第13話 志保の憂鬱
お煎餅と出会った翌日、私は憂鬱な気持ちで学校の門を潜った。
なんだか胃が痛い。もし来なくていいと言われたら、間違いなく休んでいただろう。だって……
「へえー。ここが志保の通っている学校かあ」
「ボクは猫又になってからは毎日来たニャ。ご主人さまに気付いてもらいたくて。だからもうこの学校はボクにとって庭みたいなものなんだニャ。案内してあげるから、ドーンと任せるニャ」
「それは頼もしい。期待しているよ」
憂いの原因どもが、呑気に談笑している。こいつら、陣内さんの様子を見に来たのか、それとも私の胃を壊しに来たのかどっちだ?
「あれ、どうしたの志保。元気ないみたいだけど?」
人の気も知らないで、木葉が話しかけてくる。木葉の事が見えない周りの人に不審がられないよう、小声で返事をする。
「こんな厄介事を抱えたんだもの。そりゃあ元気もなくなるわよ。それにアンタは知らないだろうけど、お煎餅の奴、昨夜から五月蠅くて、すっかり寝不足なのよ」
大きなあくびをしながら、怨みを込めてお煎餅を見る。本人は何のことか分からないといった様子で首を傾げているけど、こいつのせいで昨日はなかなか眠れなかったのだ。
お煎餅は身の上について語れる奴ができたのがよほど嬉しかったのか、元々野良猫だった自分が陣内家に拾われてから今までどんな生活を送ってきたのか、ご主人さまがいかに素晴らしい人物であるかを、ニャーニャー五月蠅く語ってきたのである。
「このお喋り猫。言っとくけど、授業中は大人しくしててよね。でないと家庭科室に連れて行って針と糸を借りて、その口縫いつけてやるんだから」
「ひっ!それだけは勘弁してほしいニャ。三味線にされる次くらいに怖いニャ」
「志保は乱暴だなあ。けど安心して。大人しくしてるよう、俺が責任もって面倒見てるから」
「……木葉じゃ全然安心できないんだけど」
大きな不安を抱えながら、校舎の中へと入り、廊下を歩いて行く。自分の教室に入って、すぐに陣内さんの姿を探したけど、見当たらない。どうやらまだ来ていないらしい。
仕方なく私は自分の席へと向かい、当然のごとく木葉は付いてくる。だけど、教室で不用意に話をするわけにもいかず、暇つぶしに持って来ていた文庫本を読み始める。
だけどすぐに、木葉が話しかけてきた。
「そう言えば志保、クラスの子達とは話したりしないの?」
そこを突っ込むか。そう言えば一昨日コイツは、友達を作れとか言って来てたっけ。
「木葉には関係ないでしょ。そんなのどうでもいいから、大人しくしててよ」
「どうでもよくは無いよ。ちゃんと友達を作るって、前に話したよね。だったらもっと、積極的に話して行かなきゃ」
そう簡単にできれば苦労しない。だけど木葉は、そうは思っていない様子。
「妖怪とは普通に話せるんだし、人間相手でも同じだよ。あ、あの窓際の席の子なんてどうかな?なんだか人懐っこそうな顔してるし、ちょっと声をかけてみるとか?」
「アンタはナンパ相手を探しているチャラ夫か?そもそも教室では話しかけないでよ。皆の目には私が独り言を言っているようにしか見えないんだから、ますます浮いちゃうじゃない」
「あ、ゴメン。それはマズイね、不用意だった」
「そう思うのなら、一人にさせて。なんなら、お煎餅と一緒に学校の中でも見てきて来たら?案内頼める?」
「任せるニャ」
お煎餅に案内されて、教室を出ていく木葉。それにしても、学校に木葉がいるなんて、なんだか不思議な感じがする。もしもアイツが妖怪じゃなくて人間だったら、普通にクラスメイトになってて、挨拶をかわすような関係になっていたのだろうか。ふとそんな、『もしも』を考えてしまう。まあ、あり得ないんだけどね。
妖怪と人間では、しょせん住む世界は違うのだ。私のような例外は除くとして、普通は姿を見る事も、声を聞く事も出来ない。だらお煎餅がいくら望んだところで、昔みたいに陣内さんと接することは絶対に不可能なのだ。それはとても残酷なことだけど、どうしようもない。
(もしかして、連れてくるべきじゃなかったのかも?余計に悲しい思いをさせるだけかもしれないのに)
陣内さんはまだ登校して来て無い。だけど来たところで、いったい何をしてあげればいいのだろう?
憂鬱な気持ちを抱えながら、私はそっと顔を伏せた。
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