最終話 それから



 少し前に、ようやくスマホを買ってみた。だけど未だ使いこすにはほど遠くて、ほとんど普通の通話しかやっていない。後はたまにメールもするけど、どうしようもないくらい打つのが遅いし、ましてやラインなんて使い方すら分からない。

 そんな宝の持ち腐れであるスマホが急に鳴り出し、ディスプレイに懐かしい名前が表示される。私は慌てて手に取り、通話ボタンを押した。


 耳に当てると、かつては毎日のように聞いていた声が聞こえてくる。





 ――ちょっと、どうしたのよ急に。えっ、同窓会?私、卒業してないんだけど。


 ――仲間内だけだから大丈夫?うーん、それなら行ってみようかな。でも子供はどうしよう。一人で留守番させるわけにはいかないし、その日だけ実家に預けようかな。


 ――両親との仲はもう大丈夫なのかって?お陰さまで、大分回復しました。ちょっと激しくぶつかったりもしたけどね。


 ――それじゃ、また今度。誘ってくれてありがとね、ユキ。





 通話を終えると、柄にもなくワクワクしている事に気づく。どうやら自分でも思っていた以上に、みんなと会えるのが楽しみなようだ。


 するとそんな私に、小さな何かが寄りかかってきた。先日6歳になった我が子、晴だ。


「でんわしてたの?」

「そうよ。昔のお友達とね」

「おかあさん、たのしそう」


 そう言って晴は、まるで自分が嬉しいみたいにキャッキャと笑った。その無邪気な笑顔を眺めながら、そっと頭を撫でる。

人間での私と妖怪の木葉の間にできたこの子だけど、見た目は基本的に人間と変わらない。木葉もたまに出現させる羽を除いては人間と変わらなかったから、この子にもそれが受け継がれたのだろう。


「今日はもう遅いから、お布団は入って寝ようね」


 時計を見ると、もう夜の9時を回ろうとしていた。いつもならそろそろ寝る時間だ。


「まだねむくないよ。おきてちゃダメ?」

「ダメ。そしたら明日眠くなるでしょ」


 それでもまだ起きていたいと言い張る晴を抱きかかえて、既に敷いてある布団へと入れる。


「ちゃんと寝ておかないと。明日はお父さんに挨拶に行くんでしょ」


 横になる晴に布団をかけながら、その耳元でそっと囁いた。











 古びた社に向かって私は手を合わせる。隣では、晴が同じように手を合わせていた。


「お父さん、ここにいるの?」


 お参りが終わると、晴が私を見上げながら聞いてくる。


「そうよ。ここに祀られている神様のお手伝いをしているの」


 そう言って聞かせるが、そんなのはほとんどでたらめだ。晴の父親である木葉は、確かにこの社に祀られている『ヌシ様』と呼ばれる神格の妖怪に使える眷属だった。だが彼はかつて私と結ばれるためヌシ様と対立し、その下を去った。


 木葉が本当は今どうしているか、それは私にも分からない。昔は当たり前のように妖怪が見えていたけど、その力はとっくに失われている。

 それでも何かあるたびにここに来て晴の成長を報告するのは、木葉との思い出の場所だからだ。初めて出会ったのも、最も多く顔を合わせたのもここだった。

 会いたいという気持ちは常にある。そして、今も元気にしているだろうかと不安にかられる事もかなりある。

 木葉は私が無事に子どもを産むため、自分の持っている生気を随分と与えてくれた。その甲斐あって無事晴を産むことができたのだけど、それから木葉がどうなったかはさっぱり分からない。

 大量の生気を失うのは、命を失うのと同じだ。それを分かった上で、二人でやると決めたのだけど、だからと言って木葉の身に何があっても構わないわけじゃない。

 せめて元気でいてほしい。今は唯その事だけを祈っている。


 考え事を終え、そろそろ帰ろうかと伏せていた顔を上げる。だけどその時になって気づいた。さっきまでそばにいたはずの晴がどこにもいないことに。


「晴!晴!」


 辺りを見回しながら名前を呼ぶ。6歳というのはまだ目に映るもの全てに興味を持つような歳だ。ちょっと目を離した隙にいなくなるのは珍しい話じゃない。

 だけどそれでも心配だった。この社の周りには道も無い茂みだってある。もしそんなところに迷い込んだりしたら、見つけるのは途端に難しくなる。

 そして何より、この辺りには沢山の妖怪がすんでいた。奴らは滅多なことでは人を襲ったりしないが、自分達を見える人間に対しては興味を持ってあれこれ手を出してくる者も多かった。


 晴の場合は人間と妖怪の間に産まれた子だけど、事情を知らなければかつての私のような力を持った人間に見えるらしい。

 もし万が一危険な妖怪と遭遇したら。心配性と思われるかもしれないが、昔そんな目に何度もあった身としては想像せずにはいられない。


「晴―っ。どこにいるのーっ」


 焦りながら、何度も名前を呼びながら、社をぐるりと一周する。すると傍にあった茂みから、何やらガサガサと音がした。


「お母さん?」


 目を向けると、晴がキョトンとした顔で出てきた。私がどれだけ心配したかなんてまるで気づいていないみたいだ。


「もう、一人で勝手にいなくなったりしちゃダメでしょ」


 叱りながら、だけど無事に見つかったことに胸を撫で下ろす。そ頃が晴はそれを聞いてこんな事を言った。


「ごめんなさい。さっきもお母さんのところに戻らないとダメだって言われた」


 私は首をかしげる。私たち二人を除けば、辺りにはおおよそ人の気配なんて物は無い。


「それってどんな人だった?」

「知らない。時代劇みたいな白い服を着てた」


 それを聞いてハッとする。時代劇みたいな服と言うのは恐らく着物のことだろう。だが今どきそんな物を着ている人間なんてほとんどいない。つまりそれは人間でないもの、妖怪ということだ。


「どうかしたの?」


 表情が変わった私を見て、晴は不思議そうに聞く。


「何でも無いのよ。そろそろ帰ろうか」


 果たして晴の言う人物は木葉だったのか。今の私にそれを確かめる術は無い。もしかしたら、全く関係のない妖怪かもしれない。

 それでも私は、木葉の顔を思い浮かべながら、心の中で語り掛けずにはいられなかった。


(木葉、色々大変なことも多いけど、晴は何とか無事に育っていってるよ。だから、安心して見守っていてね)


 たとえ姿が見えなくなっても、どんなに離れていたとしても、私がアイツを忘れない限り、ずっと繋がっている気がした。


                 完

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