第11話 お煎餅の事情 前編

「酷いニャ酷いニャ!どうして嘘なんてついたニャ!君、ボクの事が見えているニャ。それなのにデタラメ教えるなんて、何を考えてるニャ!ご主人様は、あんなに必死になってボクの事を探しているのに。君は酷いニャ、怨むニャ、化けて出てやるニャ――ッ!猫の怨みは怖いんだニャ――ッ!七代先まで祟って―――グニャ⁉」

「ああ、もう!五月蠅い!仕方が無いでしょ、陣内さん、アンタのこと見えないんだから」


 ニャーニャー文句を言ってくるお煎餅の頭を鷲掴みにして、ため息をつく。そりゃあこの子の気持ちも分からないでもないけどさ、あそこで後ろにいるよなんて言っても、バカにされてると思って終わりでしょうが。

 だけどお煎餅はよほどショックだったのか、しくしくと泣き始める。


「ううー、悲しいニャ。どうしてご主人様は、ボクの事が見えなくなっちゃったニャ?」

「ええとね。それはアンタが妖怪だからよ。普通の人間はね、妖怪は見えないものなの。私の場合は例外なんだけどね」

「あ、それ知ってるニャ。ご主人様の読んでいた漫画であったニャ。心の綺麗な人にしか見えないものがあるって。あれ、でもそれじゃあ、どうしてご主人様には見えなくて、嘘つきでイジワルの君には見えるのニャ?とても心が綺麗には見えないニャ」

「……皮剥いで三味線にするわよ」


 とたんに震えあがるお煎餅。「やっぱり綺麗な心の持ち主じゃないニャ」なんて言ってるけど、余計なお世話だ。前に私も同じような事を思って木葉にきいた事があるけど、見えるかどうかに心のありようは関係無く、持って生まれた才能によって、見えるかどうかが決まるらしい。まあそれはさておき。


「ねえアンタ。前は普通に陣内さん家の飼い猫だったのよねえ?」

「そうだニャ。少し前までは、ご主人様もそのお父さんやお母さんも、ちゃんと僕の事を見えてたニャ。なのにある日突然、ボクの姿が見えないって騒ぎだしたニャ。ボクはちゃんと、目の前にいたのにニャ」

「う~ん。アンタ何か、悪いことしたわけじゃないわよねえ。神様へのお供え物をとっちゃって、罰が当たったとか?」

「そんなことしてないニャ!ああ、ご主人様の家に来て十数年。こんな事は一度も無かったのに」


 十数年?それはまた、猫にしては随分と長い時間だ。しかし、普通の猫だったはずのこの子が、どうして妖怪になっちゃったりしたんだろう?


「ある日朝起きて毛づくろいをしていたら、尻尾が二本になっている事に気付いたニャ。ご主人様、ボクの尻尾がラブリーだって褒めてくれた事あったから、二本になったのを見せて褒めてもらおうとしたニャ。だけどいくらアピールしても、ご主人様はボクに気付いてくれなかったニャ」


 よよよと泣き崩れるお煎餅。話を聞く限り、特別な何かをしたってわけじゃ無さそうだけど……

 頭を捻って考えてみたけど、やっぱり分からない。私は妖怪を見ることは出来るけど、妖怪の事を詳しく知っているわけでは無いのだ。とすると、ここは詳しい奴に聞いてみた方が良く分かるかも。


「アンタ、どうせ暇でしょ。もしかしたら、どうしてこうなったのか分かるかもしれないわ。こういう事に詳しい奴に心当たりがあるの。今から行ってみる?」

「え、良いのかニャ?」

「まあ、乗り掛かった舟だしね」


 目についたもの、気になったものは放っておけない性分。もしこのまま帰ったところで、きっと気になってしまうだろう。だったらアイツに、木葉に相談した方が良い。今日は会いに行くつもりはなかったけど、こうなってしまっては話が別だ。


「ありがとニャ。君、意外と優しいんだニャ。イジワルな奴って思ってて、ごめんニャ」

「一言多い。さっさと行くわよ」


 いつまでもここにいて誰かに見られたら、また誰もいないのに喋ってる痛い子と思われかねない。そっとお煎餅を抱え上げると、モフモフした感触が伝わってきて温かい。


「妖怪と言っても、尻尾が二本あること以外は普通の猫と変わらないのね」

「そうなのかニャ?自分じゃよく分からないニャ。そもそもボク、どうして妖怪になったかも分からないニャ。どうしてニャ?」

「それを今から確かめに行くんでしょうが。アンタと喋ってるところを人に見られたら変な目で見られるから、ちょっと黙ってなさい」


 そう言ってお煎餅を、通学鞄の中に押し込む。少し窮屈そうだったけど、潰れてしまう事は無いだろう。

 ちゃんと原因が分かればいいんだけど。一抹の不安を抱えながら、私は木葉のいる山へと向かうのだった。

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