05
アーリがお風呂場から出て行くと、入れ替わるようにして大賢者ワーキュレイ・シュトラバスがお風呂場に入ってきた。
もちろん、裸でだ。
どういう神経をしているのだろうか、この大賢者様は?
「薄い本はあまり参考にはならぬのである」
いきなり不穏の単語がその口から出て来たので、俺はお風呂へと逃げ込むように入った。
「……それはどんな本なのかな?」
「転生十二戦士のアニメーターことリナ・クレシャントが異世界に輸出しているという薄い本を数百冊見せてくれたのである。その文献を参考に性行為、子作りというものを研究したのである」
ワーキュレイは平然とした表情で、蛇口をひねってお湯をだして身体にかけた。
どうやら、その辺りの作法には通じているようだ。
「……」
もしかして見ていたのか、ワーキュレイは……。
「だいしゅきホールドや、種付けプレスというものは実際には行わないのであるな。正常位やお風呂の中での背面座位など実に見応えがあったのである」
ワーキュレイは素っ裸のまま、俺と向き合うような位置に立ち、昆虫観察か植物観察をしていましたといったような口ぶりで平然と言ってのけた。
「げふっ、げふっ!」
吹き出しそうになるのを堪えるのがやっとだったじゃないか。
「俺達は見世物じゃないし、お子様がじっくり見ていいものじゃないんだぞ。あれは十八禁だ」
じっくりと観察していたのか、この子は!
恐ろしい子!
「しかし、良いものが見られたのである。礼を言うのである。人の生殖行為を見るのは初めてであった。中々に興味深かったのである」
だから、見世物じゃないんだってば。
「……まあ、よくはないんだが」
俺はコホンと咳払いをして、
「それはいいとしてだ。アニメーターって奴は何をしているんだ? 同人誌……いや、薄い本なんかを作ったりして」
とりあえず話題を代えてみようか。
「アニメというものを制作したり、グッズを作ったりし、それを異世界に輸出しているのである。制作委員会なるものに出資もし、異世界の通貨を手に入れているのだとか。余も暇があれば、かの国に赴き、アニメを観賞し、本を読んでいるのである」
「それでアニメーターか。異世界で何をしているんだ、そいつは」
アニメの制作会社みたいなものをこの異世界で構築したというのか。
異世界に来てまで、何故そんな事をやっているのか全然想像できないな。
「アニメーターが統治している国は元々は土地が痩せてしまっていて作物が育ちにくいのである。それに加え、強欲な君主が代々統治していたが故に、貧しい国であったのである。アニメーターはその土地の支配者を滅ぼした後、アニメを作れる職人を諸国から集めると同時に、国民を教育し、国民総アニメーターというものを打ち立てて実施しているのである。そのためか、今では異世界から豊富な食料品を輸入するようになり、潤っているのだとか」
「ハヤテみたいに悪い奴ではないのか」
「うむ、悪い奴ではないのであるが、才能の鬼でもある。故にある意味、恐ろしい奴でもある」
「どんな国か見てみたいもんだ。どんなアニメを制作しているのか興味があるし」
それは純粋な興味だ。
異世界に来てまでアニメを制作しているのなんて狂気の沙汰ではなかろうか。
しかも、それを元いた世界に輸出しているみたいだし、何を思って、何を感じて、何を目業として活動しているのかが。
「ならば、行ってみれば良いのである。修羅場でなければ、気さくに対応してくれるのである」
「……そうだな、行けたら行ってみよう」
「アーリは連れて行くのであるか?」
「……は? なんでアーリが出てくる?」
行為をじっくりと観察していたみたいだから、好奇心に突き動かされているのか?
「第四魔王アーリ・アーバンスタインは一時期自暴自棄に陥っていたと聞いていたのである」
ワーキュレイはただ立っている事に疲れたのか、それとも、身体が寒くなってきたからなのか、ジェットバスの方に入り、ジェット水流を堪能し始める。
「あのアーリが?」
俺には想像できないのだが……。
「ハヤテ・バーレンシュタインと、転生十二戦士のブシドーと名乗る男にアーリの居城は落とされ、部下の半数以上と領民を失い敗走したと聞いているのある。その頃、自暴自棄であったとの話である」
「……そうだったのか」
そんな素振りは見せてはいなかったな、アーリは。
「転生十二戦士の誰かと差し違える事を考えていたとも聞いているのである」
それで俺だったのか?
第一魔王の預言か何かで俺が転生されてくることを知り、俺を倒そうとしていた。
あれだけの部下を俺が殺しながらも、わだかまりがなさそうなのは、皆、覚悟の上での死だったからなのか?
で、俺に半殺しにされた後、隷属までさせられて……。
その時のアーリの心境はどうだったのだろうか。
その後、俺の事が好きになったようなのだが……。
女心は分からんものだな。
女心と秋の空とはこのことか。
「おそらくは隷属の印を刻んだ時に見たのである」
俺の脳内会話を読み取っていたかのようにワーキュレイが俺の思考に口を挟んできた。
そういえば、ワーキュレイとはテレパシーで会話をした事があったな。
もしかして、今の脳内会話が筒抜けだったのか?!
「隷属の印を刻む時、まれに主の記憶を見る事があるそうである。故に、お主の転生前の記憶を見たのではないかと想像できるのである」
「……そんな事があるのか?」
俺の記憶を見たとしても、ああはならないんじゃないか?
糞ニートとしての俺を見たとしてもあざ笑う事はあっても、心を動かされるとかそんな事はないんじゃないか?
この世界を救えるとかいうスペックを与えられて転生させられるような事を、元いた世界でやっていたという覚えが全くない。
本当に無為に、ただただ時間と資源とを浪費させるだけの毎日だったはずだ。
「聞いた事があるだけである。実際にあるのかは体験した事がないので分からないのである」
「……そっか」
やっぱり、女心と秋の空だ。
「何か質問があるのでは?」
ワーキュレイがジェットバスを出て、普通の浴槽の方に入って来た。
ジェットバスに飽きたのだろうか?
俺の方はもうのぼせそうなほどお風呂に入っているせいか、頭がクラクラし始めていた。
このちびっこ大賢者に訊きたい事はあることはあるのだが、今の頭の状態だと肝心な事が訊けなさそうだ。
「俺は風呂を出る。このままだとのぼせそうだ」
俺は立ち上がり、浴槽からゆっくりと出た。
「ならば、余も出るのである。コーヒー牛乳とやら用意してあるそうである」
「なんで、そんなものがある?」
これもハヤテの趣味なのか?
大量虐殺をやっていながらも、ここでは祖国であろう日本を思い出していたってところなのか?
もう倒してしまったが、よく分からない人物なんだな、ハヤテは。
皆の恨みを買うようなクズだったし、詮索する必要など無いか、ただのセンチメンタル野郎を。
「おお、本当だ」
脱衣所にはアーリの姿はなかったが、中央に大きめの水瓶がいつのまにか置かれている上に、水がはられていた。
しかも、丁寧に氷まで入っていて、その中に瓶に入ったコーヒー牛乳が数本平然と入れてあった。
ハーブが用意しておいたのかもしれない。
俺はそのうちの一本を手に取り、キャップをまじまじと見つめた。
この世界の文字が印刷されていたので、俺にはその文字の意味をくみ取れなかった。
製造場所、製造業者などを記しているのであろう事は想像に難くは無い。
この製造技術などを提供したのは、転生十二戦士のいずれかなのだろうか?
だとしたら、感謝したいものである。
「よし」
そして、これがコーヒー牛乳を飲むポーズだと言いたげに腰に手を当てて、一気に喉へと流し込む。
「美味い!」
水分が抜けていた身体にしみこむような美味さであった。
コーヒーという名前が付いていながらも、これっぽっちも苦くはなく甘いだけの珈琲だ。
だが、チープさが逆に雰囲気を出している。
「……ふむ。この飲み物の飲み方の作法はアニメを見て心得ているのである」
お風呂から脱衣所まで身体を拭わないで出てくると、ワーキュレイは俺と同じように水瓶の中のコーヒー牛乳を一本取りだした。
水滴がポタポタと床に垂れてきているものの、ワーキュレイは気にもとめては居なかった。
手ぬぐいなどで身体を隠す風習がないのか、それとも、裸でいる事になんら躊躇いがないのか分からず、目のやり場に困って、俺の方がどうしても鼻白んでしまう。
「……面妖な味である」
俺と同じように腰に手を当てて、手にしていたコーヒー牛乳を一気に飲み干してそんな感想をこぼした。
「どんな味を想像していたんだ?」
どうやらコーヒー牛乳を飲むのは初めてであったようで、
「もっと美味かと思っていたのである。飲んでみると、妙な苦みと甘みが絡み合っていて、舌に残るのである」
「まあ、そんなものだろうな」
俺は備え付けのマッサージチェアに身体を投げ出すように腰掛けた。
そして、電源をオンにすると、さも当然のようにマッサージ機能が動作し始めた。
ここには電気が通っているのだろうか?
それとも、もっと別の何かで動いているのだろうか?
転生十二戦士のせいで大幅な改変でも行われたのだろう。そのせいか、この異世界にはある種の歪さが生じてしまっているのかもしれない。
「お主、余に質問をする前に、一つだけ余の問いに答えて欲しいのである」
コーヒー牛乳の味を再確認するようにもう一本飲み干してから、ワーキュレイがそんな事を言ってきた。
「大賢者様、なんなりと」
マッサージ機能で癒やしを得ながら、俺は気取った口ぶりで言う。
「異世界にいた者に問いたいのである。余の知識は取るに足らぬものであるのか?」
『半導体の『は』の字も知らない上、義務教育程度の知識しか持たないのに大賢者などと名乗っているゴミクズ』
核心を突いているかもしれない、ハヤテのその言葉が今の頭の中でこびりついて離れないような、そんな感覚にとらわれてしまっていたのだろうか?
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