第17話 迫り来る時


 買ってきた食べ物を手に、私は木葉の姿を探す。ところが元の場所に戻っても、何度あたりを見回しても、一向に木葉は見当たらない。


「木葉!木葉!」


 何度か名前を呼びながら、次第に焦りが出てくる。

 早く出てきなさいよ。そう怒ったように言いながらも、いつの間にかその声には不安の色が混じっていた。

 と、そこでいきなり後ろから肩を叩かれた。


「ここだよ。志保」


 振り返ると、そこにいたのはいつも通りの木葉だった。


「だから、いちいち出てくるたびに脅かすなって言ってるじゃない!」


 かき氷を持ったままの手で頭を一発叩く。


「痛っ、冷たっ。待ってよ。さっきから俺はずっとここにいたよ。志保が素通りしたんじゃないか」

「うるさい。私には見えなかったわよ!」


 言い訳をした罰としてもう一発叩く。


「落ち着いて。かき氷がこぼれる!」


 木葉は私の手からかき氷を奪うと、周りに飛び散った分を残念そうに見ていた。


「ほら、アメリカンドッグも買ってきたから元気出しなさい」

「おぉっ!」


 差し出した途端に木葉は元気になる。こうしていると何だか私はこいつを餌付けしているような気分になってくる。

 私も自分用に買ってきたリンゴ飴を袋から取り出す。祭囃子を聞きながら、それぞれ自分の分を口へと運ぶ。


「そう言えば、さっき誰かと一緒にいたみたいだけど、陣内さん達?」


 アメリカンドッグを食べ終えると、木葉がそんな事を聞いてきた。


「あんた、どこで見てたのよ?」


 ユキ達と話していたのは神社の外れだったとはいえ、木葉が立ち入れる場所じゃないはずだ。


「空の上から。時間かかってたからナンパにでもあったのかと思って。神様の力も、ある程度高く飛べば及ばないからね」


「もし本当にナンパにあってたら、あんたじゃ助けに来れなかったわね」


 空から見ている事しかできないんじゃ何にもできないだろう。そう思ってけど、木葉は首を振った。


「手はあるよ。上から石を落とすとか」

「危ないからやめて!」


 ヘタをすると私に当たる。さすがに冗談だと思うけど、ちっとも面白くない。

 買った物を全部平らげた私達は、いよいよ神社に用が無くなった。不信心で申し訳ない。


「さて、これからどうしようか」


 もちろんこのまま帰ることもできる。だけどまだ遅い時間でもないし、もう少し木葉と話をしていたかった。


「近くに蛍の綺麗な場所があるけど、見に行く?」

「行く」


 私がそう言うと、木葉は再び背中に羽をはやし、私を抱きかかえて宙を舞った。

 間もなくして、私達は近くを流れる小川のほとりへと降り立った。


 地面に降り立ったのと同時に、なんだか足元が少しふらつき体勢が崩れる。木葉が慌ててそれを支えた。


「大丈夫?平気?」

「何でもないわよこれくらい」


 ちょっとフラついただけで大袈裟なやつだ。とはいえ、なんだかんだか最近こんな事が多い気がする。まだ夏は始まったばかりだというのに、早くも夏バテだろうか?


 気を取り直して川の方を見るそこには木葉の言う通り、何匹もの蛍が瞬いていた。蛍なんて昔はどこでも見る事が出来たらしいけど、こんな田舎でも最近は徐々に生息範囲が狭くなっていると聞く。

 私は屈みこむと、蛍に向かってそっと手を伸ばす。近寄ってきた蛍の光で、手の平が緑色に照らされた。


「気にいった?」

「まあ、木葉にしては悪くないじゃない。まるで……」


 そこで私は口にしかけた言葉を呑み込む。まるでデートみたい。私はそう言いそうになっていた。

 だけどそんな事を言ったら、何だか木葉のことを異性として意識しているみたいになるだ。もしかしたらさっきクラスの子に彼氏と一緒かと言われた事を引きずっているのかもしれない。

 頭によぎった考えを取り払おうと、川辺を飛ぶ蛍を眺める。静かに川のせせらぎだけが聞こえてくる中、飛び交う無数の蛍は美しくて幻想的だ。最初は気を逸らすために眺めていたはずなのに、いつの間にか私はその光景に目を奪われていた。



 どれくらいたっただろう。ふと隣を向くと、いつの間にかそこにいたはずの木葉の姿が無かった。


「木葉?」


 それに気づいた途端、私は思わず不安げな声を漏らした。


「木葉……木葉……」


 それは単に少しの間この場を離れているだけかもしれない。少なくとも、こんなわずかな時間姿が見えないからといって、何かあったとは思えない。普通ならそう考えるだろう。

 だけど私は、木葉の姿が見えないことがどうしても不安でたまらなかった。


「木葉、いるんでしょ。出てきなさいよ!」


 何度もその名前を呼び、繰り返し辺りを見回す。その時、急に見えない何かが私の手を掴み、そのまま体を引き寄せた。


「志保!」


 それと同時に、私を呼ぶ木葉の声が聞こえた。その途端、それまで何もなかったはずの私の目の前に木葉の姿が現れた。


「俺は、ここにいるよ」


 木葉は少しだけ寂しそうな笑顔を向けていた。普段の私ならここで悪態の一つもつくところだけど、今はその余裕はなかった。

 その姿を確認した途端、私は全身の力が抜けたみたいに足が崩れ、木葉にその体を預ける形になる。


「良かった。私、木葉のこと、まだ見えてる」


 木葉に抱きかかえられながら、私は言った。そんな私の目に映る木の葉は、さっきまでよりもずいぶんと薄れていて、今にも消えてしまいそうだった。

 その姿を見て、私は嫌でも実感する。自分の妖怪を見る力が無くなりかけている事を。木葉と共にいられる時間が、もう残りわずかしかないという事を。

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