第12話 お煎餅の事情 後編


「お煎餅、お前はもう死んでいる」


 お煎餅の表情が凍り付く。山へ着いて木葉に会い、私が事情を説明したところ、返って来た第一声がそれだった。


「ちょっと木葉。いきなり何を言い出すのよ?」


 今にも『ガーン』と言う効果音が聞こえてきそうなくらいショックを受けて固まっているお煎餅に代わって、私が尋ねる。もっと他に言い方ってものがあるでしょうが。


「死んでるってどういう事?じゃあここにいるこの子は、幽霊って事?」


 木葉の言葉を鵜呑みにすると、そういう事になるだろう。しかし、それを聞いた本人は何故か顔をしかめる。


「志保、幽霊だなんて、なに非科学的なこと言ってるの?そんなもの本当にいるわけないじゃないか?」

「でも、木葉さっき……て言うか、妖怪が幽霊の事を非科学的って言うってどうなの?」

「何言ってるのさ?妖怪と幽霊は別物だよ。妖怪は人間には見えなくて妖術を使うってだけで、ちゃんとした生き物だよ。死んで化けて出る幽霊とは根本的に違うよ。志保って時々、おかしなこと言うよね……痛っ!」


 ハハハと笑う木葉に、ゲンコツを喰らわせてやる。そういう細かい事はどうでもいい。あんたら妖怪の常識なんて知るか!


「それじゃあ、幽霊じゃないならこの子は何なの?見たところ猫又みたいだけど」

「ああそれね。実は猫又って、生まれた時から猫又になるモノと、霊力を持った猫が死んで、記憶を引き継いだまま猫又として生まれ変わるモノがあるんだ。で、この子は後者。お煎餅と呼ばれていた普通の猫としてのこの子は、もう死んでるんだよ」


 ええと、つまり。死んで幽霊になるんじゃなくて、死んで妖怪になったって事?何だかあんまり変わらないような気がするけど、木葉の中では決定的な違いがあるのだろう。すると固まっていたお煎餅が、ようやくこっちを向き直した。


「そ、そんな。ボクはちゃんと生きてるニャ。心臓だって、しっかり動いてるニャ」

「それは妖怪として生きてるってことだよ。自分の尻尾が、二本あることには気づいているだろ?普通の猫には、尻尾は一本しかない。お前は生まれ変わったんだよ」

「そんニャ……」


 力なく崩れ落ちるお煎餅。その可哀想な姿を見て、私は思わず頭を撫でた。


「元気出しなって。そりゃ猫としてのアンタは死んじゃったかもしれないけど、記憶も心も引き継いでるんでしょ。だったら、別に良くない?死んでなにも無くなるより、猫又になれてラッキー、くらいに思おうよ」

「良くないニャ!猫又になったボクの事を、もうご主人様は見る事もできないニャ。そんなの、寂しいニャ」


 確かに。陣内さんにしたって、あんなにお煎餅のことを心配していたのだ。なのにもう姿を見る事も、一緒に遊ぶこともできないだなんて、さぞ辛いだろう。


「木葉、何とかならないの?」

「そう言われてもね。実はこういう事、結構よくあるよ。猫は死ぬとき、自分の姿を見せないって話、聞いたこと無い?アレは姿を隠すんじゃなくて、妖怪になって人間からは認知されなくなるって言うのが真相なんだ。そうなってしまったらもう、二度と同じ場所には立てない」

「そんな……」


 お煎餅はいったい、どんな気持ちなのだろう?昨日までは普通に接していたのに、大好きな人がある日突然自分の事が見えなくなって。


「クスン、クスン。死んじゃったのは仕方が無いニャ。ボクは長生きしたし、こうやって生まれ変われたんだからそこは納得するニャ。だけどせめて、ご主人様にお別れの挨拶はしたかったニャ」


 涙を流すお煎餅。出来れば力になってあげたいけど、どうしたものか?まさか手紙でも書かせるわけにもいかないし。


「そういや志保、この子の飼い主……陣内さんだっけ?その子への説明はどうするつもり?お煎餅の事見たって、言っちゃったんでしょ?」

「明日間違いだったかもしれないって、言うしかないかな?陣内さん凄く心配してたから、あの様子だといつまでも探し続けそう」


 もっとも間違いだったと伝えたところで、探すのを止めるかどうかは分からないけど。だけどいくら必死になって探したところで、絶対に見つかる事はない。本当はすぐ近くにいるのに、姿が見えなければどうしようもないだろう。


「とりあえず明日、陣内さんと話してみる。その後どうすれば良いかは分からないけど」

「それじゃあ俺も行くよ。何かできるってわけじゃないけど、もしかしたら力になれるかもしれないし」

「もちろんボクも行くニャ。見つかりっこないのに、いつまでもボクを探すなんて、ご主人様が可哀想だニャ!」

「そうね。じゃあ明日、皆で学校に……」


 そこでふと気づく。それって、木葉が学校に来るって事⁉


「やっぱりダメ!アンタが来たら何だか騒ぎを起こしそう!」


「酷いなあ。俺がそんなことするように見える?」

「ボクもちゃんと大人しくしてるニャ。絶対に大丈夫ニャ!」

「すっごく心配だよ!それってどう考えても、騒動が起こるフラグよ!絶対に来ちゃダメだからね!」


 ボッチとは言え、私の平穏な高校生活をぶち壊されてたまるか。すると木葉が、真剣な目で私を見てくる。


「志保は、この子が可哀想だって思わないの?」

「そりゃあ、思うけど……」

「だったら、力になってあげようよ。何とかしたいって思ってるのにほったらかしにするなんて、そんなの志保らしくないもの」

「―———ッ!」


 さすが木葉。付き合いが長いだけあって、私の事をよく分かってる。そりゃあね、私だってこのままでいいだなんて思ってないよ。


「それに……」

「それに?」

「志保が学校でどんなことしてるか、俺が見たい!」

「結局それか―――っ!」


 人の不幸に付け込んで、なんて不純な事を考えているんだ。だけど私がいくら口を酸っぱくして抗議したところで、意見を変えることはないだろう。

 学校についてくる木葉とお煎餅の姿を想像しながら、私はため息をつくのだった。

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