第10話 愛猫の名は


「お煎餅、お煎餅~」


 彼女は相変わらず奇妙な言葉を連呼している。お煎餅って、お菓子のお煎餅だよね?財布を探しているのなら話は分かるけど、お煎餅を探してるって、どういう状況?

 ここは関わらないで、スルーした方が良いのかもしれない。だけど生憎、私は見えるモノ、気になっているモノは放っておけないのだ。そしてその対象は、妖怪でなく人間であっても例外じゃ無かった。本当にもしかしたらだけど、気分が悪くなって屈んでいるのかもしれないし、後でモヤモヤするのも嫌だから、思い切って声をかけてみた。


「ねえ、アナタ?」

「えっ?」


 声をかけると、屈んでいた女生徒は身を起こし、こっちに向き直る。そしてその顔には見覚えがあった。


「あれ、陣内さん?」

「えっ、朝霧さん?」


 顔を見合わせて、お互いにビックリする。彼女は陣内じんない由紀ゆきさん。昨日木葉にも言った私のクラスメイトで、時々挨拶を交わすこともある。だけど、そんな彼女がこんな所で何をやっているのだろう?

 薄いながらもメイクを施してある彼女は、それ抜きにしても目立つ顔立ちをしていて中々の美少女だ。だけどそんな彼女の顔には、焦りや不安のようなものが浮かんでいて、持ち前の可愛らしさを打ち消しているかのようだった。


「何をしてるの?もしかして探し物?」

「まあそんなとこなんだけどね。ねえ朝霧さん、この辺でお煎餅見なかった?」

「お煎餅?」


 さっきまではもしかしたら私の聞き違いかと思っていたけど、彼女はハッキリと『お煎餅』と口にした。そんな物スーパーやコンビニに行けばいくらでもあるだろうけど……すると陣内さんは、何かに気付いたようにハッとした。


「あっごめん。お煎餅って言うのは、猫の事なの。家で飼っている猫の名前」

「えっ? ね、猫?」

「そうなの。最近突然いなくなっちゃって、探しているの。ねえ、見かけてない?」

「猫……猫ねえ……」


 陣内さんの話を聞いて、思ったことがある。実は、さっきから気になっていたのだけど、陣内さんのすぐ後ろにいるのだ。焦げ茶色の、猫が。

 しかもその猫はまるで、陣内さんに自分の存在をアピールするかのように、ちょこまかと動き回っている。しかし、陣内さんはその子の存在に気付いてる様子はない。無理もないけどね。だって……


「ご主人さまー、ボクはここ。ここにいるニャー!」


 可愛らしい声で叫ぶ猫ちゃん。勿論普通の猫は、人間の言葉を喋ったりしない。よくよく見るとこの猫、尻尾が二本ある事が分かる。という事は、もちろんこいつは普通の猫では無い。猫が妖怪化した、猫又である。


「お煎餅、今頃どこかでお腹を空かせてなければいいけど……」

「大丈夫ニャ。お魚屋さんに行って、残り物を漁ったからお腹いっぱいだニャ!」

「もしかして、事故に遭ったとか……」

「車が来ても、ひらりとかわすニャ。僕はとっても身軽なんだニャ」


 心配する陣内さんと、そんな彼女に話しかける猫。だけど陣内さんは、依然猫に気付く様子はない。きっと見えないのだろう、この子が妖怪だから。しかし、ここまでの構って攻撃。やっぱり、もしかしなくてもこの猫って……


「ねえ陣内さん。探してる猫って、やっぱりお煎餅みたいに焦げ茶色なの?」

「うん。所々に白い部分もあるけど、お煎餅みたいな色してる」

「もしかして、額に傷があったりする?」


 額の傷と言うのは、さっきからそこでちょこまかと動いている猫又にあるものだ。するとそれを聞いた陣内さんは、私の肩をがっしりと掴んできて目を見開いた。


「ある、額に傷!お煎餅の事、知ってるの⁉どこで見たの⁉」


 やっぱり、後ろの猫又がお煎餅だったんだ。しかし、飼っていたはずの猫がどうして猫又になってしまったのだろう?

 それに、どうしよう。つい言っちゃったけど、あなたのすぐ後ろにいますなんて言っても見えないだろうし。だからと言って、今更なかった事にはできそうにない。陣内さん、普段は何事にも動じず、どっしり構えてるイメージだけど、今は驚くほど動揺しているし、どうすればいいんだろう。


「お願い朝霧さん、教えて!」


 よほど愛猫の事が心配なのだろう。熱のこもった目で私を見てくる。後ろで動き回っていたお煎餅も動きを止め、じっと私の事を見ている。ええい、こうなったら仕方が無い。


「が、学校」

「学校?」

「うん。さっき学校を出てすぐのところで、そんな感じの猫を見かけたわ。まだいるかどうか分からないけど……」

「学校ね、すぐ行ってみる!朝霧さん、ありがとう!」


 言うが早いが、颯爽とかけて行く陣内さん。よほどお煎餅の事が心配なのだろう。だけどそれ故に罪悪感がある。本当はお煎餅、ここにいるのに。


「……嘘つきニャ」


 見るとお煎餅は陣内さんについて行かず、怨めしそうな目でこっちを見ていた。

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