城塞都市チャリオン

01




「私についてこれるかな?」


 アーリ・アーバンスタインは挑発するかのような笑みを浮かべるなり、全速力で駆け出した。


 どうやら、城塞都市チャリオンまで競争したいようだ。


 おや、まあ、元気な事で。


 俺はアーリに傷をある意味治療した。


 その代わりに俺はアーリから何かをもらったような気がしてならない。


 元いた世界ではずっと部屋に閉じこもっていて幽閉生活みたいなものを謳歌していた。


 一人でいる事に慣れ、一人で時間を過ごす事が普通だった日常。


 それをこの世界でも続けていたいかと問われたとしたら、『ノー』と答えるんじゃないかな、今の俺は。


「……悪くはないか。もうやって動かされるってのも」


 この名もない世界を救済なんてする気は今のところない。


 けれども、こういうふうに誰かに半ば強制的に引っ張られると言うべきか、強引に動かされるのも面白いかもしれない。


 ニート生活に飽き飽きしていた事だし、アーリに振り回されたり、創造主のオモチャにされたりする、この状況を楽しみつつ享受すべきか。


 今の俺はフリーダムだし、それでいいんだよな。


「……さて」


 アーリの気まぐれに振り回されますかね。


 俺が主だから振り回される必要はないのだけど、半ば強制的に案内役をやってもらっているんだからお遊びくらいには付き合ってやらないとな。


「俺に勝負を挑むなど愚かな事よ!」


 出遅れた分は全力を出し切ればいい。


 まずは、アーリに追いつく!


 それだけを考えればいい。


 今の俺はどれくらいの速度で走れるんだろうか?


 時速40キロくらいか? それとも、もっとか?


 走ってみれば分かる事だ。


 地面を蹴って、この程度お遊びだよと思えるくらいの速さで走ってみることにする。


「おろ?」


 風景が流れていくスピードが予想以上だった。


 走っているだとか、自転車だとかの流れ方とは異なり、自動車か特急の電車に乗っているかのように風景が移ろいゆく。


 時速50キロ以上は確実だ。


 そのためなのか、風が身体に当たって意外と痛い。こんな速度で走り続けたら、体力的にへばるというよりも、空気の壁をぶちこわしているかのような感覚のせいで疲弊しそうだ。


「……へ?」


「えっ!? 私が吹き飛ばされ……」


 今、先行していたアーリを追い抜いて、風圧か何かで吹き飛ばしたように見えたんだが……。


 衝撃波が発生するほどの時速は……ええと、考えないでおこう。測定なんてこの世界では不可能であろうし……。


「待つか」


 競歩気分でアーリの速度に合わせるしかないようだな。俺が先を急いでも意味がないしな、城塞都市チャリオンがどこにあるのか分かっていないし、吹っ飛ばしたアーリが追いついてくるのを待つ他ない。


「貴様は! 私をどこまで愚弄すれば気が済むのだ!」


 アーリがようやく俺に追いついたようだ。


 当然ながら怒気を隠さずに俺との距離を縮めていく。


「アーリ、お手」


 俺に殴りかからんばかりの勢いで俺の眼前まで来たところで、俺は手を差し出してそう言う。


「……ううううっ!」


 今にも、ぐぬぬと言いそうな表情をしながらも、俺の命令には逆らえないようで、ちゃんとお手をしてくる。


「愛い奴、愛い奴」


 俺はお手をさせたまま、アーリの頭を撫でてやった。


 手入れが行き届いているのか、ふわふわとした髪で、病みつきになる肌触りだ。


「私を犬扱いするな!」


 口をとがらせてはいるものの、まんざらでもなさそうではある。


 うん、隷属させた形になってしまったが、俺とアーリの関係はご主人様と犬といったところかもな。


 愛犬みたいな家族が一人増えたと思えば納得できるし、そう思うようにしよう。


「で、城塞都市はどこにあるんだ?」


「すぐそこにある」


「そこか……」


 俺はそう言いながらも、アーリの頭をなで続けていた。


 この感触、癖になる。


 何故か犬とか猫とかを無意識になで続けてしまう、アレそのものだ。


「や、止めないか!」


「ああ、すまない」


 凄い形相で睨んできたものだから、俺は手を離した。


 どうやら、俺の手をはねのけたりすることはできないようだ。


 これも隷属の紋章の効果によるものなのだろうか?


「ついてこい、もう少し進めば城塞都市の姿が拝めるはずだ」


 不服だったのかアーリは頬を含ませて、ぷいっと俺から顔を逸らすなり、再び走り始めた。


 とりあえず、ゆっくりとした足取りでアーリを追うことにした。


 これから追い越したいはできない……はずだ。


「あれは……城塞都市と言うよりも……」


 アーリの言う通り、十分ほど歩いたところから城塞都市の姿を拝むことができたのだが……


「あれは……戦艦か?」


 中世都市にありそうな、これでもかと城壁を高くして、城門からの出入り以外はできないといった難攻不落の都市を想像していた。


 現実はそうではなかった。


 本来ならば近現代の戦艦に搭載されているような主砲が何基も城壁の付近に設置されていて、その様相は荒れ地に乗り上げてしまって動けなくなった軍艦といったところだ。


 何故、この世界に、俺が元いた世界にあったような主砲なんてものがある?


 俺がいた世界並の科学技術力があるとでもいうのか?


「あれが城塞都市チャリオンだ。我ら魔王軍を虐殺して楽しむ王ハヤテ・バーレンシュタインの居城だ」


 自虐的に笑いながらいうアーリの言葉を俺は聞き間違いかと思った。


『虐殺して楽しむ』


 それはどういう意味なのだろうか?




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