第27話 溢れた不満


 言葉と行動の両方で、明確に鹿王とその背後にいるヌシ様に敵対を示す。それを見て、鹿王もようやく、これまで保っていた平静な態度を崩した。


「なるほど。けど力で打って出たのは感心しないな。そうなると僕もそれなりの対処をせざるを得ないからね」


 その威圧的な態度や張り詰めた声に、さっき生気を吸われた時の事を思い出して身がすくんだ。鹿王の変化は木葉も感じ取ったようだ。足を一歩前に出すと、何かの武術の型のような構えをとる。


「これでも僕は二百年の時を生きた身だよ。その十分の一も経験していない君が戦いを挑んで、ただで済むと思っているのかい?」


 鹿王は木葉のように風を起こしたわけじゃない。それでも、彼の一挙手一投足が明らかに周りの空気を震わせている。


 このまま二人が戦えばどうなるのだろう。鹿王の言葉を信じるなら、どうやら木葉にとって旗色が悪い戦いになるみたいだ。

 もちろん木葉が傷つく姿なんて見たくない。何とかしてこの場を切り抜けられないか。そうは思いうけど、そんな方法なんてちっとも浮かばない。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、木葉が振り返り私を見て一言告げる。


「逃げて」


 そんなことを言うなんて、やっぱり木葉も勝ち目が薄いと思っているのようだ。

 その言葉に従うなら、今すぐ後ろを振り返って全力で駆け出すべきだろう。だけど私はそうしなかった。いや、できなかった。


「嫌」

「なっ―――」


 木葉が驚いた顔でもう一度振り向く。私の答えが信じられないといった様子だ。


「このままここにいたら危ないんだ。俺が鹿王を押さえていから、その間に遠くに逃げるんだよ!」


 慌てたように言う。確かにこのままだと二人とも危険にさらされるかもしれない。だから逃げろというのも理解できる。だけどそれでも、私はここに木葉を置いて逃げるなんてできなかった。


「じゃあ、逃げたらその後、あんたは私を追いかけて来てくれるの?」

「それは……」


 やっぱり思った通りだ。木葉はここで私を逃がして、それからまた姿を消すつもりだった。それじゃ前と何も変わらない。


「逃げるなら木葉も一緒に来てよ。そばで私のこと守ってよ。私一人で逃げるなんて絶対に嫌だからね」


 もしかすると私はとんでもなくバカでワガママな事を言っているのかもしれない。それでも、せっかく会えたのにまた離れると思うと、一人で逃げ出るなんてできなかった。木葉を置いて行くなんてできなかった。


「状況を分かって言ってる?これからとっても危ない事になるんだって」

「ならなおさら木葉を残して行けないわよ」

「俺一人なら隙を見て逃げ出せるかもしれない。でも志保がいたらそれも無理になる」

「じゃあ約束して。逃げた後で必ず会いに来るって!」

「…………わかった」


 少しの沈黙の後木葉はそう答える。だけどその目が泳いでいるのを私は見過ごさなかった。


「嘘!」

「本当だって」

「あんたは嘘をつく時に目が泳ぐのよ。気付いてないかもしれないけどバレバレだからね」


 いつもそうだ。最後に会った時だって、今思い出してみると目を泳がせていた。


「つまらない嘘ついて、自分一人で勝手に決めて、それで私がどう思うかなんてちっとも考えてないじゃない!」


 それを聞いて、木葉が明らかにムッとした。


「考えてるよ。考えて、これが志保のためだって思って―――」

「私のため?じゃあどうしてそこに私の意見が入ってないのよ。結局は自分のやりたいようにやってるだけじゃない。勝手にいなくなったのだってそうよ。一方的に会うのやめようなんて言って、本当にいなくなるなんて。私達何年一緒にいたと思ってるの?五年よ五年。それをあんなふうに終らせようなんてあり得ないわよ」


 今まで溜まっていた不満を一緒にして怒りをぶつける。また会えたら文句を言ってやろうと思っていたんだから丁度良い。


「そんな言い方ないだろ。俺だって……」


 木葉も何か言いたそうにしているけど言葉が続かない。元々口喧嘩では常に私が勝っている。というかいつも一方的にやり込めていた。それはこんな状況でも例外じゃなく、言い争いで木葉が私に勝てるわけは無かったのだ。


「それを言うに事欠いてそれを私のためだなんて、横暴!最低!俺様野郎!」


 もはや事態はただ私が文句をぶつけるだけになり、木葉はタジタジになりながらそれを聞いている。だけどそんな時だった。


「―――あの、ちょっといいかな?」


 私がまくしたてるのを遮るように、新たな声が割って入った。ハッとして声のした方へと振り向く。


「二人とも、僕のことちゃんと覚えているかな?」


 そこには呆れた顔で私達を見る鹿王がいた。

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