第14話 陣内さんとお煎餅 前編
陣内さんが登校してきたのは、始業ベルの鳴る少し前。すぐに声をかけようかとも思ったけど、もうすぐ朝のホームルームも始まるし、肝心のお煎餅も木葉も戻って来て無かったから、結局そのままスル―することにした。
問題だったのは一時間目の授業の時。英語の授業の最中だというのに、校内の散策を終えて戻ってきたお煎餅は、陣内さんがいるのを見て私に詰めよってきた。
「ご主人さま、もう来たんだニャ?でもそれならどうして、ボクに教えてくれなかったニャ?意地悪しないでほしいニャ」
「五月蠅いわね。仕方ないでしょ、アンタ達がいなかったんだから。授業も始まっちゃったし、探しにいけなかったのよ」
「授業って、変な呪文を言ってるこれの事ニャ?人間って時々、おかしなことをするニャ」
「こら、あんまりワガママ言って、志保を困らせたらダメだよ。ちゃんと授業を受けないと怒られちゃうんだから、邪魔しちゃいけないって。君だって、ご主人様が怒られたら嫌だろ。だったら迷惑かけない」
「ごめんニャ。でも、人間ってやっぱり窮屈ニャ。ボクのように、自由に生きればいいのにニャ」
確かにアンタは自由だわ。けど、ちょっと羨ましいかも。退屈な授業なんて抜け出して、のびのびと過ごす事が出来たら、きっと楽しいのだろうなぁ。
けど生憎、人間にはルールがある。お煎餅が「早くご主人様に話しかけるニャ」と耳元で五月蠅く騒ごうと、授業を無視して席を立つなんてことは出来ないのだ。静かにするよう、小声で何度か注意を行いながら、ようやく迎えた休み時間。
これ以上ほったらかしにしていては次の授業中も騒がれかねないので、私はすぐさま陣内さんの席へと向かった。もちろん、お煎餅も木葉もついてくる。
「陣内さん、ちょっといい?」
「えっ、なに?」
ちょっと驚いた様子だったけど、すぐに笑顔を作る陣内さん。そんな彼女に、さっそく本題を切り出した。
「昨日探していた猫、お煎餅だっけ?あの後見つかったの?」
本人が妖怪になってしまって見えない以上、見つかるわけがない。そうと分かってて尋ねるのは、いささか心苦しかった。陣内さんは少し目を伏せながら、そっと首を横に振る。
「ううん、見つからなかったの。ごめん、せっかく教えてもらったのに」
うう、罪悪感が募る。本当は学校近くで見かけたなんて嘘なのに、疑う様子なんて全くない。
「けど、近くにいたって事が分かっただけでも収穫だったよ。今日も、学校の近くを探してみる。ありがとね、わざわざ心配してくれて」
「ええと、陣内さん。その事なんだけど、よくよく考えたら私が見た猫、陣内さんが言ってたお煎餅じゃないのかもなーって思うのよ」
「え、どういう事?」
「実はね、思い出してみたらこげ茶色じゃなくて、三毛猫だった気がして。お煎餅って、三毛じゃないよね、オスだし」
「三毛猫だったの?って、あれ?私お煎餅がオスだって言ったっけ?」
「言ったよ。慌ててたみたいだったけど、はっきりオス猫って言ってた!」
嘘だけどね。それに三毛猫だと、後になって思いだしたと言うのも、だいぶ無理があると思う。見えないのを良い事に、横で事態を見守っていた木葉が顔をしかめているけど、仕方が無いでしょ。
だけどこんな穴だらけの説明でも、陣内さんは納得してくれたようだ。
「そう……そうだったの。結局また降り出しかあ。お煎餅、いったいどこに行っちゃったんだろう?」
「そう言えばさ。お煎餅って、一体いくつだったの?小さい子猫?」
「ううん。家に来てもう、十年以上経ってる。元は野良だったから正確な年齢は分からないけど、結構なお爺さんのはずよ」
横で「ご主人様」と連呼しているお煎餅を、ちらりと見る。お爺さんねえ、このちょこまかと動き回る落ち着きの無い子が、お爺さんとはとても思えないんだけど?もしかして猫又になった時に、若返ったりしたのだろうか?まあそれは今はいいや。問題なのは。
「ねえ、ちょっと言い難いんだけど。そんなに高齢の猫なら、お煎餅はもう……」
「―——っ!」
言わんとしている事を察したのか、顔をしかめる陣内さん。本当は、私だってこんな事は言いたくない。だけど、事実としてお煎餅は亡くなって、猫又として生まれ変わっているのだ。もう生きてはいないと伝えてあげないと、陣内さんはいつまでもお煎餅の事を探し続けるだろう。
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