされるか分かったもんじゃないからな」
次弾のチャージを開始しているかもしれないし、あの衛星を破壊するのならば一刻の猶予もない。
俺のいた時代のテクノロジーから何十年後、いや、何百年後のものかは分からないだけに警戒するに超したことはないので、早めに叩いておいた方がいいだろう。
如何ほどの威力かも判然としていないだけに無防備な時に直撃を受けたとしたら、丸焦げとは行かないまでもそれなりの傷を負ってしまうかもしれない。
それに、チャリオンのハヤテの方から声をかけてくるように仕向けるためでもある。
それが真の目的ではあるのだけど。
「アーリ、俺に抱きつけ」
俺がそう言うと、アーリは耳までゆでだこのように真っ赤にさせて頷くも、顔を俯かせて俺に抱きついてこようともしない。
「どうした、アーリ? 俺に抱きつけ」
「……それは……その……」
もじもじとするばかりのアーリ。
なるほどな。
俺はこの状況をすぐに把握した。
「さすがだ、アーリ。お前は魔王なのだな」
俺はそう言って、アーリとの距離を狭めていき、俺の方からそっとアーリを包み込むように抱きしめた。
「なっ!?」
アーリは逆らわない。
それどころか、俺の腰の辺りに手を回してきて、ぎゅっと抱きついてきた。
隷属の印は健在ではある。
しかし、隷属の効力が薄れてきているのであろう。
アーリは俺の命令に従わなかった。
抱きつけ、と俺が言ったのにも関わらず。
抗ったのではなく、おそらくはアーリが拒んだのであろう、俺の命令を。
「じゃ、ワーキュレイ。頼む」
「では、行くのである」
じっと俺達の事を見守っていたワーキュレイが首肯し、呪文のようなものをぶつくさと呟き始める。
詠唱なのだろうか?
「暴れるなよ、アーリ」
俺はきつくアーリの事を抱きしめる。
戸惑いの色をその瞳に浮かべながらも、その色を次第に薄めていき、俺を受け入れるようにして腕を回して抱きしめ返してくる。
「……こ、これでいいのか?」
風で消し飛んでしまいそうなほどのか細い声だった。
魔王らしくはないが、これはこれでいいのかもしれない。
ホント、アーリは可愛い魔王だ。
「ああ」
アーリの体温がじわりじわりと俺を浸食していく。
ほのかな温かみなのだけれども、確実に、そして、着実に俺へと食い込んでいくのが分かる。
身長は俺の顎の辺りまでしかないのに、この温もりはどうなのだろうか?
想像以上というべきか、人とはこうであるものなのかは分からない。
何故なのだろうか? 心が落ち着きだしている。
「……反重力よ」
ワーキュレイが両手を胸の前にかざして、そうぽつりと呟いた。
「彼の者達を解き放て。しがらみという名の重力から」
前に出している両手の間に黒点が発生し、チリチリと大気を焦がすような音と
「余はこの世の理を破壊する……ポイント・オブ・グラビティ」
ワーキュレイはその黒点を俺達の方へと押し出した。
牛歩と呼ぶのが相応しいほどゆっくりとゆっくりと滞空しつつ、俺達へと向かってくる。
俺達に当たるかどうかの手前で停止し、瞬間、黒点がさらに縮小していき、消滅してしまった。
「うお!?」
風が下から吹き上げてくるような感覚に襲われ、気づいた時には、足が地面から離れ、空へと舞い上がっていた。
それはまるで自分に巻き付いているしがらみすべてが解放されたかのような高揚感に似ていた。
アーリも同じような事を考えているのか、それとも、もっと別の事を考えているのか、瞳をキラキラとさせて、俺の事を見つめている。
雲を突き抜け、俺が最初に到達した高さまで来た頃合いだった。
「そろそろか」
開放感は一分と持たなかったように思える。
肩に何かが掴み、俺と地面へと戻そうとするかのような重みが身体にかかってき始めた。
おそらくはワーキュレイは一時的に重力に無効にする魔法か何かを使ったのだろう。
それ故に、おそらくは空にある、いずれかの星の重力に俺とアーリは引かれていった。
しかし、その作用が切れてしまえば、この世界の重力にひかれる運命にある。
「アーリ、出番だ!」
俺のその言葉を待っていたとばかりに、アーリは俺の目を見て、不敵に微笑んだ。
「その言葉を待っていた! ダークゴッドウィング」
その言葉と共に、漆黒の翼がアーリの背中からはえ、大きく羽ばたいた。
俺から手を離し、そして、俺の手をさも当然のように取り、
「さあ、私の手の上に」
そうする事が当たり前であるように、アーリは先の戦いで見せたように全身を金色に輝かせた。
漆黒の翼を羽ばたかせて滞空しながら、万歳するように両手を空へと掲げたアーリに導かれるまま、俺はアーリの手の上に乗った。
正確には、手の平の上に立った、といったところだ。
状況的には不安定ではあるものの、アーリの自信満々の表情を見ていると、何故か安心できた。
「さっさと行け!」
「おうよ!」
俺は踏ん張りを利かせて、力を貯めながら、目標を視界に入れた。
防衛システムは最初の一撃で全滅させたようで、俺達を邪魔するものは一切無かった。
それ故に、点のように見える攻撃衛星らしき姿を捉える事ができる。
俺は目標をしっかりと見つめながら、俺をしかと支えているアーリの手の平を蹴った。
「ぐっ?!」
アーリの悲鳴に似たくぐもった声が背中に届いたが、今の俺は後ろを振り返る事はしなかった。
顧みてアーリを確認するのは、アーリを信頼していなかったように思えたからだ。
「さて……」
数瞬の事であった。
衛星の方が急接近しているように、攻撃衛星が俺の眼前に迫ってきた。
巨大な砲門を持つ、サイエンスフィクションものに出てくるような外見そっくりの衛星であった。
「芸がないけど焼かせてもらう!」
まだ二回しか使用していないが、もうこれは俺の技だ。
目に力を貯めて、目から光線を躊躇いもせずに放っていた。
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