第8話 見える位置

>今回のシングルの、アンダーのフォーメーション見た?

>フロントの両端、二期生だって。あれって誰?

篠塚しのづか砂羽さわのこと?選抜にも何回か入ってるじゃん。

>そっちじゃなくて、反対側。見たことある気はするけど、誰だっけ?

>かわいいんだけどね、名前が出てこない。

>新田奏だから。

>名前わかる人降臨(笑)。

>一部では前からけっこう有名だよ。見た目だけなら即選抜って加入当初から言われてるし。

>最近は握手会とかの対応も良いみたい。

>「氷の女王」じゃなかったっけ?

>そうだ、塩対応で有名な子だよね。

>いやいや、試しに行ってみてごらん。選抜で一番対応が良い一井いちいあんより良いから。

>杏より良いは言い過ぎじゃない?杏は本当に頑張ってるよ。

>いや、新田もマジで良いらしいぞ。人が変わったみたいって言われてる。

>中の人が出てきたか。

>中の人(笑)。

>でも、中に人が入れるような体型には見えないよね。

>てか、どっちかっていうと華奢だから。

>おまえらすぐ騙されるなよ。

>あれって嘘なの?

>人間、そんなすぐに変われるわけないだろ。控室に戻ったら握手に喜んでたオタク思い出して笑ってるぞ。

>そういう感じには見えなかったけど。

>いやいや、アイドルに夢抱き過ぎ。新田とか、何やってる時もヤル気無さそうだったし。その日がたまたま機嫌が良かっただけだろ。すぐ元に戻るよ。

>名前も知られてなかったくらいなのに、既にアンチがいるの笑える(笑)。

>基本、自分が人より優れてると思って目指す職業だしな。

>容姿だけはな。

>容姿だけで十分だろ。

>杏はファンを見下してない。

>同じだって。てか、今は杏の話じゃないから。

>新田って大人しいイメージだったけど、今は違うのか。よくわからないな。

>でも実際、どういう子なのか気になるよね。


―どんな子なんだろ。


 「アイツ」と暮らし始めて半年と少しが経過した頃にリリースされた春のシングル曲で、私はアンダーメンバーのなかで最も選抜メンバーに近いフロントのメンバーに抜擢された。


 そのことはインターネット上を中心にファンの間でも話題になっていたようだが、その感想の多くは驚きではなく、あれは誰なんだ、どんなヤツなんだという論調のものだったらしい。


 その前のシングルまでアンダーでも一番後ろの三列目、それも端寄りが定位置だった私が、アンダーとはいえフロントメンバーとして桜子さんや弥子さんと並ぶ日がくるなんて、私のファンだけでなくグループ全体を応援していて私のことも知っていたファンやスタッフ、メンバーに至るまで、誰一人として想像していなかっただろう。


 そこには柏木さんの強烈な後押しも入っているように思われるのだが、この件に関わらずメンバーの配置について、私たちにその本当のところを知る術はない。真相は藪の中だ。


 とにかく私は初めて、アンダーのフロントメンバーとして活動することとなった。


 アンダーとはいえフロントは選抜と行き来するようなメンバーか、この先、選抜に入れようと運営が期待するメンバーの指定席であることは、ファンのなかでは定説となっていて当事者である私たちも同じ様に思っていた。


 選抜メンバーの出演するイベントに仕事のバッティングなどで欠員が出た場合、そのポジションの代役には余程のことが無い限りアンダーでフロントを務めるメンバーが選ばれることから、本当の意味で「アンダー」なのはその何人かだけと言っても過言ではない。


 当然、いつ選抜によばれても構わないように準備をしていなくてはならないし、それに見合うだけの実力を備えている必要もある。そして選抜のなかに入っても周りと違和感なく収まらなくてはならないということで、アンダーでもフロントだけは別格、選抜との中間という風潮があるのは紛れもない事実だ。


 それ故に桜子さんや弥子さんのような、選抜の三列目と遜色の無い人気や実力を誇るメンバーが務めることが多く、今回もその二人に加えて選抜経験のある同期の砂羽、そして突然アンダーの三列目から選ばれた私というのがその顔ぶれだった。


 もっともアンダーフロントとして活動している期間のなかで、一回でも選抜の仕事によばれればラッキーというくらいで、基本的にはどこまでいってもアンダー。残念ながら仕事の量も内容も限られてくるのは変わらず、やはり選抜との間には大きな、厚い壁があることには変わりがない。


 加えて、フロントなのだからアンダーの楽曲を披露することがあれば当然、一番前で歌い踊るのだが、そもそも歌番組で披露することがないだけでなく、自分たちのコンサートであってもアンダー楽曲を披露する機会というのは少ないため、残念なことに実際に一番前で歌うことはほとんどないのが実情だ。


 そうはいっても、同じアンダーの二列目、三列目に比べれば与えられる仕事にしても番組などでの扱いにしても恵まれているし、何より、選抜に近いところに居るような雰囲気を醸し出すことができるのは大きい。


 人気とされている、人気になりつつある、具体的な根拠があるわけではなくても、そういう風に見えるメンバーにファンは集まりがちなのだ。


 あらためてアイドルはイメージが大事であることを実感させられる。


 ちなみに、このシングルの期間中に私が選抜の仕事によばれることはなく、フロントだからといって特別な、これまでと違うことは何もなかった。それでもこの期間を通じ、「アイツ」の力を借りて、というかほぼ全て「アイツ」がしていることなのだが、私は人気を上げる、そしてファンを増やすことに成功したようで、このシングルを最後に例の面談によばれることはなくなっていった。


 あまりにも人気が無かったことが幸いだったのか、かつての私を知らないファンも多く私は変わったというより、まるで最近入ってきたかのように思われることも多いようで、そのことは新たなファンを増やすのには都合が良かったらしい。アイドルのファンには新しいモノ好きが多いのだ。


 しかし、もう何年もグループに居るのに存在すら知られていないとは、それはそれで複雑な気持ちが無いわけではないのだが、とにかく今の私にはそのプロセスにこだわっている余裕は全くない。


 もうすぐ三期生が入ってくるのだから。


 その時までに少しでも人気を上げて、グループに必要な存在になっておかなければ、それ以降の私の居場所は約束されていないのだ。


 私は新メンバー募集の話を聞いてすぐに悟りの境地に達していたはずなのに、「アイツ」のせい、いや、おかげで、いつからかアイドルを続けることに希望を抱くようになってきていた。


 「希望」は美しすぎるか。どちらかと言えば欲が出てきた、という方が正しい表現だろう。


 いずれにしても人間、望まないことは叶わないのだから、悪い話ではない。


 そして私のアンダーフロントとしての活動期間が終わりに近づき、夏服の衣装の採寸が行われる頃、次に発売されるシングル曲の選抜メンバーが発表された。

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