第23話 なによそれ

 力を持たない人間は、妖怪と繋がりを持つたびに生気を失っていく。そう告げられた私は、思わず嘘だと言ってしまった。

 鹿王はそんな私に静かに問う。


「どうしてそう思う?」

「だって、私は木葉と知り合ってもう何年も経つのよ。もし一緒にいると生気を失うって言うなら、とっくに倒れてるわよ」


 そうだ。私は今まで一度だって、木葉と一緒にいて体調が悪くなるなんてことは無かった。だけど、どうやら鹿王はそんな反論さえも最初から見越していたようだ。


「それは今までの君に力があったからだ。一緒にいて生気を失うのは、あくまで僕らとは住む世界が違う、普通の人間だ。僕ら妖怪が当たり前のように見え、声が聞こえる。そんな君を、普通の人間とは言えないだろう」


 やっと見つけた反論をすぐさま潰され、私は言葉を失う。彼の言う通り、私が普通の人間と違うというのは、他ならぬ自分自身が一番よく知っている。


「だけど、今の君は段々と妖怪の姿が見えなくなってきているそうじゃないか。そうなるともう、今までのようにはいられないだろうね。中途半端に妖怪が見える。そういう今の君みたいな状態が一番まずいんだ。全く見えないのならそもそも縁が出来ることは無く、完全に見えるほどの力があれば、生気は失われたりしない。でも、そのどちらでもない君は、木葉に会うたびに自らの生気をすり減らすことになる」

「そんな……嘘よ」


 再び零れた言葉はただの願望だった。それでも私は、何の根拠もないにもかかわらず、ただ闇雲に今まで聞いてきた話を否定する。

 だってこれは全て鹿王がそうだと言っているだけで、実際に木葉といてどうにかなったわけじゃない。必死に自分にそう言い聞かせようとする。


「だったら、なぜ木葉は君から離れたと思う?」

「それは……」


 返す言葉が無かった。それくらい、あのタイミングで木葉が私の前から姿を消したのは不自然だったから。


「俺のことは、忘れていいから」最後に話した池のほとりで、木葉はそんな別れの言葉にも似たセリフを言っていた。それを聞いた私が、怒ることくらい分かるはずなのに。

 そしてそれ以降、木葉は一度も私の前には姿を現していない。例え喧嘩をしていたって、少ししたらケロリとした顔でまた現れるアイツがだ。

 だけどもし鹿王の話が本当なら、木葉がそんな事をした理由も残念ながら想像できてしまう。


「木葉はきっと、自分がそばにいることで君が苦しむのが嫌だったんだろうね。だから本当の事は何も言わずに姿を消した。あるいはたまに会う程度なら、そこまで大事には至らないかもしれない。だけど、きっとそれは無理だと思ったんだろう」


 そうだろうなと思う。だってもう私達には時間がない。妖怪の姿が見えなくなっていき、共に過ごせる時間に終わりが見えてきた今、私はより長く、より深く、木葉のそばに居続けたいと思っていた。

 そりゃもちろん私だって生気を失うのは嫌だ。これまでの生気を吸い取られた体験を思い出すと、それだけでゾッとする。

 だけど木葉と会えなくなるのもまた、それと同じくらい嫌だった。


「だからこうして一方的に君の前から姿を消すしかなかった。中途半端に離れることができないなら、いっそ完全に繋がりを断とうと。全ては君を守るためにやったことだよ」


 あの時聞いた言葉の意味が、感じていた不自然さが、全て繋がった気がした。私の為を思ってわざとあんな怒らせるような事を言ったのだとしたら、木葉はいったいどんな気持ちだったのだろう。


「わざと私を怒らせたのも、姿を見せなくなったのも、全部私のためだってこと?」


 その問いかけに、鹿王は静かに頷く。


「僕も本人からそうだと聞いたわけじゃない。でも、間違いないだろう」


 いつの間にか私は小さく下を向いていた。告げられた内容があまりにも多すぎて、今にも押し潰されてしまいそうだ。


「それで、これを聞いて君はどうする?自分の身を危険にさらし、木葉の決意を無下にして、そうまでしてこれからも木葉を探し続けるかい?」


 投げかけられた言葉が突き刺さった。

 生気を失っていく自分と、それを気遣う木葉。それらを考えると鹿王の言う通りもう木葉を探すのはやめた方がいいのかもしれない。木葉の心情に気付けなかったことを、申し訳なくも思う。

 だけど……


「なによそれ」


 精一杯の怒気を含んだ声で、私は呟いた。


「えっ?」


 その反応が意外だったのだろう。鹿王が呆気に取られた顔をする。だけど私は話を聞いて、切なさや申し訳なさの他に、もう一つ別の感情が込み上げてきていた。

 それは怒りだ。もちろん木葉に対しての。


「私のためって言うなら、どうしてそれを話してくれないのよ」


 思っていた不満を口にすることで、なおさら腹が立ってきた。もしあれが全部私のためなんて言うなら、そんなのはただの独りよがりだ。


「いや……だからそれは、聞いたら君が引き止めると思ってだね……」

「そりゃ引き止めるわよ、離れたくないもの。そうと分かっていて、なのに私の意見なんて聞きもせずに一人で勝手に決めて、勝手にいなくなって……」


 もしこれが全てを話してくれた上で説得されたのなら、もしかしたら会わないという答えを選んでいたかもしれない。だけどこんない一方的なやり方じゃ到底納得できない。


「私、何と言われても木葉を探します。直に会って文句を言ってやらないと気がすまない。お願いです、木葉がどこにいるか教えてください」


 顔を上げ、鹿王に尋ねる。この人なら木葉がどこにいるか知っているに違いない。そう思いながら食い入るように見つめた。

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