第15話 アイドルさん
先日の騒動から何日か経ち、心機一転、アイドル活動に邁進し始めていた私に思いも掛けない仕事が舞い込んできた。
それは私たちのグループのメンバーが中心ではない、外のバラエティ番組、それもトーク番組へのソロでの出演だ。
元はと言えば、この話は以前から美咲さんに入っていたオファーだったようなのだが、今や超多忙な美咲さんの都合はなかなかつかず、いつかいつかと先延ばしになっていたものらしい。そんななか番組側から、他のフロントメンバーで誰かいないかと打診があったみたいで、それならばと初めてフロントに選ばれ売り出し中だった私を出すことにしたというのを、後から長瀬さんに聞かせられた。
初めにその話を聞いた時、絶対に私では無理だろうと思い一度は断ったのだが、「アイツ」の活躍を目の当たりにしている方々からはそれは遠慮や謙遜にしか映らないようで、半ば強引に出させられてしまったというのが実際のところだった。
それにしても美咲さん指名であった仕事が私なんかで先方に了承してもらえるのだから、今、ウチのグループに対する世間の評価というのは本当に高いのだろう。これが俗に言う「数字をもっている」というやつなのか。
私は凄いグループの一員で、それも凄い位置をいただけているなと、あらためて誇らしく、嬉しく、そして同時にそれを怖くも感じた。
当日、狭い楽屋に一人で入った時に、あらためて収録に一人で臨まなくてはならないことを実感した。いつも大部屋に大人数のグループアイドルのメンバーにとっては、とにかく違和感しかないシチュエーションで落ち着かない方が普通だろう。これでもかというくらい緊張してしまい、何をするのも手につかない感じだった。
それでも本番が始まればニコニコした表情で、キラキラしたアイドルオーラ全開になってしまうのだから「アイツ」様々である。
番組は司会を務めるベテランの大物芸人がいくつかのテーマを順に発表し、手元にある事前アンケートの回答を見ながら面白そうなトークが期待できそうな出演者を選び、そのエピソードを披露するように促していくという王道のスタイルだった。
しかし司会者もできるだけ万遍なく話を振るように心掛けているのだと思うのだが、残念ながらこの日の本番の収録中、冒頭の挨拶以外には私が指名されメインで話しをする機会は終盤まで訪れることはなかった。
ただ司会者が意地悪をしているわけではないのは、自分が一番よくわかっている。私が事前に書いたアンケートの回答がつまらなさすぎたのだ。
アンケートも「アイツ」が書いてくれれば良いのになぁ、私が書いたって真面目に普通のこと書くだけで、テレビ向きのエピソードなんて全然出てこないのに。そんなことを思いながら、それでも「アイツ」は終始笑顔で収録に参加していたのだが、番組の最後の方に思わぬ展開が待っていた。
活躍の場が無いことに業を煮やしたのか「アイツ」が動き出したのだ。
その時のテーマは「恥ずかしくて仕方がなかったこと」で、ちょうど司会者が話を振った共演者の語ったエピソードから派生して話題が広がり、スタジオにいる誰が声を上げても許される場面が訪れたのだ。
その時、「アイツ」が絶妙な間合いで手を挙げながら口を開いた。
「私も同じような経験あります!」
(なに、急に・・・。他の人の話題で盛り上がってるところに入っていくなんて難しいことしちゃって。失敗しなければいいけど・・・)
「おっ、新田さん何かあるの?じゃあ話してみて」
司会者は少し驚いたような顔をしていたが、「アイツ」の自信のありそうな目を見て大丈夫と判断したのか、そのまま話すことを認めてくれた。
「私が高校生の頃の話なんですけど・・・」
(何の話をしようとしてるんだろ・・・)
「おぉ、高校時代の話な。それで?」
司会者も初出演の私がどんな話し方をするのか、どんな内容を話すのか興味を持ったのか、出だしからかなり前のめりになっている。
「あっ、ごめんなさい。やっぱりやめておきます」
(えっ、どういうこと?)
司会者もまさかの展開に、大袈裟に崩れ落ちて驚いている。
「どうした?高校時代に、何かあったんだろ。つまらなくても構わないから言ってみなよ」
「いや、つまらないっていうか・・・」
(どうしたの、本当に。こういう時間もカメラに抜かれてるのはありがたいけど、無駄に目立ちたがってると思われるのは・・・)
「話そうと思ったのが、よく考えたら恥ずかしい話じゃなくて恥ずかしい思いをさせた話だったので違うかなと思いまして」
(ん?なんだっけ)
「自分が恥ずかしかったんじゃなくて、誰かに恥ずかしい思いをさせちゃったってことな。ちなみに誰に?」
「弟です」
(あぁ、ひょっとしてアレか。何年か前のエイプリルフールの時の・・・)
「弟さんね。じゃあ、新田さんで恥ずかしい思いをさせた話、いってみよう!」
司会者も、むしろ普通の話をされるより良いくらいに思ったのか、俄然興味が湧いてきたといった感じだ。
「いいんですか?そしたら話しますけど・・・」
(本当に話すんだ。大丈夫かな・・・)
「アイツ」は弟とのエピソードを、コミカルな抑揚を付けて話し始めた。
(たしか、エイプリルフールの嘘のつもりで私が主演の映画が決まったって話しをしたら、信じ込んじゃった弟がすぐに友達に自慢して回ったってやつだよね。普通に考えれば当時の私に映画なんてあるわけないから信じないと思ったんだけど、私が日にちを一日間違えてたから本当のことだと思っちゃったっていう・・・。ウソだよって種明かしした次の日が四月一日で、もう何がなんだかになっちゃったし)
「アイツ」の話したエピソードは司会者のツボにハマったらしく、手を叩いて笑ってくれている。
「種を明かした日の方がエイプリルフールだったっていうのが秀逸だよね!そこは今付け足したんでしょ?」
司会者の芸人魂に火を点けたのか、私のエピソードには誇張部分があるだろうという、バラエティではお決まりのやり取りを私に求めてきた。
「そんなことないですって!本当の話なんですよぉ、もぅ!」
(最後の方が少しオーバーだったけど、この話、本当に本当なんだよね。でも言い方とか態度、平気かな・・・)
「アイツ」は頬を膨らませたりして、わかりやすく怒ったような顔を見せている。
「ごめんごめん!あまりにも出来すぎていたからさ。でもバラエティなんだから少しくらい話を大きくしてもいいんだよ、ホントに」
謝りながらも、それそれ、そのリアクションだよ欲しいのはといった反応に見える。芸人さんというのは本当に欲しがりな生き物だ。
「そんなの出来ませんよ、まだまだバラエティは初心者なんで。あんまり苛めないでください!」
(周りの共演者も笑ってくれてるからいいけど、それ以上は調子に乗らないで。お願いだから・・・)
初対面の大物芸人とのこのやりとり、傍から見ればとてもバラエティ初心者には思えないだろう。私だって、それが自分でなければ圧倒されてしまうくらい、まるで芸人さん同士のような流暢な掛け合いだ。
「そうかそうか。まぁ、バラエティ初めてじゃ仕方ないよな。そしたら話してた通り、それ以来は弟さんとは絶交なんだ?それもなぁ、もう何年も経つのに・・・」
まだ引き出しがあると思ったのか、再び司会者が私の話に戻る。
「あっ、ごめんなさい、そこは言い過ぎました。口をきかなかったのは一週間くらいで、今は普通に連絡したりしてます。そういえば昨日も会いました!」
(えっ、ここでそれを言っちゃうの?)
再び司会者が大袈裟に、今度は地面に手を着くくらいずっこけてみせた。
「なんだ、たった一週間か!それよりキミ、しっかり誇張してるじゃないか!さっき怒ったのは何だったんだ、謝って損したよ」
ふざけながら怒ったような動きを見せる司会者から、微かなアイコンタクトを感じた。上手くオチたこの辺でこの話題を締めるぞということだろう。
同じように感じたのか、「アイツ」はそれ以上は言葉を返さず謝るような仕草を見せながら愛想笑いを浮かべるだけだった。
「しかしキミ、バラエティ初めてっていうのは本当か?えらく手慣れた感じだけど。最近のアイドルは怖いなぁ」
私の思った通り番組的にもこのくらいが良い塩梅だったようで、司会者はそう言いながらネクタイを軽く直し、自然な感じで元の立ち位置まで戻っていった。
こうしてしっかり爪痕を残すことに成功し、私の一人でのバラエティ番組初出演は無事に終わった。
収録が終わった直後、席を立ち楽屋に戻ろうとする私に隣の席にいた共演者の女性が声を掛けてきた。
女性の名前は
「お疲れさま。『アイドルさん』なんだから、そんなに頑張らなくてもいいのに。意識高くて偉いね」
勘が鈍い私でも、さすがにすぐにわかった。偉いとは言っているが、これは明らかに皮肉のつもりで発した台詞だろう。アイドルなんだから笑って手を叩いているだけでいいのに、といったところか。
「新田奏です」
(ん?なぜに自己紹介?)
「えっ、何?急に」
言われた一色さんも戸惑う。
「私の名前です。知らないから『アイドルさん』なんて言い方したんですよね。新田奏って言います。よろしくお願いします!」
(そういうことね。でもわざわざそんな当て付けるような言い方しなくても・・・)
一色さんは悪態をついたつもりのアイドルからの予期せぬ返答に、返す言葉が見つからないと言った感じだ。
「一色さんは、自分がモデルだからって意識してこうしようとか思うことありますか?私は、アイドルである前に新田奏っていう人間なので、こういう番組でどうするべきかはアイドルとは切り離して、私個人として考えてやっていこうって思ってます。肩書は後から付いてくるものかなって思うので」
(それはそうだよね。私も同じ気持ちだけど、それをわざわざ言わなくても・・・)
そこまで言い終わったところで、スタジオを去ろうとしていた司会者が私たちのところへやってきて声を掛けてきた。
「二人ともお疲れさん!」
とりあえず私たち二人に労いの言葉を掛けたが、どうやら司会者の目当ては私だったらしい。いや、正確には「アイツ」だったのだろう。
「新田ちゃん、けっこう喋れるじゃん!最後のやりとり良かったよ、あれはオンエア使われるぞ。そうとは知らず前半様子見してて、もったいないことしたわ」
「アイツ」は照れ笑いのような表情を浮かべながらペコリと頭を下げる。
「すみません、人見知りしちゃうタイプなもので・・・」
(それは私としては事実だけど、「アイツ」は違うじゃん。まぁ、いいけど)
「またまたぁ。今度どこかで共演する時は頭からそのつもりでいくから、その時はお手柔らかに頼むわ。じゃあ、また!」
そう言い残して司会者はスタジオを出ていった。
そして「アイツ」も、話が途中になってしまった一色さんに笑顔で会釈をし足早に楽屋に戻っていった。
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