12
ここは西部劇の世界か何かですか?
城塞都市チャリオンに入った俺はそんな事を口走りそうになった。
城門が開けられており、俺達は普通に都市内部へと入る事ができたのだけど、入ってみて、俺は思わずその目を疑いそうになった。
街に活気が全くないのだ。
人は出歩いてはおらず、閑散としているという表現がぴったりとしている。
それだけなら、元いた世界のシャッター街とかそんなふうに比喩したのかもしれないが、街が静まりかえっている上、つるし首にされている人達が広場で放置されていたのだ。
西部劇でしか見た事のない光景に、俺はハヤテという男の闇を改めて感じ取った。
恐怖政治だ。
処刑した人達を見せしめにすることで、死と隣り合わせで生きている事を知らしめ、死の恐怖によって人民を支配しているのではないだろうか。
ハヤテはぶん殴るだけじゃ済まなそうだな。
「ムーニャオ姫、ちょいと訊きたい事があるのだが」
ムーニャオ姫は左足を引きずるように歩きながらも、俺達にずっと付いてきていた。
足が悪いのかもしれないと思って、俺は歩く速度を抑えてゆっくりと歩いている。
「……何か?」
「ハヤテは王としてどうなんだ? 評価が知りたい」
「私利私欲で動く王とも呼べない、哲学のない男です」
「……そうか」
政治に対する哲学がないから、こんな疲弊しきった殺伐な街になったということか。
良き王という回答を得たらどうしようかと思っていたが、この様子なら何ら問題なさそうだ。
ハヤテを叩きつぶしたとしても。
しばらく歩いて行くと、街中にギリシアの宮殿の似た建築物が現れた。
「ここにハヤテの住処です」
ここが終点ですと言いたげにムーニャオ姫が告げた。
パルテノン宮殿のようにドーリア式建築物で、列柱は短くてさほど装飾が施されていない石の柱が屋根を支えていた。
衛星兵器やらを使っていたというのに、住処がギリシア時代の宮殿を模したものとは趣味か何かなのだろうか。
「さてさて、ハヤテとご対面といきますかね」
俺は礼儀なんてどこ吹く風といった足取りで宮殿の中へと入っていった。
宮殿内は外装とは趣が異なり、現代風となっていた。
空調が効いているのか涼しすぎず暑すぎず、適度な温度湿度になっていて、居心地がいい。
内壁には俺の知らない技術が使用されているようで、左右も壁、床、天井に至るまで雄大な自然の映像が流れていた。
まるで自然の中に立ち入ってしまったかのような臨場感があり、空調のせいなのか、それとも、そういった効果を出せる装置がどこかに設置されているのか、森の匂い、河のせせらぎ、動物の息吹などが五感に伝わってくる。
「……は、裸?」
どこをどう進めばいいのか迷ってしまいそうになったのだけど、途中から道しるべであるかのように、左右に少女達が並ぶようにして立っていた。
裸に薄い白い布のようなワンピースを着てはいるが、その布が薄すぎるからなのか肌が透けて見えており、胸から陰部までもが隠しているようで隠すことができずに露出しており、裸でいるのと遜色ない格好をしている。
意識しなくても見えてしまうからか、目のやり場に困る。
これがハヤテの側室とやらなのだろうか?
側室というか、ハーレムだな、これは。
「いやらしい目つきをしているな。鼻の下が伸びている」
俺がそわそわしている気配を察知してか、アーリがさりげなく苦言を呈してきた。
「いや……」
とはいえ、見たくもないものもある。
裸の女性を見るのは、男としては嬉しい限りだ。
だが、それが並んでいる少女達が一様に死んだ魚のような、あるいは、絶望に染まった瞳をしているとなると話は異なる。
そんな目をしているのを知ってしまった時点で、正視できなくなってしまう。
元いた世界では、俺がそんな目をしていたからだ。
「ようやく来たか。僕をどれだけ待たせたら気が済むのかな」
モニターで見たハヤテ・バーレンシュタインは、一番奥に鎮座していた。
趣味の悪い、純金でできている上に、宝石などをちりばめた椅子にふんぞり返るように腰掛けていた。
例の目が全く笑えない微笑を浮かべて、俺達を迎え入れた。
「これでも早く来たつもりだったんだけどな」
「そんなお荷物みたいな連中を引き連れている君が悪い。そんな奴らなぞ捨てて一人で走ってくれば良かったのにね」
「誰がお荷物ですか、誰が」
何を言っているんだ、こいつは?
「半導体の『は』の字も知らない上、義務教育程度の知識しか持たないのに大賢者などと名乗っているゴミクズ」
大賢者ワーキュレイの事か。
当のワーキュレイは意に介していないようで、すまし顔でハヤテに視線を送っていた。
なんだ、その言い方は。
「魔王と名乗っていながらも、僕達の前じゃ雑兵と大して変わらない雑魚」
第四魔王アーリの事だというのか?
当のアーリも何ら反論する気概がないと言いたげに腕を組み、やる気のなさそうな態度を取っていた。
「小国の姫様で、ただプライドが高いだけの腐れ女」
それは、ムーニャオ姫の事だというのか?
ムーチャオだけは違った。
これまでに味わった恐怖を再体験しているかのように、視線が右往左往に彷徨い始め、ガタガタと身体を震わせ始めたのだ。
「そんな奴らをお荷物と言って何が悪いんだい?」
悪びれた様子は全くなかった。
そんな態度を取っていることさえ許容できなくなっていて、俺の怒りゲージが貯まりすぎていて、いつ爆発してもおかしくはない一歩手前のような勢いであった。
ハヤテの顔を見ているだけで怒りがこみ上げてきて、我を忘れそうになる。
怒りの赴くままに行動して、その頬にこの拳をぶちこんでやりたいくらいだ。
「……あれ? でも、その腐れ女、殺しておいてって言ったはずだよね? どうして生きているの? もしかして、下心でもあるの?」
「……はい?」
ハヤテが椅子の肘掛けに両腕を乗せた尊大な態度を取るなり、下卑た笑みを浮かべて、にやつき始めた。
何か良くない事を企んでいるのだろうか?
人をこんなにも見下した態度をとりやがって、もう我慢できなくなっているんだが。
俺の拳がこいつを殴りたくてウズウズしてきてやがる。
「ムーニャオ、服をその身体をその人に見せてあげなよ。お前のその身体を見れば、男なら萎えちゃうだろうな。ほら、見せてあげなよ。そうすれば殺してくれるよ。あはっ」
何が可笑しいんだ。
俺はもうこいつの言動にいらだちを募らせ始めていた。
「……は、はい」
最後まで拒絶したと言っていたムーニャオだったが、ハヤテの言葉を素直に受け入れたかのように俺の前まで出てきて、何の躊躇いも見せずにドレスを脱ぎ始めた。
「な、何を?」
ムーニャオ姫の心理状態が全く読めない。
そうする事に何の意味があるというのだろうか?
一糸まとわぬ姿になったムーニャオ姫を見て、俺は思わず目を背けそうになった。
だが、目を晒すことが彼女を深く傷つけてしまうのではないかという思いにとらわれて、視線を固定させたかのように彼女をじっと見やる。
ただ鞭で打たれたとか、そういった拷問による傷であったとしたら、どれほど良かっただろうか。
背中やお尻やお腹にまで焼き印を押された跡があるだけではなく、臓器の合間を上手く貫通させたかのような刺し傷が至る所にあったり……いや、言葉にすることも厭うような傷跡が至る所にあった。
ムーニャオ姫が死にたいと言っていた理由が否応なく分かってしまった。
「どうだい? 芸術的な拷問の仕方だろう? 死なない一歩手前のところで止めるのは難しくてね。結構な人数を加減が分からずに殺しちゃったんだけど、慣れるとこういうふうにできるんだよね。うん、経験っていうのはいいもんだね。わかるか……」
その時、誰かが『くしゅん』と小さなくしゃみをしたからなのか、ハヤテの口がきつく閉ざされた。
「誰が僕の会話の邪魔をしていいと言った!」
憤怒の形相で怒声を上げるなり、ハヤテは椅子から勢いよく立ち上がった。
宮殿内の空気が一気に殺伐としてきて、並んでいる少女達から緊張とも恐れとも取れる空気が流れ始め、幾人かが身体を震わせているのが分かった。
「出てこいよ、虫けらが! 虫の分際で僕の会話に割って入ってもいいと思っているのかよ! 出てこいよ、おら!」
ハヤテの人相が一瞬にして崩れて、悪魔のように歪んだ顔をしながら怒鳴り散らしていた。
たかがくしゃみ一つ程度でこの怒りようはない。
こいつはやはり王の器なんて持っていやしない。
ただの小物だ。
「わ、私です……」
並んでいた少女達の中から一人の少女が震えながら出て来て、ハヤテの前でそれが必然であるといいたげに土下座をした。
「ご、ご容赦ください、ハヤテ様……」
少女の声が震えていた。
恐怖からなのだろう。身体ががくがくと震えていた。
「はあ? 踏みつぶそうとしている虫けらが命乞いをしたら、助けるか? 助けねぇで潰すよな? そうだろ? あああん? 分かっているのかよ」
ハヤテは土下座している少女の頭を踏みつぶさんばかりの勢いで踏みつけながら、冷笑を浮かべていた。
少女はただただ身体を震わせるばかりで、許しを請おうともしていなかった。
「仕方ねえな。縛り首で許してやるよ。明日、お前の家族……いや、親戚も含めて全員縛り首だ。それで許してあげるよ。僕って心が広いな」
名案を思いつきましたと言いたげな口調、そして、今度は目も笑っている微笑。
そんなゲスな表情を目の当たりにした瞬間、俺の中で何かが切れた。
「……その足をどけろよ」
「は?」
俺の声が上手く聞き取れなかったからなのか、ハヤテはひょっとこみたいな珍妙な表情を見せた。
「その足をどけろと言ったんだ」
「……決別か」
ハヤテは少女の頭から足を離すなり、後ろへ飛んで、器用にも趣味の悪い椅子にすっぽりと収まるように座った。
「僕を倒そうっていうのかい? ちゃんちゃらおかしいね」
挑発的な態度は何か切り札があるためなのだろう。
その切り札が何かは分からないが、そんなのはその切り札とやら登場した時にどう対処すべきか決めればいい。
「ムーニャオ姫、服を着てくれ。こんな小物のために苦しむ必要なんてものはない」
「……は、はい」
ムーニャオ姫が驚きの色を見せながらも、いそいそと服を着直した。
拒絶したり、嫌われたり、蔑まされたりされると思っていたのかもしれない。
俺はそんな事をしやしない。
今まで拒絶されてきた以上、そう簡単に相手を拒絶したりはしない。
そんな事をしてしまうようでは、俺の拒絶してきた奴らと同等であると認めてしまうからだ。
「ぶん殴るだけに済ませようと思った俺が馬鹿だった。この世界から消滅させてやるよ」
「ははっ、やれるものならな!」
ハヤテは嘲笑を口元に刻み、小馬鹿にするように高笑いをした。
拳をぎゅっと握りしめて、俺はハヤテにぶん殴ろうと地を蹴った。
「ッ!?」
ハヤテが間合いに入った瞬間、何故か俺が弾き飛ばされた。
何が起こったのか掌握することができず、俺は一瞬だけ呆けたような表情をしたかもしれない。
「僕を殴れると思っているのかい? そう思っているのだとしたら、抱腹絶倒ものだね」
地に膝をついている俺を見て、ハヤテがニタニタ笑っている。
目に見えないシールドでも張り巡らせているとでも言うのだろうか。
「僕の絶対防壁を破らない限り、僕は殴れないんだよ。あはっ」
「手の内をひけらかすなんて愚か者のすることだ」
「はあ?」
防壁か。
ならば、破る事は可能だろう。
「……はぁ」
俺はため息を吐いて立ち上がった。
「オリジナリティがない奴を恨むべきか、感謝すべきか……」
身体についたかもしれない埃を手で払いながら、
「二百倍……か」
ブルーの形態になって、再び地を蹴ってハヤテへと向かっていった。
「学習能力のない愚か者だね、君は!」
数瞬後には、絶対防御とやらを体当たりだけで突破して、俺の事を嘲るハヤテの右頬に俺の右ストレートを叩き込んでいた。
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