第8話 高校でもボッチだけど何か?

 ……なぜいきなりそんな事を聞いてくるの?今読んだマンガの影響だろうか。木葉のことだから、漫画の中で楽しそうに高校生活を送るキャラクター達を見て、つい気になってしまったのだろう。


「別に問題は起こしてないわ。妖怪を見て騒ぐ、なんて事もしてないし、すこぶる平和よ」


 高校に進学したことで、中学までの私を、様々な奇行やボッチだった事を知る人はだいぶ減った。そう言った意味では、これまでよりもだいぶ平和になったのは事実だ。



「本当に?それじゃあ、友達はできた?」

「……できたわよ」


 今度は、答えるのに少しだけ間があった。


「放課後とか、一緒に遊びに行ったりしてる?」

「……してるわよ」

「女子トークで盛り上がったりは?」

「そんなの日常茶飯事よ。何組の誰が恰好良いとか、誰と誰が付き合ってるとか、それはもう息をするように話してるわ」

「格好良い……それって、志保も格好良いって思ってる男がいるって事?」

「いちゃ悪い?」


 途端に不満げな顔になる木葉。別にいいでしょ、どうでも。とは言え少し良心が痛む。だって本当は、そんな相手なんていないんだもの。いや、実は始めから、全部嘘だ。

 すこぶる平和と言うのは、何も問題を起こしていないという点ではある意味本当だ。だけど上手くやっているかと言われると、そうとは言えない。

 なにしろ、入学して半月がたった今でも、ほとんど会話するような相手なんていないのだから。そもそも言葉を交わさなければ、問題にすら発展しようが無いという事だ。

 だけどそれを正直に言うのには抵抗がある。私は木葉に気を使わせまいと思い、あるいはつまらない見栄を張り、嘘を続けた。


「お昼は一人で食べてないよね?」

「ちゃんとみんなと一緒よ」

「今日俺にしてくれたみたいに、マンガを朗読し合ったりは?」

「あのねえ、普通はマンガを朗読なんて、恥ずかしい事はしないの」

「俺があげたその腕輪、皆からの評判は?」

「最悪。これのせいで笑われた事もある」


 我ながらよくもまあ、こうペラペラと嘘を並べられるものだ。だけどそれを聞いた木葉は、目を見開いた。


「志保、ボロを出したね。やっぱり嘘ついてる。いくらなんでも、その腕輪がドン引きされるなんてありえないもの」

「これは本当にダサいのよ!つけてたら笑われたって事だけは本当だから!」

「そんなにダサい?今度のは自信作だったのに……」


 以前貰った妖怪から身を守るための腕輪。ツタで出来た腕輪が長い間もつはずも無く、数カ月で擦り切れて使えなくなっていったけど、その度に木葉は新しいのを作っていった。コイツのおかげか、最近では妖怪からちょっかいを出されることは無くなった。けど、デザインだけはやっぱり受け入れられないのよね。


「ダサい……ちゃんとよく見えるように頑張ったのに、まだダサい……」


 新しいのを作る度に、木葉は少しずつ形をリニューアルしてきている。特に今回のは本人としては自信作だったようだけど、結局ダサい事に変わりはない。

 木葉は大層結構ショックを受けたみたいだったけど、その後ハッと何かに気付いたように言う。


「って、ちょっと待って。笑われた事だけは本当って、それじゃ他のはやっぱり嘘って事じゃないか」


 しまった、今度こそ本当にボロを出していた。罰が悪くなって、思わず視線を逸らしたけれど、木葉の方はため息をつきながらも、依然私から目を離さない。


「別にいいでしょ、友達作るのが苦手でも。小学校の頃からずっとボッチだったんだし、今更気にしないわよ」

「それじゃあどうして嘘なんてついたの?やっぱり思う所があったからなんじゃないの?」

「それは……」


 木葉の言っている事は正しい。いくら気にしないなんて虚勢を張っても、学校で一人でいると、つい寂しく感じる時がある。


「あーあ。俺が人間だったら、一緒に学校に通えるのにな。そうだ、今度志保の学校に行ってみるのもいいかも。志保が普段何をやっているか、興味があるし」


 まるで名案が浮かんだかのように、ニコニコと笑顔を浮かべる木葉。だけど私はその綻んだ両頬をつまんで、思いっきり引っ張ってやった。


「いふぁいいふぁい!」

「余計なことはしないの!木葉が学校に来たら、ロクな事が起きなさそう。騒ぎを起こして、なぜか私が先生に怒られる未来しか想像できないわ」

「別に何もしないよ。だからちょっと。ちょっとだけならいいでしょ」

「まだ言うか!」


 そう言ってしばらく頬を引っ張り続けていたけど、この不毛なやり取りにも飽きてきた。


「いい?絶対に来たらダメだからね。もし来たら絶交だから!」

「俺は志保を心配しただけなのに……」


 不満そうにしてるけど、要は私がボッチなのが気になってるんでしょ。だけど、他の人には姿も見えないし、声を聞く事も出来ない木葉が付いてきたところで、何かが変わるとは思えなかった。

 もしみんなが木葉を見ることが出来れば、話は変わってくるのだろうけど。多分木葉は私よりもずっと社交的で、友達を作るのも上手そうだし。


「それじゃあ志保、せめてこれだけは教えて。今クラスに、気になっている子とかいないの?変な意味じゃ無くて、この子となら友達になれそうって子」

「そりゃあ、いないわけじゃないけど……」


 言われて思い出したのは、先生に目をつけられないようこっそり薄味のメイクをいつもしている陣内さん。それに、いつも活発的で周りを元気にしてくれる鈴木さん。彼女達は席が近いこともあって、こんな私でもたまに喋る事もある。


「いるなら、まずはその人達に声をかけてみたら?俺は志保と一緒にいられると嬉しいし、話すと楽しい。その子達だって、きっと志保の良いところを分かってくれるよ」

「そうかも知れないけど、さあ。て言うか、どうして木葉はそんなに友達に拘るのよ」


 自分が友達が欲しいと言うのなら、まだ分からないでもないけどよくもまあ他人の事でここまでムキになれるものだ。だけど、これには木葉も、少し俯いた表情になる。


「……毎日山に来てるから。俺と一緒にいるせいで、みんなといられる時間を削ってない?」

「―—ッ!」


 相変わらずの無神経!

 だけど、言いたい事はわかる。私の通っている学校は、列車で数駅離れたところにある。学校が終わった後で毎日ここに通っているとなれば、大きく時間を削られている。

 木葉のことだ。きっと自分にかまってるから、私が友達の一人も作れないのではと、負い目を感じてしまっているのだろう。


「別に、私がボッチなのは今に始まった事じゃないって言ってるでしょ。時間があってもどうせ同じよ」

「それを試す事さえ出来てないんだろ」

「試す必要なんてない!」

「あるよ。やって見なきゃ分からないじゃないか」

「分かる!」

「分からない!」


 なんだろう。いつの間にか小学生のケンカみたいになっている。だけどこんな事を言い合いながらも、木葉が私の事を本気で心配しているのは分かる。そう思うと、何もせずに無理と言うのも何だか罪悪感がある。


「分かったわよ。、明日クラスの誰かに声をかけてみる。それでいいでしょ」


 押し切られる形で、とうとうそんな事を口にした。すると木葉が途端に顔を緩める。


「ホント?絶対だからね」

「……分かったわよ」


 ため息をつきながら渋々答える。

 面倒なことになったな。そう思いながらも、明るい顔をした木葉を見ると、やっぱりやめるとはとても言えそうになかった。

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