第21話 ヌシ様の眷属


 木葉の住むこの山には、他にも何体もの妖怪が住んでいて、今までにも何度も目にした事がある。場合によっては危険な事もあるから、社の奥の森へは一人で行くのを控えていたくらいだ。

 だけど今私に見える妖怪は、ここ数日で見たもの全てを足しても数える程度。それも輪郭が薄くなっていたりして、ぼんやりとしか見えていない。

 私の中にある妖怪を見る力が弱まっているんだと、嫌でも思い知らされる。

 こんな状態で仮に木葉が近くにいたとしても、果たしてちゃんと見つけられるのだろうか。いや、これだけ探して見つからないのは、既に自分が木葉の姿を分からなくなっているからじゃないだろうか。そんな不安が今までにも幾度となく込み上げてきて、何度もくじけそうになった。

 だけど、今は違う。


「木葉―っ!」


 気が付くと、もう何度目か分からないその名を力いっぱい叫んでいる。こんな事を何日も続けていい加減 疲れていつはずなのに、今日はいつもより声が出る。ユキやお煎餅と話をして、力を貰ったからだ。


 もちろんだからと言って、いきなり木葉が見つかるわけじゃ無い。相変わらず帰ってくるのは、木霊する自分の声ばかり。それでも私は、何度だって呼びかける。


「木葉―っ、返事くらいしなさいよ―っ!」


 口に手を当てた際に、ふと右手にはめた腕輪に目をやった。何度ももらった、木のツタで作った妖怪除けの腕輪だ。

 ダサいダサいと何度もダメ出しを続けてきた結果、最近じゃ葉っぱや木の実で飾り付けられていて、それなりに見栄えのするものになっている。


「どう、これならダサくないだろ」


 そう得意げに言う木葉の姿を思い出すとなんだか可笑しくて、その反面、余計に胸が苦しくなる。

 一目でいいから会いたい。それができないならせめて声を聞きたい。あんなのが木葉との最後の別れだなんて、そんなの絶対に嫌だった。


 ふと、ガサリと辺りの草をかき分ける音がした。近くに誰かいる。思わず顔を上げ、音のした方を見る。


「やあ、やっと気づいてくれたみたいだね」


 私が目を向けた瞬間、その人は言った。紺色の着物を着た、若い風貌の男の人だった。一瞬、木葉かもしれないと思った私は、その姿を見るなり肩を落とす。


「何だかガッカリさせたみたいで悪いね。だけど、僕は君に話があるんだ。いいかな?」

「話?」


 突然かけられた思いがけない言葉に警戒心が働く。いや、警戒ならそれ以前からするべきなのかもしれない。なぜならこの男は人間じゃなかった。他の妖怪たちと同じようにその体は薄っすらと透き通って見え、人の形をした頭の上には二本の鹿のような角が備わっていた。


 いくら木葉と仲良くなっても、全ての妖怪に心を許したわけじゃなく、今も妖怪はそのほとんどが基本的にかかわり合いたくない相手だった。

 男はそんな私の心中を察したのかこう言った。


「どうやらこの姿がお気に召さないようだね。なら、これならどうかな?」


 その途端、頭に生えていた角が見えなくなる。木葉もそうだけど、妖怪の中には人間と変わらない姿になれるのもいる。おそらくこの男もそうなのだろう。

 もっとも、今の私が見れば、体が透けて見えるという大きな違いがあるのだけれど。


「どうかな?」


 改めて男を見る。その態度は飄々としていて、今一つ何を考えているのか見えてこない。だけどこうして向き合った以上、嫌だと言っても大人しく去ってくれるとは思わなかった。


「話って何ですか?」


 決して警戒心を解くことなく尋ねる。


「そうだね。まずは自己紹介から始めようか。僕の名前は鹿王ろくおう。木葉と同じ、この森に住まうヌシ様に使える妖怪さ」

「木葉を知ってるんですか!今どこにいるんです⁉」


 木葉の名前が出てきたとたん、自らの表情が変わったのが分かった。食い入るように尋ねると、彼は困ったように肩を竦める。


「落ち着きなよ。僕はただヌシ様から伝言を預かっているだけだよ」

「伝言?」


 ヌシ様というのは木葉の口からも何度か聞いたことがありあの社も元々は人間達がヌシ様を祭るために作られたものだと聞いている。だけど実際に会った事は一度もない。木葉が言うには社までに出向くことも滅多に無く、森の奥で人間達から離れ過ごしているそうだ。そんな人が私に一体何の用があるというのだろう。

 困惑する私に、鹿王と名乗った妖怪は言った。


「これ以上木葉の心を乱すな。早い話が、こうして探しに来るのはやめろってことだよ」

「――ッ」


 告げられたと同時に、そのあまりな内容に言葉を失う。それは到底聞き入れられるものじゃなかった。


「どうしてそんな事を言われなきゃならないんですか!」


 声を荒げながら言う。やめろと言われて止めるくらいなら、初めからこんな所まで来たりはしない。だけどそれを聞いた鹿王は言った。


「どうしてかって?それに答える前に、まず僕から質問させてもらうよ」


 激しい言葉をぶつけられたばかりだというのに鹿王に焦る様子はみられない。私が音にも言わないのを肯定と受け取ったのか、彼はさらに言葉を続ける。


「君はこの数日の間、毎日木葉を探しにこの辺りまで来ているよね。だけどもし木葉を見つけたとして、その後どうしたいんだい?」

「それは…」


 すぐには言葉が出てこなかった。今までただやみくもに会いたいという気持ちだけで動いていて、会った後のことなんてちゃんとは考えていなかった。

 ユキにはぶん殴ると言ったけど、その後私は何をしたいのだろう。


 だけど一呼吸おいて思う。どうしたいのかなんて分かっている。いつも張っているつまらない意地をなくして自分の気持ちに素直になれば、その答えは自然と出てきた。


「会ったら、まず話をしたい。今までの事に、残り僅かかもしれないけどこれからのこと。何で急にいなくなったのかも、ちゃんと聞きたい。それに、私がアイツをどう思っているか、全部話したい」

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