第15話 陣内さんとお煎餅 後編
よほどショックだったのか、ジッと俯く陣内さん。無神経な事を言ったから、怒っているのだろうか?そう思っていると、フウッと息をついて顔を上げてきた。
「やっぱり、そうなのかなあ?うん、本当は私も、そうじゃないかって思ってた。お父さんもお母さんも、お煎餅はもう高齢だから、死期を悟って姿を消したんだって言ってたし」
静かに語る陣内さんの目に、涙が浮かんでいる。きっとよほど、お煎餅の事が好きだったのだろう。そしてそれは、お煎餅も同じ。さっきまでは言う事を聞いて大人しくしていたのに、彼女の涙を見たとたんたまらなくなったのか、ピョンと机の上に飛び乗ってきた。
「泣かないでご主人様!ボク、猫又になって生きてるニャ。ほら、こんなに元気だニャ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるお煎餅。だけどその姿を、捉えることは出来ない。
こんなに近くにいるのに、こんなに相手の事を思っているのに、どうして見ることが出来ないのだろう?私じゃなくて、陣内さんが妖怪を見ることが出来ればよかったのに。
「ご主人様~」
気付いてもらえないお煎餅も可哀想。何か、何か私にできることはないだろうか?スト今まで黙っていた木葉が、私の肩にポンと手を置いてくる。
「志保、お願い。話すことが出来ないこの子に代わって、志保が気持ちを伝えてあげて」
「ちょっ、なに言ってるの⁉」
思わず声を上げ、しまったと口を閉じる。急に叫んだものだから、木葉を認知できない陣内さんはビックリして私を見る。
「何?」
「な、何でもないから。ちょっと待ってて」
慌てて木葉を連れて少し席を離れ、小声で囁く。
「何言ってるの?そんな事できるわけないでしょ」
「できるよ。お煎餅に伝えたい事を喋ってもらって、志保がそれを伝えればいいんだよ。これは、志保にしかできない事なんだ」
「だからって……」
それって、お煎餅は陣内さんのことが大好きだとか、今でも元気にしてるとか言うってことよね。お煎餅とは一度もあった事の無いって設定の私が。けど、かなり無理が無いかなあ?
「志保ちゃんお願いニャ。ボク、ちゃんとご主人様にお別れの挨拶をしたいニャ」
つぶらな瞳で必死に訴えてくるお煎餅。こんな風に言われたら、ダメだなんてとても言えない。こうなったらもうどうにでもなれだ。意を決した私は陣内さんの所へと戻って、そして言う。
「あのさ陣内さん、お煎餅のことだけど」
「ボクはとても幸せだったニャ」
「お煎餅はきっと、とても幸せだったと思うよ」
お煎餅の言った言葉を、そのまま口にする。陣内さんは何か返事をするわけでもなく、ジッと私の話に耳を傾ける。
「初めて家に来た時、お腹が空いていたボクに温かいミルクをくれたニャ。ボクは嬉しかったニャ」
「初めて会った時、お煎餅にミルクをあげたよね。お煎餅、凄く嬉しかったに違いないよ」
「冬の寒い時は一緒に寝たニャ。ポカポカした春には、一緒にお散歩明日ニャ。そのどれもが、ボクにとってかけがえの無い宝物だったニャ」
「冬は一緒に寝て、春は一緒にお散歩して、きっと全部、大切な宝物だったんじゃないかなあ?って、ちょと……」
こんな事情を知って無けりゃ言えないような事を言ってしまっては、不思議に思われないだろうか?すると思った通り陣内さんは、ハテナを浮かべたような顔をし出した。
「あ、あれ?私、お煎餅にミルクをあげたり、一緒に寝たりしてたこと言ったっけ?」
マズイ。完全に疑われている。だけどお煎餅がすかさず口を開いた。
「志保ちゃん、ボクの言った通りに喋るニャ。昨日会った時に確かに言ってたニャ。出会ってから今まで何をしていたか、事細かく喋ったニャ。きっとボクを探すのに夢中になってたから、忘れちゃったんだニャ」
「ええと……昨日会った時に確かに言ってたわよ。出会ってから今まで何をしていたか、事細かく喋った。きっとお煎餅を探すのに夢中になってたから、忘れちゃったのよ」
お煎餅の言う通り、言われたそのままをしゃべっては見たけれど……無理ありすぎない⁉
思わずお煎餅と木葉を見たけど、二人とも大丈夫と言わんばかりの目をこちらに向けるばかり。
「大丈夫ニャ。ご主人様ならこれで通用するニャ」
「志保頑張って。もう一息だから」
まあ、もう後には引けないから、喋り続けるしかないんだけどね。もうとっくに腹はくくってるんだ。後はどうにでもなれだ!
「でもボクは、悲しんでいるご主人様を見たくないニャ。ご主人様の笑顔が大好きだニャご。だから主人様には、いつまでも笑っていてほしいニャ。」
「でもお煎餅は、悲しんでいる陣内さんのことは見たくないわよ。陣内さんの笑顔が大好きだから。陣内さんには、いつまでも笑っていてほしいって思ってるわ!」
ついに言い切った。こんな事を言ってしまって、変に思われて無いだろうか?いや、きっと思っているだろう。
陣内さんはしばらくポカンとしていた。だけど……
「ふふっ、あははははっ!」
急に何かが弾けたみたいに笑い出した。ビックリして、今度は私がポカンとしていたけど、陣内さんは僅かに浮かんでいた涙を拭いながら言ってくる。
「なにそれ?まるでお煎餅の言いたい事を代弁してるみたいな言い方ね」
事実そうなんだけどね。お煎餅に目をやると満足そうに「そうだニャ」と笑っている。
「ありがとう。おかげで元気がでてきたよ。そうだよね、悲しいけどいつまでもウジウジしてたら、お煎餅だって良い気分しないものね」
さっきとは打って変わって、ご機嫌な陣内さん。意外と、上手くいったのかな?最初はどうなる事かと思ったけど、元気が出たみたいでほっとする。
「ね。言った通りだろ、大丈夫だって。姿は見えないけど、実際にお煎餅が近くで訴えてるんだもの。本当に思いが通じ合ってる二人なら、大切な事は案外伝わるものなんだよ」
まるでこうなる事が分かっていたように、満足そうな顔をする木葉。てっきり知ったような事を言うだけの、痛い奴って思われる展開を覚悟していたけど、この様子だとどうやら木葉には確信があったみたいだ。すると、私の心中を察したみたいに囁いてくる。
「こういう事は、実は結構あるんだよ。話が出来なくても、近くにいて真剣にその人の事を想っていたら、人間と妖怪でも気持ちは通じ合えるんだ」
どういう理屈よ?そう疑問に思ったけど、まあいいや。満足そうに陣内さんにすり寄っているお煎餅を見ると、そんな細かい事なんてどうでもよくなってしまう。
さて、これでも、私にできることは何も無いね。やり終えて席に戻ろうとすると。
「待って朝霧さん」
不意に陣内さんに呼び止められてしまった。
「ねえ、良かったら今日のお昼、一緒に食べない?」
「えっ?」
「もっと朝霧さんとお話したいけど、ダメかな?」
「う、うう。私で良ければ、いつでも」
「よかった。じゃあ、約束だから」
嬉しそうに、ニコニコ笑顔を浮かべる陣内さん。その傍らで、お煎餅も幸せそうに笑っている。ここで次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴ったから私は席に戻ったけど、自然と顔が綻んでいるという自覚はあった。
「志保、良かったね。友達が出来て」
「……うん」
耳元で囁く木葉の言葉に、私は素直に返事をするのだった。だけどその時、私は木葉の体に起こったある変化に気付いた。
「……ねえ。アンタの体、透けてない?」
いつの間にこうなったのだろう。木葉の体は薄っすらと透き通っていて、その先にある向こう側の景色が微かに見えていた。
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