第6話 妖怪除けの腕輪

「それにしてもさっきのアイツら、よく引いてくれたわね」


 私を追いかけてきた三人の猿の妖怪の事を思い出して言う。木葉が割って入ってくれたおかげで引き下がってくれたけど、もしケンカになったら人数差もあるし、木葉が勝てたとは思えない。


「俺はヌシ様に直接使える家系だからね。他の妖怪もあまり手出しはできないんだ」


 ヌシ様というのは今までにも何度か木葉から聞いた事があった。あの社に祀られている神格の妖怪で、と言っても実際に社までに出向くことも滅多に無く、森の奥で人間達から離れ過ごしているそうだ。

 それでもって、この辺一帯の妖怪の中で一番大きな力を持っているらしい。


「一番がヌシ様で、その眷属の血筋である俺も、この辺りではかなりの高位だってこと」


 木葉がそう言って胸を張るけど、私には妖怪の世界の序列なんて分からないから知った事じゃない。家柄で言うなら私の家も地元では歴史のある名の知れた家柄らしいけど、今の世の中でそんなものがどれだけ役に立つかなんて分からない。


「だったらその高位な立場を使って、妖怪達が私に絡んでこれないようにしてくれない?」


 これは冗談半分で言ったことだったけど、意外にも木葉はそれに頷いた。


「ああ。今日志保を呼んだのも、半分はそのためだったんだ。これを見て」


 そう言って木葉が見せたのは、木のツタを編み込んで作った腕輪のようなものだった。何だか造りが雑でみすぼらしい。


「なにこれ?つけてると幸運が舞い込むとかの霊感商法的なグッズ?」


 最近テレビでそういうニュースを見た。ご利益を信じてお金をつぎ込んでいた人が騙されたと嘆いていて可哀想だった。


「違う、最近覚えた妖術で作った腕輪だよ!ちゃんとご利益あるよ!」


 そうは言っても、霊感商法をやっている人だって自分からご利益が無いとは言わないだろう。

 だけどまあ、妖怪である木葉がお金を欲しがるとは思えないし、とりあえず話だけでも聞いてみよう。


「これには俺の力が込められているから、この山の妖怪ならそれに気づいて迂闊に近寄ってくることは無くなるはずだ。それに、これを付けていてもし志保に何かあったら、俺にもそれが分かるようになる」

「そうなんだ」


 こんなものを付けたからってどうしてそんな事になるのか、理屈はさっぱり分からない。そんな魔法みたいなことができるなんて、妖怪というのはつくづく非常識だ。

 だけどそれが本当なら、確かに持っていて損はなさそうだ。


「これ、貰っていいの?」

「もちろん。そのために作ったんだから」


 そう言われて、早速その腕輪を付けてみる。少しサイズが大きいと思いながら腕を通すと、その途端ツタはキュッと引き締まり、ピッタリと腕に装着された。これも妖術の一種なのだろう。


「どう?」


 木葉が期待を込めた目で見るけど、私にはその効果なんて実感できてないから分からない。感想といえば見た目についてくらいだけど……


「ダサい」


 ご利益の方は置いておくとして、一見しただけでは腕にツタを巻き付けているだけだ。小学生が何かの遊びでやるならともかく、中学の制服を着た今、これは不釣り合いだ。


「ダサい……そんなに……」


 あ、木葉が落ち込んでる。せっかくくれたのに、悪い事を言ったかな。まあ、ダサいのは紛れもない事実だけど。


 自分の作った腕輪をダサいと言われて落ち込む木葉。それでも、この腕輪で重要なのは見た目では無くご利益の方だ。


「ねえ、木葉。本当にこれをつけていれば妖怪に襲われることは無いのよね?」

「うん。それは保証する」

「私がつけてるのを見て、まんまと騙されて、あんなダサいのつけてるって笑ったりはしないわよね?」

「しないよ!って言うかそんなに言うほどダサい?」

「ダサい」


 こればかりは私のセンスから言ってどうしようもない。だけどこれで妖怪に絡まれることが減るなら、身に着けるのがどうしても嫌というほどでは無かった。

 それに何より、木葉が私のためにわざわざ作ってくれたというのが嬉しかった。


「まあ、本当に効果があるって言うんならもらっておくわ。ありがとう」


 全部の気持ちを口に出すと恥ずかしいから、簡単な言葉でお礼を言う。それを聞いた木葉は顔を明るくさせたけど、それからすぐに心配そうに言った。


「でも、そんなにダサいなら学校でからかわれたりしない?」


 どうやら私のダサい発言がよほどショックだったみたいだ。ここまで引きずるのを見るとさすがに少し悪いと思う。


「平気よ。今更こんなものつけて行っても、またいつもの奇行だと思うわよ」


 私の通う中学の生徒は全員同じ小学校から上がってくる人達だ。元々周りから浮いていた私にとって、多少からかわれてもそれはいつものことだ。

 なのに木葉はますます顔を曇らせた。


「それって大丈夫なの?」


 木葉はきっと、初めて会った時に私が、友達がいないと言って泣いていたのを思い出しているのだろう。たしかに私は、ずっと心のどこかに寂しい気持ちを抱えていたような気がする。だけどそれを口にするとますます悲しくなりそうだったから、ずっとその気持ちに気付かないふりをしていた。そのはずだった。


「平気だって。言いたい奴には言わせておけばいいのよ。今更気にしないしね」


 それは強がりじゃ無くて、最近は不思議と本当にそう思えるようになってきていた。その原因は、たぶん目の前にいるコイツにあるだろう。


「なに?」


 私がじっと見つめていたからか、木葉が不思議そうに声を上げる。


「何でもない」


 思えばこいつも物好きな奴だ。妖怪のくせに、人間の私と友達にならないかなんて言ってきたばかりか、一緒にいる間私が何度腹を立てることがあっても決して離れようとはしない。

 そんなおかしなやつと一緒にいると、今まで感じていた寂しさなんていつの間にか忘れてしまっていた。



 それからしばらく話をしてから私は山を下りる。こんな事を随分と続けているのだから、物好きなのは私も同じか。少し前までは妖怪となんて関わりたくないと思っていたというのに。

 いや、それは今だって同じだ。もし妖怪の姿を見かけたとしても、無視をして決して自分からは近寄らないと決めている。だけど木葉と共に過ごすのだけは、なぜか少しも嫌とは思わなかった。


 それからも私は、暇さえあれば木葉に会いに山へと出向き、木葉もまた、たまに町へと顔を出すようになった。時には腕輪の効果がきかない妖怪から私を守ってくれたり、あるいは一緒になって逃げたりしたこともあった。

 会ってもすることといえば他愛のないお喋りくらいのもので、私にいたっては悪口や文句を言うことも多かった。これは私の捻くれた意地っ張りな性格によるものだけど、本当はそうやって過ごす時間をとても楽しいと感じていた。

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