10




 地上へと墜落していく衛星は流れ星のようだった。


 俺はゆるやかに落下しながら、本当の流れ星に見立てて願い事でもしてみようと思った。


 けれども、今のところ切羽詰まった願いなどない事に気づいて、ただただ観賞するだけにとどめた。


「ふぅ……」


 落ちていく衛星の背景に、この世界が段々と目に入ってきた。


 名も無い大陸。


 勝者が名を付けるというこの大陸。


 結構広大そうだし、見て回るのもありだな。


 部屋に閉じこもっているのは飽き飽きしているし、今度は広大なこの大陸を歩き回るニート生活と洒落込むのもいいかもしれない。


 ん? 待てよ。旅をしているとニートとは言えないあろうから、ただの旅人ってところか。


「……そういう事か」


 大陸が段々と近づいてきて、分かった事があった。


 大陸の全貌が分かっていないと言っていたが、なるほど、こうして上空から大陸の地形を観察しているとその理由がしかと分かる。


 万年雪に覆われたような山々が大陸を分断しているのだ。


 標高が高い山脈が連なっており壁のようなものになっている。


 その壁が大陸そのものを二等分しているかのようであった。


 俺達がいるこっち側の世界は、転生十二戦士だったか? そいつらに牛耳られているようなものなのだろうか。


 もしそうだとするのならば、山の向こう側の世界は誰が仕切っているのだろうか?


 ちょっと気になるな。


 やはり転生してきた奴らなのか?


 それとも元からこの世界にいる奴なのか?


 いやいや、異星人とかその可能性も捨てきれない。


 いやはや、想像が膨らむ。


 気になるし、確認しにいこうか。


 転生十二戦士なんて放置したって……いや、待て待て。ハヤテだけはどうにかしておくか。


 挨拶もなしに衛星兵器なんてぶっ放してきた奴にきちんとお礼参りはしておかないと。


 それが礼儀ってもんだろう?


 にしても、あの山々は富士山級か? それとも、エベレスト級か?


 人が登れる山なのかが不明だが、俺ならあの山々を踏破できそうだな。


 まあ、やるだけやってみよう。


「……よっと」


 高度が下がってくるにつれて、大陸全貌が見えなくなってきて、俺が打ち上げられたであろう場所が眼前に迫ってくる。


 落下速度が速くなってきているような感覚と共に、地表が迫ってくる。


 俺は体勢を整える。


 俺のスペックなら死にはしないだろう。


「なんだ、あれ? 変なクレーターが地面にできているが……」


 当然のように怪我一つせずに無事に着地した俺は、いつのまにかできあがっていた巨大なクレーターに近づいていった。


 何のクレーターだろうかとのぞき込むと、その中心点に地面にキスをしていて、半ば死にかけているアーリの姿を見つけた。


 どうやら俺の本気を受け止められなかったようだ。


「……大丈夫か?」


「う、うん……」


 言葉では肯定するも、アーリは焦点の定まらない虚ろ目で俺を見た。


 この世界には三途の川なんてものがあるのか分からないが、その川を今にも渡りそうな雰囲気さえあった。


 戦闘力に差があるのだから、こうなってしまうのは当然なのかもしれない。


「また力をわけてやろう。起きろ、アーリ」


 俺はアーリに施されている隷属の印の前に手をかざした。


 するとみるみるうちに、アーリの傷が癒えて行くではないか。


 治療というよりも、これは交換可能なあんパンの顔を持つ正義の味方に新しい顔を渡しているかのようだ。


「ふふっ、私がこれしきのことで死ぬと思ったか?」


 一瞬にして体力が全快したのか、むくりと立ち上がり、腕を組んで偉そうにそんな事をアーリがほざいた。


「アーリは弱っちいんだから無理はするなよ。下手したら死ぬぞ」


「こうして生きているではないか?」


 ない胸を張って粋がるのは、魔王であった頃の名残なのか?


「そこの二人。そろそろバカップルぶりを晒すのを止めるのである」


「「誰がバカップルだ!」」


 俺とアーリがほぼ同時に叫んで、ワーキュレイに抗議の視線を同時に送ると、心外な、と言いたげに眉間に皺を寄せた。


「警戒するのである。誰かが来たのである」


「「何?」」


 今度も俺とアーリが寸分違わぬタイミングで、こちらへと歩いてくる人影に顔を向けた。


 ワーキュレイの言う通り、何者かがこちらへと歩いてきていた。


 ハヤテか、と思ったのだが、そうではなさそうだった。


 ファンタジーの世界で御姫様が着ているような綺麗な純白のドレスを着た女が一人、ふらふらとした足取りで俺達が目的であるかのように向かってきている。


「何者だ?」


 俺がつい口に出してしまうと、


「あれは、亡国の姫君である」


「某国?」


「滅びた王国である。チャリオンに居城を構えていたチャリオン王国である。その王国は一瞬にしてハヤテによって滅ぼされたのである」


 創造主が言っていた転生十二戦士を召喚したとかいう奴らがいた王国か。


 そんな奴らを抱えていたから、ハヤテに叩き潰されたんだったかな?


「そこの姫君がどうして一人でこんなところをふらふらしているんだ?」


「不明である。国が滅びた後、ムーニャオ姫はハヤテの側室となったと聞いているのであるが……はて?」


 側室……ね。


 俗に言うハーレムとはどう違うのかな?


「ハヤテ・バーレンシュタイン様がお話をしたいと仰っています」


 ムーニャオ姫は俺達の前で立ち止まって、感情がなくなっているかのように抑揚なく言う。


「話だと?」


 どうやって話をするのだろうか?


 俺は何か通信機でも持っているのかと思って、ムーニャオ姫の全身をなめ回すように見つめるも、それらしき物は持っていなかった。


 年頃は俺と同じか、一、二歳ほど年上といったところか。


 それなのに、その瞳は死んだ魚よりも酷く、色が皆無であった。


 美しいドレスを着てはいるが、その肌には至る所に痣があったり、切り傷があったりと見ているだけで痛々しいほどだ。


 生きてはいるが心も魂も死んでしまっている……そんな印象を俺は受けた。


「はい」


 生気のない声でそう返答すると、ムーニャオ姫の前に何やら四角い画面のようなものが投影された。


 これも未来の技術なのか?


 そして、その四角い画面にニコニコと微笑んではいるが、目が全く笑っていない若い男が映し出された。


 何もない空間に映像を映し出すプロジェクターのようなものなのだろうか?


「やあ、僕はハヤテ・バーレンシュタインだ。よろしくね」


 随分と気さくな話しかけたをするものだな、と思いながら、


「俺は氷川三太だ」


「ふむ、サンタさんか。君もあれだろう? 異世界から転生してきたんだろう? 奇遇な事に僕も異世界から転生してきたんだ」


「さいですか」


「異世界は良いところだよ。みんな弱いからさ、支配し放題だよ。虐殺したって許されるし、奴隷みたいに使役したって許されるし、元いた世界とは比べものにならないくらい自由に満ちた国だよ。昔のアメリカなんか目じゃないくらい自由なんだよ。君もその自由を謳歌してみないかい?」


「……はい?」


「僕なんかさ、小国を攻め滅ぼして、生き残っていた奴ら全員を串刺しにして晒したりして楽しんでいるんだ。そんな事をしてもさ、誰も僕を裁けないんだよ。凄いよね! しかも、女は抱きたい放題だよ。気に入った娘がいれば献上させればいいんだから。もし断ってきたら、一族郎党を縛り首にすればいいしね。そうすれば大人しくなるんだ」


 創造主の言っていた通りだ。


 こいつは生理的に無理だ。


 自分のわがままで人の命を奪い、それを嬉々として語る、この男は何なんだ。


 はらわたが煮えくり返ってくる。


「……何が言いたいんだ、お前は」


「是非会いたいんだ。そして、異世界に召喚された者同士、話し合いをしよう。きっとわかり合えるはずだよ」


 ハヤテは満面の笑みで言うも、やはり目が笑っていない。


 きっと分かりあえねぇよ。


 俺は心の中で毒づいた。


「……分かった」


 この世界の情報を聞き出したいし、その申し出に乗るとしようか。


 俺とこいつとは必ず決別するだろうから、その時に全力でぶちのめせばいいか。


「嬉しいな。じゃ、待っているからよろしくね」


 そこで話が終わるのかと思ったのだが……


「あ、そうそう。その女、殺しておいて。ホント、つまんない女なんだよ。僕の事を拒否するし、いくら拷問しても僕に心を開いてくれないし、つまなくてね。だから、処分しておいて。頼んだよ」


 言いたい事を一方的にまくし立てた後、映像が途切れて、空中に映し出されていた映像が消滅した。


「……殺してください。あの男の手にかかって死ぬのは、私の本望ではありません。ですから、あなたが殺してください」


 ムーニャオ姫の瞳に闇が広がり始めていた。


 絶望か。


 このお姫様は絶望の淵に今もいるのか。


「俺がそんな提案を素直に受け入れると思っているのか?」


「殺してください」


「俺がこの拳であのハヤテとか言う奴をぶん殴る。その時にまだ死にたいと思っていたのならば、同じ事を言えばいい。その時は考えてやってもいい」


 

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