03
『相手はスーパーのような外見をしているね。これは愉快愉快』
空から垂直落下して、俺を両足で踏みつぶそうとしていたアーリ・アーバンスタインを片腕で受け止めてはねのけると、頭の中で創造主の愉快そうな笑いと声とが響いた。
スーパー?
スーパーマーケットか何かの事か?
いや、そうじゃなさそうなのは明白だよね?
なんかとてつもなく嫌な予感だするんだが……。
『スーパーの次の形態といえば、ブルーだよね。君には、そんなブルーになれる能力を与えてあるんだよ』
はい?
地面に着地するなり、俊敏にも飛びかかってきたアーリを右手だけで振り払いながら、俺は創造主が何を考えているのか不安になってきただけではなく、こんな奴に転生させられた事に絶望しかけていた。
「スーパーなんとか人ブルーかよ!」
そう叫びながら、創造主の言う形態になれるかどうか試行錯誤した。
いや、試行錯誤なんてする必要はあまりなかった。
おへその辺りに意識を集中させて、身体の深淵にある力を解放する事を頭の中でイメージした瞬間、身体から蒼穹色のオーラが全身から立ち上った。
「ああああ!! 糞創造主が!」
身体から湧き上がるオーラと共に、源泉の分からない力が際限なくあふれ出てくる。
「戦いの最中に独り言とは私をバカにするにもほどがある! 私との戦いに集中しろ!」
アーリが額に血管を浮かび上がらせていそうなほどの怒気をはらんだ声を上げながら、俺へと向かってきていた。
「ちょっと黙ってて! 今、大事な話をするところなんだ!」
アーリの眼前まで数瞬で移動し、
「ッ?!」
俺が唐突に眼前に現れて驚き顔になっているアーリの額に手加減をしたデコピンをかました。
軽い気持ちでやったのにも関わらず、アーリの華奢な身体はバットで打たれたボールであるかのように勢いよく飛んでいった。
地面に一度、二度、三度、四度と打ち付けられるも止まらず、十何度目かにしてようやく地面にしたたかに打ち付けられるようにして止まった。
「……おいおい」
アーリがむくりと起き上がるかと思って見ていたのだが、ピクリとも動かず、あの攻撃だけで絶命させてしまったのではないかと不安になってきた。
手加減をしたつもりではあった。
だが、この威力はどうだろうか?
これがブルーという形態での戦闘力とでもいうのだろうか?
創造主との対話は重要ではある。
さりとて、多少は対話を中断させても問題はなかろう。
アーリの事が気になって、一目散で倒れているアーリに駆け寄ると、虫の息と言った表情をして仰向けで横たわっていた。
「おい、大丈夫か?」
声をかけた事でようやく俺が傍まで来たのに気づいたようではあったが、身体や顔を動かすのさえ辛いのか、目だけを動かして俺の事を虚ろな瞳で見つめる。
「……こ、殺せ……」
風でかき消されてしまいそうなほどのか細い声だった。
たかがデコピンなのに、この威力は如何なものか。
下手したら、このまま絶命しそうじゃないか。
『説明させてもらうと、君の素の状態での戦闘力は53万だ』
創造主の無邪気すぎる声音に俺はいらつき始めていた。
『ブルーはその戦闘力から200倍くらいになるよう設定しておいたんだ。どう? 強いでしょ?』
無邪気さの中にある隠しきれない悪意というべきか悪戯心というべきものに胸くその悪さを感じ取っていた。
「ふざけんな! そんなパクリ設定を俺に与えたのかよ! 創造主ならもっと独創的なスペックを与えろよ!」
心の声で返せばいいのだろうけど、それでは俺のこの憤りが伝わらないような気がして、俺は大声を張り上げて、創造主に抗議していた。
『あれ? 不満だったかい? 最近のお気に入りの設定を盛り込んだつもりだったんだけど、もっと数値をインフレさせた方が良かったかな?』
この様子だと、創造主に悪意はなかったのかもしれない。
「違う! 俺をオモチャにしている事に怒っているんだ! 俺の設定で遊びやがったな、お前は!」
創造主だからおそらくは世界を創った後、時間を持て余すようになったのだろう。
そこで、時間を潰すために、人類やらなにやらが創り出したフィクションものに手を出しているのかもしれない。
で、そういったものの中で惹かれた設定を俺に付与した、と。
そんなところだろうか。
創造主としては最高だと思っていたとしても、俺にしてみれば最低だ。
ようは、俺は創造主のオモチャの一つとしてしか見られていなかったということだ。
『まあ、君の予想通りなんだけどね。すまないね。オリジナリティがなくて』
俺の思考の流れを全て読んだのか、そんな事を言ってくるも、反省の色は全くなさそうではあった。
「オリジナリティ云々は、後で問い詰めるとして、だ」
俺は今にも死にそうなアーリを見下ろした。
「おい、創造主。このちっこいのを助ける方法はないのか? このまま死なれてしまっては、お前の思い通りになるから嫌だ」
『助ける方法か。それはとても簡単な事だ。アーリ・アーバンスタインを隷属させてしまえばいいんだよ』
隷属。
それは『てした』『部下』という意味であったはずだ。
ようは、このこっちいのを手下にしてしまえばいいというワケだな。
「何か特別な方法でもあるのか?」
『君が倒したアーリの部下達の額に変な紋章があったのは覚えているかい?』
「そういえば、全員にあったな。変なだなと思ったが……それがどうかしたのか?」
『あれは隷属の印なんだよ。あの印が施された者は、主に対して精神的にも肉体的にも絶対的な服従をしなければならないんだ。その対価として、主から力を得る事ができるんだ。その力というのは、回復も含まれるからね。君が主になれば、今の状態からの蘇生くらいできるんじゃないかな』
「……ほぉ。その隷属の印とやらはどうすれば記す事ができるんだ?」
アーリをこのまま死なせるのは、創造主の言われるがままに何かを為そうとしているようで本当に嫌だ。
『アーリの額に手を当てて、イメージすればいい。そうすれば、烙印を刻む事ができるはずだよ』
こんな糞みたいな創造主の導きによって世界を救うなんてまっぴらごめんというのが根本にはある。
創造主に言われるがままに世界を救うなんて事はしたくはない。
もしこの世界を救うのならば、俺自身がそうすることを望んだ時に救うべきなのだ。
『そうだね。この世界の生殺与奪の権利は君に委ねよう。無償というのが嫌というのならば、この世界を救った時、元の世界に転生させてあげよう。これはとても良い条件だと思うのだけれどもどうかな?』
考えている事を全て読まれるのはゾッとするが慣れるしかないか。
「そんな条件ならば、一生この世界を救わない。絶対に救わないからな。断言しよう。俺は必ずこの世界を救わない。どんな事があっても見捨てるからな」
俺はそう断言した。
あんな世界に帰るなんて御免被りたい。
強制的に戻されてしまうのであれば、こっちの世界でふらふらしている方が数百倍もマシだろうし。
「さて……隷属の印……ね」
かがみ込み、アーリの方へと手をかざす。
「確かに額に手を当ててって言ってたな」
言われた通り、かざした手を今にも息絶えそうになっているアーリの額に押し当てる。
「隷属の印とやらをこのちっこいのに……」
そんな言葉を発した時であった。
手の平がほのかに光るなり、俺の手そのものから光が発せられ、即座に手の形をした光の柱が天へと昇っていった。
「……なんだ?」
かざしていた手を引っ込めると、創造主の言っていた通り、アーリの額には紋章のようなものが刻まれていた。
ただし、俺がさっき見たものとは微妙に異なる。
俺の勘違いかもしれないが、形か何かがやはり異なるような気がするのだ。
『成功したようだし、後は君の好きなようにやっていいよ。君を選んだのはどうやら正解だったようだからね。君を見ていると飽きる事はなさそうだし、この世界を救いたければ救えば良いし、救いたくなければそのままでもいいし、後は君に任せるよ』
「いいのか? この世界を救わなくてもいいのか?」
この世界のために俺を転生させたんじゃないのか?
『本来、救いとは他者からもたらされるものではないからね。自ら勝ち取るものでもあるんだよ』
今の言葉が俺の心にグサリと刺さったんだが……。
『本とか、ゲームとか、映画とか見ているから何かあれば声をかけてよ。寝てなければすぐに返事をするよ』
「随分とお気楽な創造主だな」
『世界を創っちゃってからは、何もやることがなくて暇で暇でね。娯楽がなければ暇で死んでしまった事だろうよ。だからね、君に期待することにしたんだ。きっと楽しませてくれるって』
「創造主の期待には応えられないと思うぞ、俺程度では」
『楽しめるか楽しめないかを決めるのは君じゃない』
「……俺はつまらない人間だけどな。十数年もニートしてたしさ。えん罪事件で心が折れたしさ。人としてイマイチなんだよな」
『だから言っているだろう? 決めるのは君じゃない』
「そうだったな」
『それじゃ健闘を祈るよ。君も楽しむといい。今を楽しめないような人物は、未来も過去も楽しめない』
「おうよ」
俺をこの異世界に転生させた創造主が許可をしてくれたんだ。
この世界では好きにやらせてもらおうか。
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