06



「必ずしもそうと言えるものでもない」


 この世界が、俺の元いた世界よりも劣っているかと言えばそうでもない。


「何故そう考えるのである?」


 ワーキュレイは当然の疑問を口にする。


 もしやハヤテなどの持つ文明の力に劣等感でも抱いたとでもいうのだろうか?


「魔法もそうだが、俺達がいた世界の文明も一概には万能とはいえない。例えばそうだな……」


 俺はマッサージチェアの電源をオフにした。


「俺を空に打ち上げる時に使った魔法なんて、その主たるものといえる。俺達の文明では、重力を一時的に無効にする芸当は早々できるものではないんだよ。それができるっていう事は、さっきの魔法は俺達の文明よりも抜きん出ていると言えるんだ」


「ふむ」


「しかし、ワーキュレイの頭脳よりも膨大な知識を蓄積したりする機械という奴が、俺達の文明にはあるんだ。コンピュータとかいう奴なんだが、下手すると、人間数万人の知識などを蓄積することができたりするし、機械が自ら何かを考えたりすることができていたりする」


「書籍とは異なるものなのであるか?」


「ああ。本とは比べものにならないくらいの膨大なデータが保有する事ができるんだ。ハヤテのいた世界は俺がいた世界よりも未来の世界だと思うんだが、おそらくは量子コンピュータなんてものまで発明されていていそうなんだよ。その量子コンピュータというのは、俺のいた世界の文明なんてものを過去にするほどのものだと思っていいんだが、そんなものがあったから、ワーキュレイのことを見下していたんだと思う。量子コンピュータと比較してしまえば、人一人の知識なんて高がしれているって感じでな」


「コンピュータというものは、余のような大賢者に頼らずとも知識を保有できる本とは違う媒介という認識でよいのであるか?」


「ああ、そんなところだ。まあ、何にせよ、この世界と俺の元いた世界では甲乙付けがたい。あちらのある物がこっちの世界にはないなんていうものもあれば、あちらの世界にないものがこちらの世界にはある。つまりは……どっちが優れているかだなんて言えないんだよな」


「……ふむ」


 ワーキュレイは俺に近づいてくるなり、何を思ったのか、マッサージチェアに腰掛けている俺の上にちょこんと座った。


 もちろん、裸のままだ。


「何故座る?」


「お主には余の知識が必要だと思うのであるか? それとも不要であると考えるのであるか?」


 ワーキュレイは俺に背中を預けるように深く座る。


 直接ワーキュレイの肌が触れているからなのか、温かみが直接伝わってくる。


 意外と体温が高いからなのか、生命の主張というべきなのか、自分の体温が上昇してくるような気さえする。


「……知識、か。そういえば……」


 そうだ。


 俺はその一言で、この城塞都市チャリオンに来ようと思った理由をようやく思い出した。


 この世界の知識が欲しく、何か情報が得られるのではないかと思って、最寄りの都市へとアーリに案内してもらったのだ。


 それがたまたまこの都市であった。


「必要だな。この世界について、俺はまだ何も知らない。何もじゃなくて、何でもだ」


「ならば、余が同行するのである。それが一番であると思うのである」


「そんな事をしてもいいのか? 大賢者とはいえ、この世界には必要なんじゃないか?」


「もう不要に等しいのである。転生十二戦士が出現した時点で、余は過去の人物に成り下がっているのである。今更必要とする者もいないである」


「……そうか」


 未来より来たような転生十二戦士がこの異世界に来た時点で、大賢者ワーキュレイ・シュトラバスの立場は凡人と変わらぬようになってしまった。


 だからこそ、不要になったと言える。


 それでいいのだろうか?


「それと、同行する以上は、余の封印はお主に対してのみは解いておくのである」


 ワーキュレイの頬が若干上記したように見えるのは、お風呂にはいっていたせいなのか?


「……何の?」


「子作りである。お主ならば、構わぬのである。今は余を女とは思ってはいないようであるが」


「……はい?」


「反応してないのである。いずれは……。いずれは魅力的でならねばならぬのである。女として……」


 ワーキュレイは俺の膝の上から下りて、脱衣カゴの方へと向かった。


 反応してないだと?!


 ワーキュレイ、君は薄い本の知識を真に受けずに、男というものをもっと知るべきである。


 それが大賢者というものじゃないかな?


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