最終話
「お初にお目にかかる。私が第五魔王ジャケエ・タマトルスという者です。どうぞお見知りおきを」
ジャケエは俺に会うなり、深々とお辞儀をした。
その作法はなんていうか、執事とかそれ系に近い。
第五魔王ジャケエ・タマトルスが来たというので、ハヤテの宮殿の中で一対一で会うことにした。
魔王というならには、ゴツい奴が来るのかと思ってたらそうではなかった。
髪型はオールバックで、小さな丸眼鏡を鼻にかけた、インテリ系執事といった外見の男だった。
こいつが第五魔王ジャケエ・タマトルスなのか。
見た目は弱そうじゃないか?
「麗しきアーリの導きによって来てみたら……」
ジャケエは俺の事を値踏みするように目を細めて見てくる。
俺では不満というのか、こいつは?
断ったりしないよな……。
「私の主に相応しいお方を紹介するとは……。麗しきアーリはやはり麗しい……」
「はぁ」
「今日からあなた様が私の主です。なんなりとご命令を」
「……はい?」
なんでそうなる?
こいつ、チョロインの亜種みたいなものなのか?
「オーラが邪神様のレベルを軽く凌駕しております。そのような方に従わないのは、私の主義に反します。だからこと、あなた様が私の主であると運命的に悟りました」
「ようは……鞍替えって事なのか?」
「物は言いようです」
「俺が主っていう事でいいのか?」
「はい」
「アーリから聞いているとは思うが、お前には任務をやろう。このチャリオンを統治して欲しい。以前統治していたハヤテとは違う人心を圧迫ではなく、寛容さで治めて欲しい。それができるか、お前には?」
どう統治するかは、第五魔王ジャケエ・タマトルスに任せるとしようか。
こう言っておけば、ハヤテのような圧政になる事はないだろう。
「承知しました。善王であれ、と」
「ああ」
「大悟魔王であり、善王ある……ですか。難しい提案をなされる」
「まあな。アーリの推薦だ。できないワケはないよな?」
「……必ずや私の主様の望む通りの王国してみせましょう」
「頼んだぞ」
「はい」
アーリの推薦で、こうも上手くチャリオンの件が片付くとは思ってもいなかったな。
憂いは絶てたし、これで俺はお気楽な気分で山々の向こうへと行けるかな。
* * * *
人々が寝静まった真夜中。
俺は抜き足差し足で宮殿を抜け出し、誰にも見られないよう、誰にも気づかれないよう警戒しながら、城塞都市チャリオンを抜けだした。
「……ふぅ」
その甲斐あってか、俺にも声をかけられず、誰の目にもとまらずにチャリオンを抜け出せた。
俺は城門を出てのすぐのところで立ち止まり、これからの事を思案する。
色々なものから逃げる事になってしまうが、これでいいんだ。
折角異世界に転生したのだから、何事にも縛られずに俺はお気楽娯楽に旅をしたいんだ。
「さて……」
どこをどう行けばいいのかな?
まあ、道があればその道を進み、道がなければ道なき道を行けばいいか。
俺が目指す山々はどこからでも見ようと思えば見える事に気づいたし、その山々を目標に進んでいけばいいんだ。
「予想通りである」
「な? 言った通り、一人で旅に出ようとしたな」
「ええ、女を捨てて逃げるなんて極悪非道ですね」
「はい」
聞き覚えのある声音がどこからともなく響いてきて、俺は鼻白んだ。
真夜中に俺が抜け出す事が予想されていただと?!
声がした方に身体を向けると、案の定、アーリ・アーバンスタイン、ワーキュレイ・シュトラバス、ムーニャオ姫、ハーブ・ターネットが旅を想定した格好にいた。
荷造りもしっかりとやっていたようで、四人は小さな荷物を担いでいる。
「俺は一人で行きたかったんだが……」
この世界を救うために転生させられたけれども、俺にはその気が全くない。
だから、俺はこの世界を見て回ろうかと思っていた。
もちろん一人で、だ。
「……悪くはないか」
四人の女の子に囲まれながら世界を見て回るハーレム状態の旅も面白いかもしれない。
そうだな。
この異世界を楽しまないと。
十数年引きこもっていた無駄な時間を取り戻すために、世界を見て回って、それで……
俺は何かを得られるのだろうか?
何も手に入れられなくてもいい。
こいつらと楽しく過ごせればいいか。
苦しい時もあるかもしれないが。
悲しい時もあるかもしれないが。
嬉しいときがあるかもしれないが。
「付いてきたいなら付いてこい。何が起こるか分からない、命を落とす事になるかもしれない予想不可能な旅だけどな」
俺は四人に笑顔を向けるなり、遙か彼方にそそり立つ山々を見据えて、ゆっくりと歩き出した。
異世界救世の転生なんて御免蒙る。故に俺は異世界を見て回る。
―――――――― 第一部 完
異世界救世の転生なんて御免蒙る。故に俺は異世界を見て回る。 佐久間零式改 @sakunyazero
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