第20話 背中押されて


 木葉と最後に会ってから、もう半月が過ぎようとしていた。たかが半月。だけど出会ってから今まで、これだけの間あわないことは無かった。

 あれ以来私は毎日、学校が終わると木葉を探しに、初めて出会った社のある山へと登っていた。


 本当は学校なんて休んで一日中探していたかったし、日が暮れても帰りたくは無かった。だけどそんな事が出来るはずもない。

 それでも、例え何をしていても、頭には常に木葉のことが浮かんでいた。学校の授業なんて聞いていなかった。ただもう一度会いたくて、ひたすらに木葉を探した。

 なのに、どこを探しても見つけられないでいる。


「志保!」


 今日も木葉を探そうと、授業が終わった途端、すぐに教室を飛び出す。だけどそんな私に、ユキが声をかけてきた。


「最近いつもすぐに帰ってるけど、何かあったの?」

「ちょっと用事があってね。しばらく忙しいの」


 思えば最近みんなともちっとも遊んでいない。休み時間に話はするけど、木葉の事が頭から離れず、心ここにあらずと言った感じだ。おかげで最近は何となくみんなとも少し距離が出来たような気がする。


「それってもしかして、例の彼氏と関係あるの?」

「…………うん」


 きっとユキは、そんな私を心配しているのだろう。そう思うと下手な嘘やごまかしなんて出来なくて、素直に首を縦に振る。

 するとユキは、途端に目を吊り上げた。


「私、今アンタの彼氏にすっごい腹が立ってるんだけど」

「えっ?」

「気付いてない?志保、お祭りの次の日から凄く辛そうな顔してるよ」


 ユキは元々が美人だけど、その分怒ると迫力がある。だけどそれも、私を想っての事だというのは分かる。心配してくれているんだと分かる。


「何があったかなんて知らないけど、もしそれがあの彼氏のせいだっていうなら、ぶん殴ってやりたい」


 真剣な顔で言うユキを見ると、なんだかくすぐったいような気分になる。こんな時に思うのは的外れかもしれないけど、そこまで心配してくれるのが少しだけ嬉しいと感じた。


「ごめん、ユキ。それはダメ」

「志保……」

「だってアイツは、私が殴らないと気が済まないんだから」


 ユキを見ていると、落ち込んでいた気持ちも少し回復したような気がした。久しぶりにニッコリと笑い、得意げに拳を突き出す。それを見て、ユキもクスリと笑った。


「志保らしい。それじゃ、思いっきりぶん殴ってきなよ」

「うん。ありがとね」


 そう告げると、私は改めて駅へと向った。詳しい事は何も話せなくて、だけどこうして送り出してくれた事に感謝する。

 その時、さらに別の声が私を呼んでいるのに気付く。


「志保ちゃん――志保ちゃん――――」

「アンタ、お煎餅!」


 見ると、尻尾の二つある猫が、私に並んで並走している。ユキの元飼い猫。いや、本人的には今でも飼い猫のつもりでいる、猫又のお煎餅だ。

 思えばこの子の姿を見るのもずいぶんと久しぶり。視える力が失われつつある今でも、調子のいい時はこうして話までできるようだ。


「やっと気づいてくれたニャ。何度話しかけても気付いてくれなくて、寂しかったニャ」

「ゴメンね。私はもう……」

「分かってるニャ。ボクも寂しかったけど、志保ちゃんの方がもっと寂しい思いをしているニャ」


 お煎餅には、私がもうすぐ妖怪が見えなくなる事はすでに伝えてある。最初は驚いていたし、「そんなの嫌だニャ」と駄々をこねていたけど、今ではそれも受け入れてくれたみたいだ。


「木葉って人と喧嘩でもしたのかニャ?」

「どうだろ?あれって喧嘩って言うのかな?」


 木葉が一方的に無神経な事を言って、私が一方的にそれを怒った。喧嘩と言えば喧嘩だけど、何だか意見がぶつかるというよりは、とことんすれ違ってるような気がする。

 だけどお煎餅にとっては、そんな細かい事はどうでもよかったみたいだ。


「志保ちゃんが落ち込んでると、ご主人様もとっても悲しそうにするんだニャ」

「ユキが?」

「そうだニャ。最近ずっとため息つきながら、大丈夫かって心配してるニャ」


 ユキが私の事を心配してくれているというのは、よく分かっていたつもりだ。だけどこうして話を聞くと、改めて胸が熱くなる。

 思えば彼女とは何となくで始まった交流だ。お煎餅の事、木葉の事、私には妖怪が見えていた事、秘密にしている事なんて沢山ある。

 そんな私を、ユキは親身になって心配してくれるし、だけど私の気持ちを汲んで背中を押してもくれた。


(ありがとう、ユキ)


 さっき本人に告げたありがとうを、心の中でもう一度繰り返す。

 例え言えない事が沢山あっても、ユキは、私にとってかけがえの無い親友だ。知り合ってから一年、彼女は私の中でだんだん大きくなっていって、いつの間にかそう思えるような存在になっていた。


「お煎餅、もう少しだけ待っててね。きっと全部解決して、それからユキに、心配かけてごめんって謝るから」


 ユキの心配を無くすのには、もう少し時間がかかるかもしれない。だけど送り出してくれた彼女の為にも、私はここで立ち止まるわけにはいかなかった。


「頑張るニャ。ボクとご主人様は突然お別れすることになったけど、志保ちゃんは後悔しないでほしいニャ」


 背中を向けたわたしに、お煎餅の声が届く。

 少し前まで抱いていた暗い気持ちはとっくに消え去っていて、ユキとお煎餅のおかげで力が湧いてきたような気がした。


 木葉を見つける為、会って言いたい事を全部ぶつける為、私は踏み出す足に力を込める。


(待ってなさいよ木葉。絶対、見つけてやるんだから)

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